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第五話 予想外

 次の日、俺はドアがノックされる音で目覚めた。

 目を開けると、ぬいぐるみと至近距離で目が合って少し驚く。


 薄い毛布は寝相によって折りたたまれたらしく、足元でぐちゃぐちゃになっている。



「ギル?起きてる?」



「今起きた。」



「そう、朝ごはん作ってるから準備できたら来てね。」



 まだ寝ていたいが、仕方が無く起き上がる。

 ベッド横に脱いでいたスリッパをはいて日が差し込む窓に近づく。


 相変わらず、窓辺の小さな植木鉢にはこいつが鎮座している。


 このトゲトゲしい植物に水でもあげようと思ったが、砂漠地帯の植物だから変に水をあげすぎて腐らせてしまうかもしれないと思い、トゲを触ってみるだけで止めた。


 着替えが部屋に無いので寝間着のまま部屋の外に出る。

 このスリッパという靴だと、階段を一段降りるたびに半分脱げかけそうになるのが少し不便だ。



「おはよう、ちょうどできたから運ぶの手伝ってー。」



「分かった。」



 朝食のメニューは、目玉焼きとサラダ、オニオンスープとトーストのようだ。

 朝からこんなに品数が多いなんて、俺だったら朝から作るのに疲弊してしまうだろう。



「ギルは何派?ジャムかバターかハチミツか…」



「は、ハチミツ!?」



「え、人間ってハチミツアレルギーとかあったっけ。」



「い、いやハチミツって、庶民じゃ手に入らないんだぞ!」



 ハチミツを作る昆虫であるミツバチ…

 一匹の大きさは十センチ程であり、とてつもない攻撃性と強力な毒によって生存競争を生き抜いてきた凶悪な虫だ。


 森に大きな巣を作り、それから取れるハチミツはとても甘く高価で取引されるが、群れに襲われて命を落とすプロも珍しくない。



「あ、この世界じゃ危険だったんだ。」



「この世界?」



「あー…なんと説明すればいいか、この宇宙の他にも第一位が作った宇宙って何個かあって、魔法が使える、使えない、魔人がいない、そもそも動く生き物がいないとか色んな条件の世界があるんだよ。」



「じゃあ、俺がいる世界は魔法が使えて魔人がいる世界ってことか。」



「まあ最初からそう決めたわけではないけど、魔法のある世界だと魔人とか竜がいるとかの特徴が後から出てきたりするよ。途中で隕石が降るとかもそういった生態系に関与してくる…魔法の無い世界のミツバチは小さいし毒も弱くて温厚なんだよ。人間が育てて蜜を取ることが当たり前。」



「それで、神は自由に行き来して貴重な食材を手に入れられると…」



「まあ、そうだけど…」



「はー、俺も早くそっち側に行きたいもんだ。」



 ナナシが黄金の液体が入った瓶を戸棚から持ってきたので、スプーンでたっぷり掬ってトーストに塗る。

 まるで琥珀のような輝きだ…


 一口かじってみると、まるで「甘い」という概念自体を塗ったような味が広がる。

 甘すぎて喉が焼けそうだ。

 こんなに甘いものが大勢の手に回る世界だったら、きっとおいしいレシピが山ほど作られていたことだろう。


 毎日このトーストを食べていたい…



「美味い…」



「え、そんなに?」



「俺、甘いもの好きだから…」



「えーそうなんだ、かわいいね。」



「かわいいって…あ!そういえば何で俺のベッドにぬいぐるみ置いたんだよ?」



「え、さみしいかなって…」



「俺のこと何歳だと思ってるんだよ…」



 とっくに成人して、最近は自分の誕生日が喜べなくなってきたというのに…

 まあ、こいつからしたら数十年なんて一瞬なのだろう。


 そんなことを考えながら名残惜しく朝食を食べ終わる。

 こんなに美味いものを食べさせてもらってるのに、俺は何もしていないな。



「今日から俺が皿洗う、何もしないのは申し訳無いからな。」



「え、別に食洗器あるから大丈夫だけど…」



「え、しょ、しょくせんき?」



「あの…自動でお皿洗ってくれる機械。ほら、流しの下に大きい引き出しみたいなの付いてるでしょ。その中にお皿入れると綺麗になって出てくるんだよ。」



 身を乗り出して台所を見てみると、確かに木の家具には似合わない白く固そうな引き出しが付いている。



「これも他の世界のやつか?」



「そうだよ。」



「他の世界は、俺たちの世界より天才が多いんだな…」



「あ、じゃああそこにお皿入れる係になってよ。」



「何だか全然家事をした気にならないな…」



………



 食後の休憩を終えて用意してもらった服に着替える。

 至って普通な白いシャツと、同じく普通な黒いスラックスだ。


 ベルトと靴は家から持ってきてたやつを使えばいいから、特に探さなかった。


 正直、ナナシの服的に独特なデザインの服しか無いのではと思っていたが、こんな普通な服が何着もあって良かった。


 ナナシの服はいつも同じで、白くて腰下あたりまである厚いシャツに灰色のスラックス。

 しかもなんかごちゃごちゃしたベルトの塊みたいなのを身に着けている。

 さっき聞いたが、ハーネスというものらしい。

 俺も同じ服にならなくて本当に良かった。


 着替え終わって、肩まで伸びた髪を雑に一本結びする。

 支度を終えると、ナナシの目のペンダントを付けて部屋を出た。



「お、準備は終わったね。じゃあ軽ーく刀の使い方だけ教えようかな。」



「ああ、よろしく頼む。」



 俺たちは外に出て、芝生の部分に移動した。

 相変わらず近くに見える海は穏やかだが底が見えない。


 海と砂浜、芝生を挟んで反対側には鬱蒼とした森が広がっている。

 森にも何か生き物が暮らしているようだが、正直海の化け物魚を見た後では見物しに行く気にはならない。



「じゃあギル、刀を腰に付けた状態で抜いてみて。今日の所は、途中でガッて引っかからないように抜刀できるようになるのが目標でいいかな。」



「それだけか?」



 そう言ったものの、ナナシの言う通り途中でどこかが引っかかって素早く抜くことが出来ない。

 それに、手の位置を間違えたら指が無くなりそうで怖い。



「大丈夫。その刀は持ち主を切ることは無いから怖がらなくていいよ。」



「そんな便利な剣があるんだな。」



 そんなに便利なものなら、あんな物置の奥に置かなくても良いのにと感じる。

 まあ、武器なんて滅多に使うことなんて無いか。


 その後、俺は休憩も含めて三時間ほどで抜刀と納刀ができるようになった。

 あの例の店に組合関係者が来るまでに基本的なことができるようになるのが目標だ、とナナシに言われた。



………



 それから何日か、美味い飯を一日三食堪能しながら刀の使い方と役立ちそうな魔法を習得していった。

 今日がいよいよあの店で張り込みをし、例の組合の関係者を尾行する日だ。


 ナナシによると、組合には何かとてつもない裏がありそうらしい。

 もし組合を裏で操っている奴が、ナナシを封印した張本人だとしたら…

 

 そこからはナナシに任せよう。


 服の上から例のローブを着て目深に被る。

 刀とペンダントも装着していることを確認して、俺たちはまたヒューダルに転移した。


 あの時と同じ路地裏に出ると、早速ナナシは俺の影に潜った。

 俺はナナシと打ち合わせをした通りに、自身に魔法をかける。



透明化(インビジブル)ι(イオタ)



 身体はもちろん、影すら見えなくなった。

 ι(イオタ)は多分…確かナナシが使える階級λ(ラムダ)の一、二個ほど下だっただろうか?

 この階級になると、身体と影まで完璧に見えなくなるだけではなく、割と高度な探知魔法を常に使用していないと見えなくなるらしい。


 一般人が使える程度、といっても盗人だが、良くてγ(ガンマ)を使ったとしても、長時間それを維持するだけの魔容量は無いし、低級で使用した場合は身体が透ける程度の効果しかない。


 これなら尾行しても気づかれることは無いだろう。


 俺はあの時と同じ道を通って、店の横の細い路地に積んである木箱に腰を下ろした。

 恐らく商品の仕入れは開店の数時間前だろうという予想なので、今日の朝はいつもより早かった。


 早く終わらせて帰りたい…


 帰りたいで思い出したが、俺が住んでいた家は今頃業者が入っているだろうか。

 怪しい買い取り業者に家具を含めた家を売りたいと言ってきたし、前金は払ってあるから業者もある程度得をしただろう。


 張り込みを始めてから三十分程、馬車が店の前に止まった。

 大きな檻を引く黒い二匹の馬は、自身の境遇に不満を漏らすかのように鼻息を吹いている。


 御者は馬車から降りると、後ろの檻から四人程首に重そうな枷のついた魔人を引きずり出した。

 どうやら、猫の魔人のようだ。

 全員まだ子供の様で、御者の腰程の身長しかない。


 そいつはそのまま店の中に入っていく。

 壁に耳を当てて聞き耳をたててみる。



「…今月のノルマも無事達成だな、金を。」



「は、はい…これで全部です…」



「…よし。それで、今回の魔人の値段だが、このオッドアイは特別価格で、他は通常価格にしておけ。」



「分かりました…」



 ドアベルの音が聞こえる。

 それだけ話してもう帰るようだ。

 あくまでも仕事の話しかしないのだろう。


 御者が手綱を握って出発する後を、俺もついて行く。

 こんな大きい檻を引いている馬車が大通りを堂々と走るなんて、治安は最悪じゃないか?


 馬は早くこの忌々しい場所から立ち去るかのように、空いている大通り速足で進んでいく。

 俺もその後を走って追う。


 ナナシのペンダントのおかげか、この馬の速度に速足でついて行ける。

 全く疲れを感じないのが不思議だ。



 そこから十分程だろうか、表通りを進んでいると急に馬車がギリギリ通るような細い道へと進路を変えた。

 向こうから同じような馬車が来たら入れ違いはできないが、スピードを落とすことなく進んでいく。


 民家の屋根の間から、ヒューダル王国名物、王の城が見える。

 俺の経験上、城が立派な国ほど庶民には優しくない。



『ギル、やっと馬車がどこかに着いたみたいだね。』



 ナナシに言われて前を見ると、小さな馬小屋に到着した馬車はガシャンと音を立てて止まった。

 こんな街の中に馬小屋があるなんておかしい。

 もしかしたら、馬車の中継地点なのかもしれない。


 御者は馬車から降りると、閉まっている馬小屋の扉をノックした。

 すると、中からもう一人何者かが出てくる。



「おお、終わったか。」



「ああ、これで今日の仕事は終いだ。楽なもんだ。」



「それなら、お前が金届けてくれよ。俺は馬に餌やらなきゃいけないからよ。」



「しょうがないな…」



 御者は男とそう会話をすると、馬小屋の中に入っていく。

 扉を閉められたりしないうちに、俺も中に身体を滑り込ませる。


 男はそのまま数頭の馬に見つめられながら奥に進むと、干し草をどかし始めた。

 すると、地面に人が十分通れそうな扉が付いている。


 男は近くの棚にあった蝋燭立てに火炎(ファイア)で火を付け、それを持って地下空間に降りていく。

 しばらく待ったが、入ったきり戻ってこなかった。



『これは入るしかないね…』



『正直入りたくないんだがな…』



 人が居ないのを確認して、俺も扉の中に入る。

 中は薄暗く明かりが一切差し込まない…


 はずだが、なぜか昼間のように目が見える。



『あれ…俺明かりとか持ってないけど。』



『私のペンダント持ってるでしょ?たくさん歩いても疲れなかったり、暗いところも目が見えたり、私の力だよ。』



『へえ、魔法使ってないのに便利なんだな。』



 俺はそのまま先の見えない地下通路を進んでいく。

 どうせ疲れないので小走りで進んでいると、分かれ道が増えてきた。



『やっぱり、この辺りを探知して不信に思ったんだよね。個人で使うにしては地下通路が広いし…まあ、とりあえず右に進んで。』



 言われるがまま、何股にも分かれている道を指示通りに進んでいくと、道が広くなっていく。

 最終的にたどり着いた大きなドアを慎重に開けてみる。


 …開ける前から漏れ出ている声で薄々気づいてはいたが、そこは地獄のような光景だった。


 とても大きな地下空間、荒く掘り出された空間に大量の檻が設置されている。



『なんだこれ…。』



 檻の中には色々な種の魔人たちが、貨物のようにぎゅうぎゅう詰めになっていて、そこかしこから苦痛の声が聞こえてくる。

 見張りが何人かいるようだが、気晴らしに檻を蹴ったり魔人を痛めつけたりと好き勝手し放題している。


『やっぱりね…探知したときに、ここだけ魔法の力を感じたんだよ。どうやら地盤に軽い硬化魔法が張られていて崩壊を防いでいるようだ。そして、常に魔法を使用できる魔容量…私を封印した奴に違いないだろうね。そしてここ、あの城の真下なんだよ。』



『城の真下だって?』



 神が絶えず魔法をかけ続けている空間が城の下にあるということは、この国の王は神と繋がっている?

 何の目的があって、奴隷を生産する空間を神が維持しているんだ。

 

 城…居住地もしくは別荘として城を使っているとかの理由があるのか?



『魔法を張ってるってことは城の中に黒幕が居たりするのか?』



『いや、残念ながら居ないみたいだね。ある程度離れててもこのぐらいの魔法なら問題なく張り続けられるだろうから。まあそれは後回しで良いよ、今はこの魔人たちを解放しなくては。』



『どうやって?』



『ギル、閃光(フラッシュ)は教えたよね、それで一瞬でもこの場を目くらましさせて。その間に私が檻の鍵を壊して回る。次に、解き放たれた魔人たちを抑えようとする奴らを麻痺(パラライシス)で動けなくして手伝ってあげて。』



『そんな一瞬でこんな量の檻壊せるかよ?それに、魔法は同時に複数使用できないから透明じゃなくなって即バレだぞ?』



『大丈夫大丈夫。とりあえずやってみて、なんかあっても基本的なことは教えてきたんだから。』



 俺は覚悟を決めて、透明化を解除した。

 


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