第十六話 第二位
ナナシは、あの演説集団も含めた俺たちに屋敷に入るよう言った。
観戦に夢中で気が付かなかったが、黒い雲が段々と空を覆い始めていた。
ササとキュイはゴレイの身体を魔法で浮遊させ、屋敷の中に雑に放り込んだ。
ゴレイの顔には無念の表情が浮かんでいて、最後まで眠気に耐えようとしていたことが分かる。
それを尻目に、俺たちはゾロゾロと屋敷の中に入る。
先程ナナシと俺で手分けして傭兵を眠らせておいて良かった。
恐らくあと三時間は寝たままだろう。
今考えると、あれだけの兵を眠らせておいて魔容量に余裕があったのが不思議で仕方が無い。
適当に開いていた部屋に入ると、ナナシは魔人たちの手枷を破壊で外した。
「ササとキュイ、君たちと会うのは初めてのようだね。私が封印されたのは約五百年前、君たちが神になったのが百年前だから、そりゃ会うはずがないよね」
「…あなたの名前は、ナナシ様でよろしいでしょうか」
茶色と白の毛並みを持つ犬の魔人、キュイはそう聞いた。
隣にいるいたって普通の人間に見える、少年のササは緊張しているのか先程から一言も喋らない。
「それでいいよ。元々はルミィだったけど、今はその名前のほうが気に入っている」
「あなたは、本当に第四位なのでしょうか?」
「というと?」
「あなたと敵対してしまう可能性を考慮して、個人的に調べさせてもらいました」
キュイはポケットから小さな手帳を取り出すと、それをチラチラと見ながら話し始めた。
「あなたは今から六百年前にこの世界に監視役として配属されました。しかし、おかしな点がいくつもあるのです。一つ目はその魔容量の多さ…あなたが他の神と手合わせをしたとき、一度も魔容量切れを起こしたことがないと聞いております。嘘ではないかと思っていましたが、先程の戦いを見るとそれが本当であったことを確信しました。本格的な文明が始まる前からこの世界を監視していた神と同じほど、もしかしたらそれ以上の魔容量があると考えられます。あなたが倒されるのではなく、封印されたのはこのためでしょう、誰もあなたを倒すことはできなかったから、封印した…それだけの魔容量を持ち合わせているのに、この世界に来たのは六百年前…魔容量を増やすために日々魔法を使用していたとしても、その期間で他の神を凌駕することは不可能なはずです」
確かに、ゴレイがあれだけ驚愕していたにも関わらずΛの魔法を大量に使いまくっていた。
どのくらい魔容量を使うのか詳しくは分からないが、同じ第四位からこう言われているのなら途轍もなく多いことが分かる。
ゴレイは魔容量を節約していたにも関わらず、最後の失神、Λで完全に魔容量切れを起こした。
いくらゴレイが剣士で、魔容量を増やす訓練をしていなかったとしてもおかしい。
「二つ目は、見た目の異様さ…あなたのような種族はこの世界に存在していないので、神に作られたことになる。しかし、ウラスルが作る神には特徴があります。それは、『全員金の髪を持っている』ということ…顔のパーツもどことなく彼に似ているでしょう。しかし、あなたは全体的に赤色で統一されている。目は金かもしれませんがウラスルの目は緑色なので、もしウラスルが作ったとしたら目は緑色になっていると思います」
ナナシの髪…正しくは髪のように生えている触手だが、もちろん金色ではない。
ナナシのような種族はこの世界に存在していない、もしくは発見されていない…とか?
後者は現実味が無さすぎるから、ササの言う通り存在していないのだろう。
「そして、『ルミィ』という名前…ご存知でしょうか、第二位が最初期に作った神は全員女性で、名前の最後が『イ』で終わるのです。『リリィ』『マリィ』『サリィ』『ルーシィ』…他にも何人かいますが同じ特徴があります。あなたも女性であり、最後がイで終わる…あなたは本当は第二位に作られた第三位で、この世界に第四位として潜入しているのではないでしょうか。それならば、その魔容量の多さも第二位から授かったということで辻褄が合います」
「…結構近いところまで来ているね、確かに私はウラスルに作られた神では無い。正しくは、今の第二位に作られた第四位だよ」
その言葉を聞いて、キュイとササ、俺は息をのんだ。
ナナシの親は第二位?
だからあんなに余裕だったのか?
なぜ今まで俺に秘密にしていたんだ?
「私は第二位に作られ、この世界に来る前にも他の世界を監視してきた。正しくは、第四位を監視してきた、というほうが近い。もちろん、第三位たちには内緒でね。まあ、特段気を遣わなくても第三位たちは他のことに夢中だから簡単に潜入できてたんだけど」
「だからそんなにも魔容量が多いのですね」
「そうだね、第四位の魔法階級縛りさえなければ、第三位とも渡り合えるほどには余裕がある」
「それならば、あなたが封印されたら第二位は気が付くのではないのでしょうか?」
俺も同じことを考えていた。
ウラスルにお気に入りがいるように、ナナシ…『ルミィ』も第二位のお気に入りではないのか?
「気が付いているとは思うけど、私なら一人でなんとかできるって分かってたんだろうね。第二位に作られた身だけど直接連絡を取ることはあまり無いし、ここ最近第二位はずっと研究で忙しくて余裕が無いから、私自身あまり迷惑をかけないようにしたくて連絡はしてないんだよ」
「研究というのは?」
「…魂を管理し、第一位を見つける。魂の管理ができれば元々第一位だった魂を見つけ出して記憶を取り戻してもらうことができる。それと同時に、天国と地獄を作り出そうともしている。第二位は、罪人が裁かれず、優しい人が損をする世界に昔から失望していた。神が君臨して直接手を下すという方法もあるけど、それだと『神は世界に干渉しすぎないようにする』っていう昔からの決まりが破られてしまうからね」
事情を何も知らない魔人たちは静かにこそしているが、話は全く分かっていないようである。
突然、今まで黙っていたササが発言した。
「ダメもとで第二位に連絡してくれな…くれませんか?無関係の魔人たちに話を聞かれてしまったし、彼らをそのまま開放しても、また国に囚われるから身の危険もある。…正直、俺たちこれからどうすればいいか分からないし…第二位がバシッと目標を決めてくれたり、問題を全部まるっと解決してくれたら…なんて、思ったりして…」
「ちょっとササ!ルミ…ナナシ様に失礼でしょ!?」
ササの発言をキュイが小声で注意する。
正直、俺はササの意見に同意だ。
「ナナシ、俺はササさんの言う通りだと思う。まだ敵は複数いるのに無関係の人を巻き込んでる。それに、ナナシが封印されてたっていうのにほっとかれてたのが納得いかない。それのせいでお前が邪神として広められ、結果的にあんたと同じ目をしている彼らが差別を受けることになったんだ。第二位はその責任を負うべきじゃないか?」
「仕方がないな、ダメもとで連絡してみるよ…伝心、緊急、Ω」
エマージェンシー。
少し前に軽く説明だけされた気がする。
確か、階級の前にそれを付けると魔容量を第二位に負担してもらえるが、然るべき理由がない場合に使用した場合は処罰を受けるといった階級だったと思う。
それに、Ωという一番上の階級。
伝心は階級によって届く範囲が変わるが、Ωを使用したということはそれだけ離れた場所にいるということだろう。
ナナシはそのまましばらく目を閉じていたが、数回頷くと目を開けて俺たちに言った。
「第二位が来る、心の準備はいいかな?」
キュイとササは驚愕し、身なりを急いで整えた。
その様子を見て、魔人集団もその場から立ち上がり列を整える。
ナナシはまた目を閉じると、何やら空気が変わった。
空気が薄くなったような、酸欠になりそうな緊張感。
その出どころはナナシだった。
ナナシが再び目を開けると、直感的にナナシではないと分かった。
皆第二位の言葉を待つ。
第二位が口を開いた。
「こんにちは、第二位だ。今少々忙しくてね、ルミ…いや、ナナシには少々眠ってもらい、彼女の身体を使って会話をさせてもらうよ。どうやら皆…緊張しているようだね?そのようにかしこまる必要はないのだが…」
俺を含めた皆、そんなことできるわけないだろう!…と、思っているだろう。
声はナナシのままだが、その威圧感から誰も言葉を返そうとしない。
「ナナシの記憶から何があったのかは理解した。この世界で起こっている第四位の蛮行、そしてナナシが封印されていたこと。正直に言うと、少し前から私も分かっていた。言い訳がましくなってしまうが、本当に忙しくてな…ナナシの性格と十分な程の魔容量なら次第に解決させることができるだろうと思って後回しにしてしまっていた。その間にも被害者が出ているにも関わらず…すまなかった」
第二位は魔人たちに頭を下げた。
魔人たちは第二位の圧倒的なオーラを感じて身じろぎができないようで、口が少し動いても声が出ないようだ。
「キュイ君とササ君、確か君たちを神にしたのは私の助手であるリリィだったか?直接話すのはこれが初めてのようだ。元々は無関係の君たちも巻き込んでしまって済まない」
「そ!そそ、そんな!大丈夫です!全然!」
「そう、です!大丈夫です!」
キュイとササは噛みながらなんとか言葉を絞り出した。
最後に、第二位は俺の方を向いた。
「そしてギル殿、ナナシが迷惑をかけているね。神が解決すべきことに人間である君を巻き込んでしまって済まない。一旦君の呪いを解いておこう」
第二位がそう言うと、俺の身体が光り出す。
懐かしい感覚が戻ってくる。
確認のためにローブを脱ぐと、俺の身体は魔神から人間に戻っていた。
成程、これが原初の魔法。
普通ならまた呪いを使用して変身を解くはずだが、時間もかからずに人間の姿に戻ることができた。
魔人から人間に戻ったせいで、服が少し大きくて気持ちが悪い。
第二位は話を続けた。
「魔人と人間である君たちは今更元の国に戻っても困ってしまうだろう。それでだが、この大陸の東に魔人と人間が共存する島々が点々と存在しているのは知っているだろう?そこの島に船で何とかたどり着いたという風に記憶を書き換えさせてもらい、そこで暮らしていくというのはどうだ?もちろん君たちの家族も一緒に行くこともできる。それか、今暮らしている家が気に入っているならば、君たちを捕えようとする者たちから、君たちに関する記憶を消す。まあどちらにしろ、私たち神に関する記憶は消させてもらうが」
「…少し話し合っても良いでしょうか?」
リーダーのケンプがそう言った。
「もちろん。だが、申し訳ないが今日中に決めてほしい。記憶を操作するような高度で危険な魔法は私しか扱えない。私は明日からまた忙しくなりそうでな…」
「分かりました。隣の部屋で話し合いをしてきます」
魔人の集団が出ていくと、第二位は俺に向き合った。
「ギル殿はどうする?ナナシの記憶からするに、今までの生活に満足していなかったようだから、君も東に行くかね?」
「…俺は今まで通りナナシと行動する」
「……理由を聞いても?」
「ナナシは、俺の友人なんだ。ナナシの存在ごと忘れて東に行ったって、幸せになれる気がしない」
ナナシと出会わなかったら、俺は今頃死んでいただろう。
それにナナシは命の恩人だ、ナナシも俺がいなかったら寂しがるだろうし。
俺がいなくなった結果、ゴレイの言っていたような冷酷な性格に戻るナナシが脳裏に浮かぶ。
「…ふふふ、そうかそうか、ふふ」
その時、魔人たちが帰ってきた。
皆神妙な顔で第二位を見つめる。
「お待たせしました」
「さて、どうすることになったのかな?」
「羊と山羊の魔人である彼らは東の国に、協力してもらっていた他の魔人は国に帰ることになりました。そして、お願いがあるのです」
「お願い?」
「私を、ナナシ様の弟子にして頂きたい!」
「君を?」
「はい!私も救世主様のように、平和のために活動したいのです!そのためなら命も惜しくありません!」
第二位は困ったような表情をした。
「しかし、君には家族がいるではないか。この状況が収まるまで家に帰るのは難しくなるぞ?」
「覚悟の上です。家族には手紙を送って、旅に出ることにしたと伝えるつもりです。どうでしょうか?」
「すまないが、神の力を貸し出すには目を預ける必要がある。しかしナナシには目が二つしかないのだよ…片方はギル殿が所持している、さらに君にもとなるとな…それでだが、ササとキュイ、彼らと活動するのはどうだろうか?彼らにはこれからナナシのサポートをしてもらおうと考えていたところだ。ササとキュイもいいかな?」
「わ、私たちは異論はありません!」
二人はブンブンと首を縦に振った。
「はい…!平和に貢献できるなんて光栄です!ササ様とキュイ様、よろしくお願いいたします!」
ケンプは二人に深く頭を下げた。
第二位は安心したような表情を浮かべた。
「さて、それでは他の魔人の皆は私の部屋に来てもらおう。少々難しい魔法を使用するから直接使用したほうが失敗することも少ないだろうから」
魔人たちの身体が光り出し、次の瞬間消えた。
部屋が一気に広くなる。
「よし、ナナシにはこれまで通り第四位の処理を任せよう。キュイ、ササ、そしてケンプ殿とギル殿、ナナシのサポートを頼んだ。それでは、私は魔人たちを送り届けてくる。またいつか会おう」
第二位が目を閉じると、スッと空気が流れ込んできた気がした。
呼吸が楽になる。
「……終わったみたいだね」
「ナナシ…!」
「詳しいことはまた今度にして、とりあえず二人はケンプ君と帰りなよ。疲れたでしょ?」
「はい、そうします…」
キュイはそう言い、ナナシのように指で空間に円を描くと入り口を用意した。
向こうには壮大な花畑と大きな屋敷が見える。
この技って、第四位全員が使えるのか。
キュイとササが入るのを真似して、ケンプも恐る恐る空間に入っていった。
全員が入ると、入り口が薄れていって消えた。
ナナシと部屋に二人きりになる。
「……ふふふ」
突然ナナシが思い出し笑いをしたように笑い声を漏らした。
「何だ?」
「ギル…私を忘れたくないんだ?」
「え、何でそれを」
「喋ってたのは第二位だけど、私の意識も普通にあるからね?」
「……は?」
確か最初に、『ナナシには少々眠ってもらい…』って言ってなかったか?
いや、絶対に言っていた!
あいつ…!
あの時第二位が笑ったのはそういうことだったのか!
あんだけ威圧しておいてくだらない悪戯しかけやがって!
本当に一番偉い存在なのかよ!
「クソッ…第二位…!」
「嬉しいなぁ~ギルぅ~そんな風に思っててくれたなんてぇ~」
ナナシが俺の腕に触手を巻き付けてくる。
押し退けようとするが腕が固定されていて身動きが取れない。
とてもうざい。
「うるさいうるさい!ゴレイによれば、あんただって俺と会う前は随分つまらなそうだったらしいじゃないか!俺がいないとあんただって!」
「あ、そういえば」
「何だよ、話を逸らすなよ!」
「ゴレイのことすっかり忘れてた……入り口に置いたままだ」
「……あ」
その後、俺たちはカチコチになったゴレイをとりあえず持ち帰り、家の中には入れたくないので砂浜に放置しておくことにしたのだった。




