第十四話 対面
北に広がる森の近くに建てられた、ゴレイを信仰する機関の本拠地である豪勢な建物。
空から見えにくいように屋根は緑で塗られていて、周りを取り囲むように高い木々が植えてあるので、一般人が見つけることは無いだろう。
「ゴレイ様、お待ちしておりました。例の集団を捕まえております」
「ご苦労。客間に通してあるか?」
「はい。一応手枷をはめさせて見張りを置いていますが、過剰な拘束はせずに朝食もちゃんと与えてあります」
「それなら良い、俺が留守の間よく働いてくれた。お前は数日部屋で休むが良い」
「ありがたいお言葉、それでは私は失礼いたします」
動きやすいように簡易で最低限の鎧を着た上級兵士はそう言い敬礼すると、特別に用意されている自室へと戻っていった。
ゴレイはため息をついた。
「ああ、俺も自分の部下を神にできたら良いのだが、第三位になるには何か難しい研究でもする必要があるらしい。魔人と人間で戦争を始めてからやることが多くなったのはいいが、その分人手も足りず、ルミィの封印も解け…残った人員はまだ幼い魔神と人間…困ったものだ。魔神はまだしも、弱い人間には近づきたくすら無いんだがな」
お供である『犬の魔神キュイ』と『人の神ササ』、二人は同じ時期に流行り病に侵されて死に至りそうなところをウラスルに神に推薦されたのである。
人を神にするには選ばれし第三位か第二位が原初の魔法を使用する必要があり、他の神は呪いを利用しても人を神にすることはできないように調節されている。
ウラスルは、人員不足と彼らの不憫さを理由に二人を神に推薦したのだ。
二人とも成人する前に神になったため、見た目や声は十六歳で止まっている。
「二人とも分かっているな?ルミィが来た場合、透明化で近くに待機、俺が合図をしたら攻撃だ。まあ、そんなことは起こらないと思うが」
「「はい、分かりました」」
「二人とも部屋で待機しておけ。俺は用事がある」
ゴレイはそう言いその場を後にした。
廊下に取り残された二人は用意された部屋に無言で向かう。
ドアを開けて安全を確認した瞬間、二人で大きく息を吐いた。
「あー、俺だってあんな人間嫌いと一緒にいたくないよ…人間人間って、俺だって同じ階級なのにさ!」
ササは不満そうにそう言うと、金色のソファに横たわった。
茶色く細い髪が薄いカーテンのようにササの顔を覆った。
「私もあの人嫌い、教わってた人物像と全然違う。みんなに優しいって、そのみんなに人間が入ってないのはおかしい」
犬の魔人であるキュイは耳をピンと立て、外に誰もいないことを確認している。
身体のほとんどの部分には白い毛が生え、左耳のみ茶色の毛並みをしている彼女は、中性的な顔立ちなので魔人に詳しくない人間が性別を判断するのは難しいだろう。
「キュイは元々魔人なのに、人間嫌いじゃないのか?」
「…昔は嫌いだった、人間は卑怯で弱いって教えられてきたから。でも、神になって、ササと友だちになって…間違いだって思った」
「俺も親からそう教えられてきたけど、それも全部あいつらのせいだったなんて…!」
「…ねえ、考えがあるの」
キュイはササに近づいて、何かを囁いた。
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「…お前たち、いつになったら認めるんだ。今ここにゴレイ本人がいるんだぞ?」
「………」
「俺はお前たちの意見を全て受け入れよう。酷い仕打ちをすることも無い、だから何か話せ。何故俺ではなく、あの得体の知れない奴を信仰しているんだ?」
「…私の父は、私がまだ幼い頃に行方不明になっていました。遠出の途中で人間の国の周辺を歩いた時に、人間に攫われたようです。それからこの前までヒューダル王国の地下に囚われていました…何をさせられていたかは、今更言う気にもなれませんが。それを救ってくださったのはあなたではない。確かに昔は信仰していた、父の無事と帰宅を願って、あなたに祈りを捧げることももちろんありました。しかし、あなたはそれに答えて下さらなかった」
異教徒のリーダーである羊の魔人ケンプは、俺が何かを言う前にまた口を開いた。
「それだけではありません。私たち、皆共通している点があるのをもうご存知でしょうか」
「ヒューダルに家族が囚われていた、という理由以外に?」
「…私たちの目を見てください」
俺は異教徒集団全員にフードを外すよう要求した。
なるほど、確かに団員の八割ほどが同じ特徴を持ち合わせている。
「目が水平に長い、ということか」
団員はリーダーと同じ羊の魔人、もしくは山羊の魔人が多い。
その他の種族はヒューダルの件で感銘を受けた者か、彼らを差別しない少ない友人なのだろう。
「このせいで、私たちは魔人の中で差別をされてきました。神が助けに来てくださったことはありません。ゴレイ様もこの目を、邪神と同じ目を嫌悪しておられるのですか」
「…まずは謝ろう。済まなかった」
人間を絶滅させ魔人だけの星を作るという前に、もっと気にすることがあったのだ。
魔人側が戦争で勝てば魔人が世界を支配する世界が来る、君も参加しないかという誘いに乗るべきでは無かったのだ。
目的のためにルミィを封印するという片棒を担ぎ、邪神として広め、戦争にばかり夢中で事件が起こるまでレナとレノがヒューダルで行っていたことにすら気が付けなかった。
しかし、俺より力を持ち合わせている、ウラスルに作られた神…
星が生まれて、我々魔人が陸地を闊歩し始める前から存在している神に俺が敵うはずはない。
きっと、彼らの誘いを断ることも難しかったかもしれない。
「俺の目的は、魔人の繁栄だった。しかし、それにばかり気を取られ、お前たちの苦しみを無視してしまっていたことに今気が付くことができた。赦してもらえるのならば、俺は」
罪滅ぼしに、ヒューダルの件の元凶と邪神を潰す、と続けるはずだったが、その時ドアが開かれた。
思っていたより早かった…!
こちらの会話は筒抜けになっているのではないかと思えるほどに!
ケンプが感極まったように声を絞り出す。
「きゅ、救世主様…?」
おお、という歓声が異教徒集団から上がる。
黒いローブに刀、その姿はまるで死神そのもの…と言いたいところだが、目的の人物ではない。
ルミィとは背も体格も違う。
それに、あいつと対峙した際の、本能からくる恐れを感じない。
ヒューダルでの目撃情報によると、犯人のローブの下から人間の顎が見えたという話だったからまさかとは思っていたが、やはり人間なんかを部下に置いているなんて…
卑怯で弱い人間がルミィの傍にいる資格なんて無いはずだ!
「召喚、Δ」
俺は愛用の片手剣と盾を召喚し、切っ先をそいつに向けた。
「俺はお前に用は無い、お前の飼い主…『ルミィ』を出してもらおうか」
そいつの反応は、思っていたものと全く違うものだった。
そいつが、え?と小声で呟くのが聞こえた。
「…る、るみぃ?えーっと…誰だそれ…」
「え、お前ルミィの手下じゃないのか?」
「…え、元々の名前ってルミィだったのか!?」
黒ローブは誰かと会話したようにそう一人で驚いて声を上げた。
顔が少し上向きになった瞬間、ローブの中が見えた。
…ヒューダルにいた奴とは別人、あれは狼の口だった。
ということは人間の他にも手下がいるということか。
いつの間に、どこからそんな人材を見つけてきたんだ。
「…えー、ゴレイ。俺の飼い主が、ここは狭すぎるから場所を変えようと言っている。外に出ないか?」
「…いいだろう」
「私たちも連れて行ってください!」
そう、リーダーのケンプが声を上げた。
「何故だ?」
「今から戦うのでしょう。私は先程の話で、ゴレイ様も信じてみたいと感じていました。この戦いで勝った方に忠誠を誓うことにしようと思うのです」
「…それならば、お前たちも来い」
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こんなこともあろうかと、建物の前に戦えるほどのスペースを用意しておいて良かった。
背の高い針葉樹は、俺たちの戦いを周りから隠してくれるだろう。
黒ローブと距離を開けて向かい合う。
建物の傍で見学している異教徒集団は、それを黙って見守っている。
「先程も言ったが、俺はお前と戦うつもりはない。ルミィを早く出せ」
俺がそう言うと、黒ローブの影から黒い塊がドロドロと起き上がった。
インクのような液体の下から、ルミィが現れた。
「久しぶりだな、ルミィ」
「そういえばそんな名前だったね、五百年ほど封印されてたから自分の名前も君の存在も忘れてたよ」
ルミィが完全に姿を現すと、異教徒集団が恐れ慄いた、声にならない悲鳴を上げた。
喉が潰れたような、細い筒を空気が通り抜けるような音が聞こえる。
集団の一人が耐えきれないように声を出した。
「邪神だ…!何故邪神が救世主様から…!」
「こいつら…何の事情も知らないくせに…!」
黒ローブから恐ろしいほどの歯ぎしりの音が聞こえ異教徒集団は再び黙りこくった。
ローブの下を見ずとも、恐ろしい形相になっているだろう。
「いいよギル、私は何とも思ってないし」
ルミィはそいつの肩に手を置いて宥めた。
相手が人間ではなく魔人とはいえ、俺より弱い奴にそんな風に接するのか?
お前はいつだって機械的で、自分の感情を表に出さない不気味な奴だったじゃないか。
昔とは話し方も他者との距離も全然別人だ。
もしや、その魔人、ギルとかいうただの魔人のことを?
「…ルミィ、お前に一騎打ちを申し込む」
「いいけど?」
「俺が負けたら、俺はお前の言うことを聞こう。あいつらに負けを承知で単騎で挑むことだってする。だが、俺が勝ったら、お前は俺の伴侶となる。どうだ?」




