第十三話 魔獣
俺とナナシは今戦争が実際に起こっている西の方角を目指して移動していた。しかし、問題なのは金が無いということ。形だけでも宿泊をしておかないと周りに怪しまれるだろうし、夜でも人通りが多いこの街で安易にゲートを開きたくない。
これからのことを考えながら、この前恵んでもらった金の残りを慎重に使って朝食をパン屋で調達する。
何か簡単に手伝えて1日で終わるような、そんな夢のような仕事があれば…
ちょうど焼きたてのクロワッサンが並べられたのでそれを買おうと手を伸ばすと、隣にいた虎の魔人と手がぶつかってしまった。
「おっと…すみません。」
「ああ、俺こそ済まなかったな…あんた、ここら辺では見ない毛色だ、旅人か?」
「ええそうなんです。」
体格が良くて俺よりも背が高い虎は、恐らく190センチを優に越しているだろう。とてつもない威圧感だが、以外にも落ち着いた性格のようで、俺は内心ほっとした。
「あんたのその刀…とても良いものだな。剣術の心得があるのかい?」
「一応、って感じです。実戦で使ったことはまだ無いんですけどね。」
俺たちはそんなことを話しながら買い物を終わらせて、店の外へ出た。虎は自己紹介がまだだったと言って軽く自己紹介をした。
「俺はラウリールていうんだ。ここら辺でハンターをしている。ほら、街の南側にでっけぇ森があるだろ?あそこの森は俺らの国の領土だから、生態系を崩さない程度に狩りをしている。」
確かに、あそこの森は地図で確認したが、国よりも大きいのではないかというぐらい広いようで、高い山脈や深い渓谷、恵まれた環境で鍛えられた魔獣などで、旅人や商人は迂回せざるを得ないようだ。
「兄ちゃん、名前は?」
「ギルです。」
「そうか、ギル。あんたが良かったらその刀、実戦で使ってみないか?もちろん金はたんまり入るから、俺の仲間と山分けだ。」
金に困っている俺にとってはまさに棚からぼたもち、少しぐらい寄り道するぐらいなら大した問題ではないだろう。
『ナナシ、協力してもいいか?』
『うん、嘘はついてないようだからね。』
「…俺でよければ協力させてもらいます。」
「じゃあ決まりだな!俺とあんたは今から仲間だ、かしこまった物言いはやめてくれよ?」
俺はラウリールに仲間を紹介するからついてこいと言われて、二人で歩き出した。
………
連れられてきたのは、ヴィンテージな雰囲気が漂う酒場だった。朝にも関わらず客は結構いるようで、簡単な朝食やコーヒーを楽しんでいるようだ。
「ここ、昼はカフェをやっててな、集合場所に便利なんだよ。」
ラウリールは店の中を見渡すと、「お、いたいた。」と呟いて俺に手招きをした。
カウンター席にいる鷲の魔人と狐の魔人に声をかけて隣に座った。俺もラウリールの隣に腰を掛ける。
「あら、お友達?」
狐の魔人はどうやら魔法や補助を担当しているようで、目立った武器は持っていない。腰のベルトには回復薬の入った薄緑の液体が何個か固定されている。
「………。」
鷲の魔人は俺を一瞥すると、何も言わずコーヒーを一口すすった。
軽装で大きな弓を背負っているため、背中の羽で飛びながら空中から矢を放つのだろう。
「紹介しようギル、俺の仲間のミクリと…」
狐の魔人が俺に「よろしくね、ギル君。」と言った。
「ギャレットだ。…ほら、お前も挨拶しろ!」
ラウリールにそう言われて、しぶしぶとギャレットは「…よろしく。」とだけ言った。
「全く…ああそうだ、まだ説明をしてなかったな。実は今、あの森にドラゴンが出てな、縄張り争いに負けたのかフラれたのかは分からんが、通常より凶暴なんだ。それに、この街の上を気晴らしに飛んで岩を落としたり吠えたりするから迷惑でな…国から、金をたんまり出すから討伐してくれないか、って狩人たちに依頼が来てるんだよ。」
「へぇ…じゃあ誰が狩るかで言い争いが起きてそうだな。」
「まあそう思うのも当然だな。でもそいつ、あの雷龍なんだよ。知ってるだろ?そいつの討伐に出向いた奴の8割は大怪我を負う、もしくは死ぬ。」
雷龍というのは知能が高く、固い鱗と骨すら砕く爪を持っている上に、体内の発電器官から電撃を放ってくる途轍もなく高難易度の龍だ。
雷龍は普段大人しく怒ると手を付けられなくなるため、狩猟は滅多なことがない限り行われないし、安全な狩り方が確立されていない。
その分、たまたま死体を見つけた場合はラッキー、鱗をはぎ取れば装飾品として高く売れるし、肉が腐っていなければ、超高級食材として競りにかけられる。
「…俺らもこの前4人で狩りに行ったんだが…まだ見習いで経験が浅かった奴が重傷を負って、人員が足りないんだ。そこでギルに会ったってワケ!」
ラウリールはそう言って俺の肩を叩いたが、他2人は少し気が乗らないようだった。
「でもぉ、ラウリール…そんな無責任に勧誘していい訳?ワンチャン死ぬのよ?ギル君も無理してきてくれたんじゃないの?ギャレットも、ギル君を心配してるのよ?」
ギャレットはそう言われて、「馬鹿!言うな!」とミクリの口を抑えた。
ラウリールは2人に返事をせずに俺に向き合うと、突然俺の顔めがけて拳を振るった。
俺はそれを理解する前に反射で腕を動かし身を守る。
バシン!と拳が手のひらに当たる大きい音が店内に響き渡り、大勢の客が驚いたようにこちらを凝視するが、しばらくしてまたガヤガヤと話を再開した。
「…いきなり驚かすなよ。」
俺はそうラウリールに抗議した。
「…な?俺のパンチに反応できたのはこいつが初めてだ。それに拳から顔まで余裕があるだろ?こいつは、俺が不意打ちで放った攻撃に、力を抜いた状態だったにも関わらずだぞ?勢いがついた俺よりも速く動いて反応した。」
「…驚いた。」
ギャレットはそう言って、残っていたコーヒーを一気に飲み干して拍手をした。
「こいつは俺らより格上だ。ギル、改めて言うが、雷龍の討伐に協力してくれないか?」
俺は少し赤くなった手のひらを揉みながら返事をした。
「もちろん。」
………
簡単な話し合いをして、その日は解散ということになった。
討伐に参加した理由として俺は手持ちが少ない旨を話すと、今日はミクリが空き部屋に泊めてくれるということになった。
ミクリの家は一人暮らしにしては広く、狩猟のプロで稼いでいるということがよく分かる。
他の2人は既婚者で家族がいるようだから、もっと大きい家に住んでいるのかもしれない。
「ここの部屋でいい?」
俺は二階の空き部屋を使うことになった。
空き部屋だというのにきれいに保たれていて、ベッドや棚が置かれている。客人用の部屋なのだろうか。
「ああ、ありがとう。」
「一人暮らしなのに広い家だと思ったでしょ?」
俺がうなずくと、ミクリは少し寂しそうに言った。
「実はね、少し前まで二人暮らしだったの。恋人と二人で住んでて、結婚しようって約束してたんだけど、彼、突然謎の病気にかかって、私だけ置いて行かれちゃった。」
俺がなんて返せばいいか分からずにいると、ミクリは俺の目を見つめて笑った。
「ごめんね、急にこんな話して。私が言いたかったのは、好きな人に気持ちを伝えるのは早い方がいいよってこと。」
「はぁ…なんで急に俺にそんなことを?」
「ギル君好きな人いるでしょ。」
「好きな人?俺が?」
的外れなことを言われて俺は思わず聞き返してしまった。
「女の勘は当たるわよ?無意識に異性から視線をそらしたり、2人きりになる状況を早く終わらせようとしてる。伝えられるうちに早く結婚しちゃいな!お姉さんからのアドバイスよ!」
ミクリはそう言い残して俺を部屋に1人残し、早足で階段を駆け下りていった。困惑したままドアを閉めて、荷物を床に降ろすとナナシも影から出てきた。
「ギルに好きな人が居たなんて意外だなぁ…今からでもノレス王国に帰って告白してくる?」
「冗談はよしてくれよ…正体がバレるんじゃないかってヒヤヒヤしてたのを勘違いされたんだろ。」
さっき買ってきた肉入りサンドイッチをナナシに一口食べさせて、人肉が入っていないのを確認してもらった後で、俺もそれを食べた。
例えば子供の頃近所に住んでいたやつ、学校の同級生、働いていた会社の受付…
異性として意識したことある人がいないと言えば嘘になるが、今もまだ好きかと言われると困るような人しか思い当たらない。
その意識というのも性愛でしかなかったのだろう、と今なら分かる。
「こんな経験も稼ぎもないオッサン、今更需要無いよな…ていうか、あんたこそ長生きなんだから神同士で結婚してたりしないのか?」
「あー…好きだったやつか…ははは…死んだよ。好きだって気づいたのは、そいつが死んだ後だったけど。」
ナナシはそう言ってため息をついた。申し訳ない気持ちと、ナナシにも好きという感情があったのかという気持ちが浮かんできたが何を話せばいいか分からない。
「ま、ミクリちゃんの言う通り、ギルは後悔しないようにね。」
「ナナシ…」
「じゃあ私は帰るから。おやすみ、ギル。」
「…ああ、おやすみ。」




