第十五話 力量不足
今、なんて言った?
俺は自分の耳を疑った。
確かにこいつは今ナナシに、もしこいつが勝ったら伴侶になるように言った。
何故だ?
何故こいつは突然そんなことを言い始めたんだ?
「はいはい、何でもいいよ。どうせ君は勝てないから」
「ナナシ、正気か!?大体意味が分からないだろ!」
「黒ローブ、俺は弱い奴が嫌いなんだ。例えば、人間は魔人より筋肉量が劣っているから魔法と卑怯な作戦に頼るしかないから嫌いだ。女もいくら鍛えても男に勝ることは無いに等しい。それに、俺が神になる前から、女は男に媚びを売ってくるような奴ばかりだ…一応嫁はいたが、金目当てで言い寄ってきた女より、強い女を従わせたかった…」
それって、強く聡明な女はお前の腐った本性を見抜いて近づかなかっただけでは…?
ナナシは興味が無さそうに、足元の雑草の穂の部分をむしり取っては花束のように集め出した。
しかし、そんな様子に気付かずゴレイは続ける。
「しかし、ルミィは違う。強く、その表情は冷酷そのもの、街に居るような女とは、他の女神とは全く違う。丁度いい機会だ…お前が封印されてから、俺はこの日のために特訓をしてきたんだ。遂に俺はお前に勝ち…お前を嫁にする!そうすれば、邪神は俺に敗れたことが広まり、あの集団が差別を受けることも無くなる。おお、全てがうまくいくぞ!」
ゴレイは大きな声で笑ってこちらを見た。
「…だそうだぞ」
「知らなーい、私もうルミィじゃないもん。ナナシだもん」
「さっきからその黒ローブがそう呼ぶし見慣れない眼帯をしているから何事かと思ったら…おかしい、お前はいつだって機械的な会話しかしていなかった。いつも敬語を崩さず、他の神と距離を置いていたというのに、その別人のようなしゃべり方は何だ!それだけではなく、片方の目をそいつに預けているのか?そんなこと有り得ない…!」
「ギルが付けてくれた名前に改名しましたー。残念、あの冷酷で機械的なルミィちゃんはもういません…何故なら、私は、『愛』を知ったから…」
ナナシは下手な演技でそう言い、手に持っていた雑草の束をまるで紙吹雪を撒くかのように捨てた。
そのまま俺に抱きついて、俺の顔を見上げてくる。
今までこんなことされたことがないから、驚いて俺も見つめ返す。
『ギル見て、あいつめっちゃイラついてて面白い』
テレパシーでそう伝えられてちらりとゴレイを見ると、確かに歯を食いしばり拳を握りしめている。
顔は魔人というより、縄張りに侵入者が現れたときの魔獣に近い。
歯をむき出しにし、顔は皺だらけになっている。
『あんまり煽ってやるなよ…あんな提案してきたってことはあいつ、お前のことが好きなんだろ?』
俺もテレパシーでそう返すが、ナナシはさらに挑発するようにゴレイに声をかける。
「君は私に勝てないし、私を嫁に迎えることなんてできないよーん。それに、人間と女性を蔑視してる生ゴミ君とは結婚したくありませーん。君よりギルの方がミ・リョ・ク・テ・キ!」
わざと煽ることで冷静さを失わせる作戦らしい。
こんな大根役者で騙されるのかと思ったが、なぜか効いているようだ…
ゴレイの手のひらに爪が深く食い込んでいる。
「ね、ギル。君はあんな奴とは違って紳士的で、優しくて、かっこいいもんね」
「…え、えっと、そう言ってもらえて光栄だ…」
「…クソッ!何故だ!何故俺よりもその男の方を!お前のような強い女は、黙って強い俺についてくればいい!」
そういうところだぞとヤジを入れたくなるが、俺が突っ込んでいい問題なのか?
ナナシを支配下に置きたいという強い欲求があるのか?
言葉で表すと気色が悪いな…
ちらっとナナシを見ると、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「好きでもない人からの好意って、ジャングルで見る変な虫ぐらい気持ちが悪いものなんだね…早く始めよう、さっさと帰りたい。」
ナナシはそう言って俺から離れ、ゴレイと向き合った。
武器は持たないのかと聞こうとしたら、右手の触手がみるみるうちに一本へとまとまっていき、まるで刀のような形状になった。
俺に刀を教えてくれている時は木刀を使っていたが、そんなこともできるのか。
ゴレイも姿勢を正し、後ろで見学している集団に声をかける。
「誰か、開始の合図をくれ」
「…わかりました。このケンプが合図をさせていただきます」
あの時演説をしていた羊の魔人だ。
しばしの静寂が訪れる。
ケンプが大きく息を吸った。
「…始め!」
その合図と共に、二人とも地面がえぐれるほどの脚力で踏み出した。
ナナシは目にも止まらぬ速さでゴレイの首元に切りかかるが、ゴレイはそれを読んでいたようで盾で防ぐ。
ゴレイが剣を振り下ろす前に、ナナシはゴレイの持っている重厚な盾を蹴って後ろに下がり、再び距離を取る。
「やはりな!何度か手合わせを申し込んだことがあるが、初動で首を狙ってくることが多い!ふふ、どうだ!お前の行動は全て読んでいるぞ!」
「よくできました。これで一撃食らわせられたら、あまりの対策の無さに笑い転げてたよ。でも残念、あまり長引かせたくないから、今日は魔法メインで行かせてもらうよ」
「せっかくお前の剣の癖を勉強してきたというのに…しかしそれなら、詠唱の隙を無くすまで!転移、Γ!」
ゴレイはナナシの傍に転移をし、離された距離を一気に詰めた。
そのまま片手剣を振るうが、ナナシは魔法を使わずにそれを最小限の動きで躱す。
「何故躱せる!」
ゴレイは怒りのままに力を込めて剣を振り続ける。
正直この程度の単純な動きなら、ナナシに特訓された俺でも躱せるだろう。
それなのにナナシが躱せないはずがない。
ナナシにされてきた特訓は、俺が第四位とも渡り合えるようになるほど効果のあるものだったのか。
次々繰り出される力の籠った鈍い動きの剣を易々と見切りながら、ナナシは詠唱をする。
「連鎖、氷槍、追尾、転移、Λ」
「Λ!?お前魔容量切れで死にたいのか!?」
ゴレイは驚いて追撃の手を止め、そう叫んで距離を取った。
連鎖?聞いたことが無い魔法だ。
氷槍は、前にナナシと好きな魔法の話をしたときに教えてもらった覚えがある。
ということは、氷槍と転移という種類に挟まれている『ホーミング』も、恐らく魔法の種類なはずだ。
普通魔法は種類の後に階級を唱えるはずだが、ナナシはそれら複数の種類を唱えた後、最後に階級を唱えた。
恐らく、頭に連鎖を付けると、魔法が一度に全て発動するのではないか。
確かに、戦闘では有効に使えるだろう。
しかし、階級が一度しか唱えられていないことを考えると、発動させる複数の魔法の階級は全て最後に唱えた階級で統一されると予想できる。
つまり、ナナシは複数の魔法をΛという階級で発動させた?
Λは確か…第四位が使用できる階級の一番上。
ゴレイの驚きようからすると、第四位にとって相当な痛手であることが分かる。
前にナナシが言っていた神のルール。
確か神は被弾すると傷が自動で治る代わりに、結構な魔容量を消費する。
俺はナナシの考えに気づいて息を吞んだ。
ナナシはきっと、一度も被弾しないつもりで動いている…!
あまりにもリスクが大きい…!
一瞬でそこまで理解したものの、もう手遅れだった。
ナナシの周りに尖った氷柱が何本も現れ、次の瞬間消えた。
俺の考えの通りならば、氷柱は転移しているはず。
辺りを見渡すと、ゴレイに切っ先を向けるように大量の氷柱が空中に留まっている。
やはりそういう仕組みか…!
「これがお前の切り札か…!」
「切り札?そんなつもり無いけど」
「嘘をつけ!魔容量を消費しすぎだ!一回でも俺の攻撃が当たったら俺が勝つ!」
ナナシは刀に変形していない左手をゴレイに向けた後、氷柱たちに合図をするように手を横に払った。
それを合図にして、氷柱がまるで意思をもったようにゴレイに向かって落ちていく。
「クソッ!防御、Ι!」
少し青みがかった丸く半透明な壁がゴレイの背中に現れた。
防御は魔法や物理攻撃を防げる特殊な壁を任意の方向に展開する魔法だ。
階級も高いせいか範囲が広く、ゴレイの広い背中全体が守られるほどの大きさだ。
一般人が使用した場合、小さな盾ほどの大きさにしかならない。
高速で向かってくる大量の氷柱を持っている盾と剣を使い砕いていくが、階級の高い氷槍は硬度が高く剣と盾を振るう腕に少しずつダメージが入っているようで、ゴレイから呻き声が漏れる。
背中側に展開している壁にも既に亀裂が走っている。
Λの魔法を防ぐには同じくΛの壁を展開するのが理想だが、ゴレイは防御に魔容量を割きたくないのだろう。
その時、壁がガラスのように砕け散り、氷の棘が一本、ゴレイの背中を突き刺した。
「グッ…!やはりそうなるか、節約なんてしている場合では無かった…!」
突き刺さった棘はその瞬間に砕け散り、穴の開いた部分がみるみるうちに修復された。
あれが自動回復機能か。
回復速度が速すぎる…!
神に血が流れているのかは知らないが、身体の中の赤色をまともに見る前に皮膚が塞がった。
魔容量の消費が激しいのも納得だ。
「今ので結構削れた?」
「黙れ…!お前も魔容量の消費が激しいだろう!」
俺は思わずナナシに叫ぶ。
「ナナシ!無茶をするな!一撃当たったらそれで負けなんだぞ!」
「ククク…何も出来ない黒ローブは黙っていろ」
ゴレイはそう笑って体勢を整えた。
再び剣と盾を構え直す。
「お前を戦闘不能にしたら、次はあの黒ローブだ!あいつの頭を盃にして酒を…」
ゴレイが台詞を言い終わる前に、ゴレイすら反応できない速度でナナシがゴレイの懐に潜り込み左腕を切り落とした。
力強く盾を握った手が、そのままゴトリと音を立てて草の上に落下する。
見学している集団も、俺と同じように小さい声を漏らした。
「な…何が起こったぁぁぁ!?」
ゴレイは地面に落ちた自身の左腕を見て叫んだ。
「身を弁えろ。あくまでもお前は私に狩られる側だ」
断面は既に回復されていて、薄い皮膚で完全に覆われている。
しかし、地面に落ちた左腕は盾を握ったまま段々と乳白色に変化していった。
なるほど、これが休止状態…
戦いの中で魔容量の切れてしまった神は、保護のために休止状態へとなる。
石のように固まり、動かなくなってしまうとナナシから教えられていたが、まさか比喩ではなく本当に彫刻のようになってしまうのか。
…待てよ?
何故腕が落ちたんだ?
ゴレイも同じ疑問を抱いたようで、ナナシに向かって叫ぶ。
「何故だ!何故腕を切り落とせた!切られたそばから自動回復するはずなんだぞ!何かズルをしているのか!?」
「確かに、普通なら自動回復は刃が通り過ぎるのと同じ速さで回復するので腕が落ちることは無い」
「なら何故だ!」
「私は自動回復よりも速く切り終わることができた、それだけだ」
「う、嘘だ!そんなこと可能であるはずがない!」
「実を言うと、お前が大声で話している間に加速、Λを自分にかけた。これに懲りたら戦闘中に隙を見せないことだな」
自分に加速をかけることで、途轍もない速さで切り落としたのか。
しかし、またΛで魔法を使用するなんて…
ナナシが持っている魔容量の限界は分からないが、もうほとんど残っていないに違いない。
「…フフフ、そんなに階級の高い魔法を使用し続けるとは!残りの魔容量でΛの魔法を展開することは不可能なはずだ!」
「………」
「図星のようだな…!それならば、これに賭けよう!失神、Λ!」
やけに魔法を使わないと思っていたらこれを発動させるために魔容量を取っておいたのか!
失神を防ぐには、防御Λを使用するしかない!
しかし、これまでの魔容量の消費でナナシが完全に壁を展開できるとは思えない。
「それだけだと、思うな…!行け…キュイ…ササ…!」
…伏兵か!?
第四位が二人潜伏していた場合、俺一人で対処できるはずがない!
それならば、俺がナナシの盾になり、ナナシが気を失うことを防ぐしかない!
俺は死ぬ気でナナシに向かって走り出した。
ゴレイから放たれた魔法の透明な波がナナシに届く前に!
間に合ってくれと心の中で願う。
俺がナナシの前に飛び出す前に、ナナシは詠唱した。
「防御、Λ」
ナナシの周りに完全な壁が作られる。
どこも欠けていない、完全な壁。
「…!何故…!何故…」
ゴレイはそう呟くと地面に倒れこんだ。
這いつくばってナナシに手を伸ばすその途中で身体が固まっていき、最後には白く変色し完全に固まってしまった。
「読みが足りなかったようだね。あれ?ギル、心配かけちゃった?もしかして盾になってくれようとしたのかな、ありがとう」
ナナシはその場に膝をついた俺に駆け寄ると、俺の手を取った。
「本気で心配したんだぞ…!」
「ごめんって…それで、そこの二人は私と戦ってくれるのかな?拘束、Λ」
ナナシが手を伸ばした先を見ると、見学していた集団の隣に赤い輪が浮かんでいた。
透明化の魔法が段々と解け、伏兵の姿が明らかになる。
犬の魔人と人間…
胴体と手を縛るように、赤い輪に拘束されている。
「…私は第四位のキュイ、こちらは同じく第四位のササです」
犬の魔人…正確には魔神がそう言った。
キュイは話を続ける。
「私たちは今から百年程前に、ウラスルによって神に推薦され今に至ります。あなたのことは話には聞いていました。私たちは本来、ゴレイの合図であなたに攻撃を仕掛けるはずでした。しかし、もしあなたが優勢であれば寝返ろうと話し合っていたのです。私たちも、故意に戦争を起こし、不都合な者を消していくあいつらに一矢報いたいと思っております。どうか私たちを信頼し、仲間として認めてほしいのです」
ナナシはそれを聞き終わると、二人の拘束を解いた。
「…雨が降りそうだから、とりあえず全員中に入ろうか」




