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第三話 潜入

 瞼にちらちらと日光が当たるせいで、俺はとうとう起きることを決意した。

 目を開けると、顔の上に生い茂っている広葉樹のカーテンの隙間から日が差し込んでいて、まるで美術館にある有名な絵のような憧憬だ。



「ギル、起きたね」



「ああ、おはよう…」



 もしかしたら昨日のことは全て、今までのことが変に色々と入り混じった長い走馬灯であっただけで一回寝てしまえばこのまま目覚めることは無い、という可能性も多少期待していたが…

 そんな都合の良いことはこれまでもこれからも起こらないのだろう。



「夜のうちに慎重にこの辺りを探ってみたけど、特に探知魔法は張られてないから魔法を使って大丈夫みたい。だから狩りをして、調味料と調理器具も呼び出したから朝ごはんは豪華だよ」



 ナナシの言う通り焚火には銀色の鍋が設置されていて、中には何やらスープのようなものが入っていた。



「そこら辺の野兎と食べられる草をスープにしたよ。人間の好き嫌いが分からないから塩と胡椒だけで味付けをしたけど…」



 ナナシは同じく召喚したであろう銀の皿に適量を盛ると、スプーンと一緒に俺に手渡した。


 恐る恐る口に含むと、ちょうど良い塩加減と材料のダシの染み出た質の良い旨味が舌の上に広がる。

 野兎の肉も完璧に血抜きがされていて、野生のものとは思えないぐらい柔らかく、生臭さが無い。



「美味い…」



「それなら良かった」



 ナナシも同じようにスプーンで食べ始める。

 そこは人間と同じなんだ…と少し思ってしまった。

 昨日は魚の骨ごと食べていたから、スプーンなんて道具を使わず一気に丸のみする可能性を考えていたが。



「それで、何でヒューダルに行くんだよ?」



 ヒューダル王国…


 ヒューダルは戦争に武器や防具などを提供することで財を成していることで有名な国家で、戦線から離れているのを良いことに戦争に直接的に参加はしていない。


 国王が豪遊しているのはもちろんのこと、平民を使う側に回る貴族も趣味の悪い金の使い方をしていて、国には魔人との戦争の過程で手に入った魔人の奴隷を買って物同然の扱いをするのが当たり前のようだ。

 俺の住んでいた国、ノレス王国の隣国であるので俺も何回か寄ったことはあるが、正直魔人になんの恨みも無い俺には気分が悪くてしょうがなかった。



「封印されていた間も外の様子はすこーしだけ分かるから、一応世界情勢は理解しているつもりなんだけど、あそこの国は何だか様子がおかしいというか…」



「何だか?そんな曖昧で良いのかよ…」



「まあ向かうだけならタダだから!それにもう向かってるし」



「まあ暇だからいいけど…」



 俺たちはキャンプした跡を完全に元通りにして、昨日と同じように歩き始めた。

 また歩きか…


 しばらく歩いて、俺はあることに気が付いてしまった。

 そういえばさっき魔法を使って大丈夫と言っていたし、実際に調理器具と調味料を呼び出していた。

 



「ナナシ、この辺りの探知はしたって言ってたが、この辺りってどの辺りまでだ?」



「この森と、ヒューダル王国の内部辺りまでは終わってるよ」



「…それなら、別に歩きじゃなくても良くないか…?その、魔法で移動とかは…」



 二人で立ち止まり、しばらくの間沈黙してしまった。

 まさか、そんなことを忘れているなんてことは無いだろう。



「…そうじゃん」



「え?本当に?」



「もー!早く言ってよ!転移(ワープ)ε(イプシロン)!」



 俺たちの身体が光った次の瞬間、俺たちはどこかの裏路地のような場所に立っていた。

 人が居ないのは、ナナシが場所を選んで転移したおかげだろう。


 これほどピンポイントに、さらに複数人を転移させるなんて…


 転移(ワープ)は思い描いた場所に瞬時に移動できる魔法だが記憶に頼る部分があるため転移場所の細かな調整ができず、もし建物や通行人と被ってしまった場合は、魔法使用者のその部分が消滅する恐ろしいものだ。

 家でくつろいでいたら転移に失敗した使用者の半身がいきなり飛び散ったり、歩いていたら急に目の前に生首が落ちてきたり…

 なので、一般人の使用は許されていない。


 これも、魔法の階級が高いお陰なのだろう。



「しかし、本当に忘れてたのか?」



「やめてよ…神だって知能は人と同じぐらいなんだよ。仕方ないでしょ?」



「そうだったのか…」



「じゃあ私はもう一緒に歩けないからさ、隠れておくね」



 ナナシはそうとだけ言うと、俺の影に溶けるように入り込んでしまった。

 俺の影が水面のようにゆらゆらと揺れ、しばらくして元通りになった。



「お、おい。俺一人じゃ何すればいいか分からないんだが…」



 そう自分の影に語り掛ける。



『ギル、聞こえる?』



 ナナシの声が唐突に頭に直接響くような感覚がする。



『これからはこうやって話しかけるから。多分ギルも私に話しかけようと意識すれば声に出さずに会話できると思う』



『…これでいいのか?』



『うん、できてるよ。そしたら適当に探索してくれるかな?』



 人使いが荒くて困るが、それを伝えるようなことは流石に出来ない。

 俺はただの旅人に見えるように、堂々と表の大きい通りを歩き出した。


 しばらく何の目的も無く歩いていると、やはり奴隷売買所のような店を何件か見かける。

 早くこんな気味の悪いところは退散したい限りだ。



『ギル、あそこのお店に試しに入ってみてよ』



『え、正気かよ…俺に奴隷を買えと?』



『いやいや、ちょっと情報収集でね?』



『…なんか策はあるんだろうな?』



 俺はナナシに言われるがままに、昼間なのに薄暗い雰囲気の店の扉を引いた。

 カランコロンと心地の良いベルの音が、今はとても気味の悪い音に感じる。


 その音に呼応したかのように、大きな檻が詰まった部屋の奥から人が出てくる。


 意外にもそいつはちゃんとした身なりをしていて、貴族程の身分は無くても不自由の無い生活をしていそうだという気持ちを抱く。



「はいはい、公認奴隷販売所にようこそ…おや、あなた旅人に見えますけど、道にでも迷ってしまいましたか?」



「あー…はい、そうなんですよ…なんせ入り組んでるもんでね…」



 扉を閉めてしまうと、全く店内に光が入らなくなってしまった。

 見たところ大きな檻には何も入っていないようで、店には他に誰もいないようだ。



「そうなんですよね、ここら辺同じような道が多くて…ああ、気づきましたか。今奴隷は売っていないんですよ。ありがたいことに品切れです」



 店主は俺の目線の先に気が付いたようで、そう説明した。



「へぇ…人気なんですね」



「ええ、本当にありがたいことです。お二人さんはどこに向かうつもりなのですか?ああ、今地図と明かりを用意しましょう」



 店主がそう言って、入り口付近にあるランタンに火炎(ファイア)で火を付けた。


 …と、同時に店主は後ろに後退った。



「え、どうかしましたか…?」



「あ…あ…邪神、邪神だ…!邪神が!」



「静かに」



 その声に俺も飛び上がりそうになった。

 いつの間にかナナシが俺の背後に立っていて、袖から伸ばした無数の触手で店主を拘束して動けないようにした。



 カツカツと靴の音を立てながら拘束された店主に近づく。



「私の目を見ろ」



 先程とは別人のような冷たい声。

 満月のように光った目を店主と合わせると、意識が無くなったのか店主はだらんと床に倒れこんだ。

 数秒も経たずに、店主は何事もなかったのように起き上がった。


 しかし、その眼にはナナシと同じように横線の瞳孔のような模様が浮かんでいる。

 俺が呆然と立ち尽くしていると、ナナシが店主に向かって質問を始める。



「奴隷はどこからやってきている?」



「私には分かりません」



「誰が連れてきている?」



「知らない男です。三週間に一回程の周期で来ます」



「君はなぜここで働いている?」



「賭博で財産を失い、この仕事を紹介されました」



「ふーん…次その男はいつ来る?」



「約一週間程です」



「そう。じゃあギル、もう行こうか」



「え、いやいやこれどうすんだよ。ていうか何が起こったんだよ!」



「情報収集だから、なんかこう…素直になる呪…おまじないをかけただけだから。そのうち元に戻るよ」



「いや呪まで出てたけど…」



 ナナシはまた俺の影に戻っていってしまった。

 やっぱり碌な神じゃないのでは…



 その後、俺たちは同じ手口で情報を何個か得ることができた。



 まとめると、奴隷商人をしている人は家業とかの理由でその仕事についているのではなく、借金などの理由で首が回らなくなった者などが、金を借りていた組合に強制的に働かされているらしい。

 魔人の奴隷の流通経路は不明だが、三週間に一回程の頻度で組合の関係者が馬車に乗せて連れてくる。


 奴隷を売って儲けた金のほとんどを組合に渡す代わりに、最低限の生活は保障されるという謎の仕組みらしい。




 そうしているうちに日が暮れてきてしまい、俺はナナシに言われるがまま裏路地に向かわされた。


 人が居ないのを確認すると、ナナシが影からまた這い出てくる。



「組合関係者が来るのが一番早いのは、最初に入った店だったね。一週間ぐらい時間があるよ」



「その間どこで待機するんだ?連泊できるような財力はないんだが…」



「私の家でいいかな?」



 ナナシは空中で円を描くように手を動かすと、まるで手先が鋭いナイフになったかのように空間が丸く切り取られて揺らぎ始めた。


 大きな円に切り取られた空間の奥には、こことは違う景色が覗いている。

 試しに円の反対側を見てみるが、何の変哲もない。

 空間に浮かんでいるのに、反対側から見えない…?


 まあ、細かいことは気にしないようにしよう。



 ナナシに連れられて円の中に入ってみると、そこは全く違う場所だった。


 不気味なほど大きな満月、底の見えない海に白い砂浜、隣にはまるで取って付けたような草原と森が広がっていて、草にアクセントをつけるかのように赤い屋根の小さな家がある。


 まるで、自分好みの土地を切って貼ったような立地だ。


 俺はバランスを崩さないように砂浜をしっかりと踏みしめた。

 俺は絵でしか見たことが無かった海と砂浜に少し興奮して、砂を手ですくってみた。


 サラサラと、塊の無い砂が指の間から流れ落ちる。



「あれが私の家ね。空き部屋はあるから、そこをギルの部屋にしよう。ここなら釣りもできるし、食料には困らないよ」



 ナナシはそう言って、空き部屋の準備をするために小走りで家に入っていった。

 叶わない夢と思われていた海釣りができるなんて、少しだけワクワクしてしまう自分が恥ずかしかった。

 国名とかは響きで適当に決めているので意味はありません。

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