第十話 正体
呪いにより魔人に変身してから三日、いよいよ魔人の国へ潜入することになった。
今回潜入する国は『ニューア魔人聖国』、信仰の篤い魔人の国だ。
ナナシによると神が居る可能性が高いらしいが、ほとんどの魔人が神を信仰しているからそう思うのも自然だ。
俺のいた世界には大きな大陸が一つあり、北に大きな森、南には山脈が連なって、東の人間の国と西の魔神の国を隔てている。
何の地形も無く人間と魔人の国が直接接している大陸の真ん中の平地部分では頻繁に戦争が行われていて、ニューア魔人聖国もその国の一つである。
詳しい内情こそ知らないが、ナナシの調査によると旅人の出入りが多く、戦争特有の緊張感が無いとのこと。
やや大陸の上の方にあって北の森に一部接しているため狩人が今も多いらしく、戦争中であるのに強制的な徴兵はされていない。
戦争しているのに狩りにかまけているなんて、相当余裕がありそうだ。
魔人の国の歴史などは知らないが、ヒューダルの件も神が関わっていたからナナシの言うことを信じて間違いは無いだろう。
俺は今の季節にそぐう厚着しすぎない服装でナナシの目のペンダントを服の中に隠すように付け、刀を腰に固定する。
旅人らしいリュックの中には、怪しまれないための着替えや食料をパンパンに詰めている。
時刻は六時、人通りも少ないだろう、転移にはもってこいだ。
家の中で荷物を確認し終え、覚悟を決めてナナシに言う。
「じゃあナナシ、頼んだぞ」
「うん、転移、η」
またあの時と同じように、身体が光って見知らぬ街にワープする。
正直、階級が上がるにつれて何が変わるのかよく分からないが、向こうから探知されない、複数人で転移できるなどの利点があるのだろう。
初めて入る魔人の国、町並みはあまり人間の町と変わらないんだな。
レンガと木で作られた至って普通の家ばかりだ。
透明化の状態で路地裏にしばらく待機し、人通りが増えてきた頃を見計らって解除し人込みに紛れ込んだ。
しかし、確かにナナシの言う通り平和すぎる。
商店の品ぞろえも豊富で、同じような格好をした旅人も多く、この国に住んでいると思われる市民も普通に出歩いている。
こんなに魔人を見かけることなんて、貴重な体験だ。
魔人の国に居るのだから当たり前だが、正直慣れる気がしない。
しばらく歩いていたら、急に肩を叩かれた。
驚いて振り返ると、もちろん知っているはずの無い狸の魔人がいる。
「兄ちゃん!旅人か!」
「ええ、そうですけど…」
こいつ、かなり酒臭いぞ。
少し前から酒の匂いがすると思っていたが、こいつが源だったのか。
「俺なぁ!この前博打で大勝して今大富豪なんだ!気分もいいからこれをやろう!」
そいつはそう言うと、服のポケットから銀貨を二枚取り出した。
銀貨二枚なんて、三日ほど宿に泊まって外食をし、やっと使い切る大金だ。
「そ、そんな…こんな大金もらえませんよ」
「いいんだよ!お前さんもこの街に寄ったってことは、あの店が目当てだろう?この通りを左に曲がった先だが、少々分かりづらい場所にあるから迷わないようにな!」
「あ、ありがとうございます…」
そうとだけ言うと、狸の魔人はフラフラと左の路地にを進んでいった。
疑われないためにとりあえず話を合わせたが、あの店とはどの店だ?
何かで有名な店らしいが、全く見当が付かない。
そのまま通りを進んでいると、人口の泉のある広場にたどり着いた。
何やら人が集まっている。
…演説か?
簡易的な木のステージ、羊の魔人が黒く長い服に身を包み何かを叫んでいる。
少し近くに行ってみようか。
何か戦争や神についての情報が聞けるかもしれない。
人が立ち去った後のスペースに素早く潜り込んで場所を確保する。
「我々は救世主様を見つけ、称えるべきなのです!ゆくゆくは新たな国を築き、私たちを導いてくださるでしょう!」
『なんだあれ』
『…どうやら、ヒューダルの件を受けて設立された集団の様だね。立て看板に書いてあるけど…しかしすごい人だね』
確かに、平均より広い広場の八割が人で埋め尽くされている。
真面目に聞いている人がどのぐらい存在するのかは分からないが。
「私の親族も、ヒューダルに囚われていました…しかし!あの救世主様のお陰で無事家に帰ってきたのです!長い間監禁されていたせいで心身共に衰弱しきっていましたが、最近では回復の兆候を見せ、安心した顔で笑うことも増えてきました!我々は、あの方を新たな信仰の対象として広めるべきだと考えています!」
広場の人々は、各自それに反論するような大きな独り言を言っている。
それもそうだ、この国では既に信仰されている神がいるのだから。
「我々が今崇めている神が、我々平民の前に現れたことは今までにあったでしょうか?実際に行動して、救いをくださったことはあるでしょうか?それを一度、自分の心に聞いていただきたい!」
「おい!その救世主とやらが、俺たちが崇めている『ゴレイ様』本人じゃないのか!」
ヤジが飛んだ。
大きな熊の魔人、横にも縦にも大きいため声も大きい。
ゴレイ、この国で昔から崇められている神の名前だ。
猪の魔神で元々は名のある狩人だったらしく、森に現れた竜と一対一で戦い相打ちになった戦績を称えて神になったと伝えられている。
神になったゴレイは街に帰って自分が神になったこと、竜を倒したことを伝えると、そのまま天に昇って行ったとか。
「皆さんも、解放された民たちの声を新聞などでお読みになったでしょう。黒いローブから覗く手は、明らかに人間のものであったと!少なくとも、私たちが今まで崇めていたゴレイ様ではないことは明らかです!」
しかし、民衆が納得した気配はない。
あの羊たちが心折れるのも時間の問題だろう。
先程より集まってきた人をかき分けて、また通りを歩き始めた。
『ゴレイって、ナナシを封印した奴らの一人か?』
『うーん…ゴレイ…どうだったかな…』
『なんで覚えてないんだよ、大切なことだろ?』
『いやぁ、色んなことを暗記してるから今更新しい名前を覚えるのが苦手でね…顔を見れば思い出すかも?』
『そうだといいがな…』
俺はあの狸が言っていた謎の店を探して歩き始める。
この格好でうろうろしていると、通行人が「あの店に行くんでしょ?」と、快く教えてくれるので無事たどり着くことができた。
これは…食事処?
まだ昼前なのに二人、店前に並んでいる。
昼頃はもっと人が多くなるだろう。
よし、たまには外食しよう。
『ナナシ、俺だけで悪いがたまには外で食べていいか?』
『別にいいよ、食べきれなかったらコッソリ食べてあげるけど?』
『俺がそんな虚弱に見えるか?』
十五分ほど待った後、店員に呼ばれて店の中に入る。
何だか洒落た店で、ほとんどの席が半個室。
俺は兎の魔人に二人用の席に誘導されると、メニューを渡された。
この区切られた部屋で店員を呼ぶのは難しそうだから、今伝えてしまおう。
「あの、旅人なのでよく分からなくて、店員さんのオススメは何ですか?」
「そうですね…あたしはステーキが好きです!食べやすいし、内臓と違って癖もないから!」
「それなら、ステーキ定食でお願いします」
「かしこまりました、ステーキ定食!」
兎はそう言って厨房の方に去っていった。
メニューは回収されなかったので詳しく見てみると、基本的には肉がメインの店ということが分かる。
確かにメニューにはステーキの他にも、もつ煮や…頭蓋焼き?謎の料理がある。
余すことなく食べるがモットー!と、メニューの上に書いてある。
十分ほど待ったところで、定食が運ばれてきた。
固そうなパンと簡単な野菜のスープ、メインはステーキだから付け合わせは雑だ。
ステーキはとても美味そうな匂いがする。
直径十三センチほどの肉の真ん中に、肉と一緒に両断された骨がある。
何かの手足の部分だろうか、脂肪は外側を囲むようにある。
一枚一枚は少し小さいが、その分厚切りで二枚も付いている。
ソースは付属していないので、卓上の塩と胡椒で食べろということだろう。
『ねえギル、その肉ちょっと…その、危ないかもしれないね』
『そんなこと言って、分けてほしいのか?』
『いや…まあ毒見として一口だけもらえる?』
ステーキ全体に塩と胡椒をかけて、一切れをテーブルの下に持って行った。
ナナシが影から少し出て、それを食べる。
まるで、おこぼれを待っている犬に分け前をやる気分だ。
『どうだ?美味しいか?』
『美味しいには美味しいけど…これ、やっぱり人間の肉だね』
『え、何だって?』
『人間の肉だ、恐らく食肉用に少々太らせてると思う』
人間の…?
急に食欲が失せてしまう。
確かに、太もも辺りを切り取るとこれぐらいの肉になるのだろう。
しかし、何故ナナシは人肉の味を知っているんだ。
とりあえずこの店から脱出しなくてはならない。
『…ナナシ、あと全部食べるか?残すと怪しまれる。俺はパンとスープだけでいい』
『分かった、じゃあお皿ごとこっちに渡してくれる?』
半個室だったのはこのせいか。
魔人が人間を食べる、逆もそうだが、当たり前に禁止されていることだ。
それを知ってメニューのことを考えると、頭蓋焼きなんて人の頭ごと出てくるんじゃないだろうか。
ナナシから皿を受け取り、俺が全部食べたかのような様子で会計を済ませる。
値段は銀貨一枚でお釣りが少しだけ、知らずに入ったがかなり高級だ。
やはり貴重なのかもしれない。
半ば放心状態でナナシを呼び、人が居ない場所であの家に帰る。
家に帰ると、すぐにナナシがハーブティーを用意してくれた。
俺の前のカップに注いで、ナナシも正面に座る。
「ギル、今日は早く寝た方がいいよ。だいぶ疲れているみたいだから…」
「いや、その前に聞くことがある」
「え、誰の肉とか入手経路とかは調べないと分からないけど…」
「…なんで人だって分かったんだ?」
しばしの沈黙が空間を支配する。
正直、聞きたい気もすれば、このままはぐらかしてほしい気すらあった。
「…そうだね、正直に言うと、私は人間を食べたことがある」
俺が口を開く前に、ナナシがそれを制止して話を続けた。
「私はもう何年生きたかすら分からない。並大抵の言語は習得している、時代によって進化していく学問も理解してきた…その過程で、ほぼ全ての生き物を食した経験があり、特徴を忘れないように書き留めて、成分も分析した過去がある。だから詳しいだけで、別に好きで人間や魔人を常習的に殺して食べていたわけじゃない、贄を納めさせたこともない」
「…そうか、疑って悪かった」
もしかしたら、ナナシは本当に悪い行いをして封印されていたのではないかと、一瞬でもそう思ってしまった自分を罰したくなった。
これまでの生活で、ナナシの気遣いや人間らしさなどから好意すら抱いていた。
ナナシには俺しかいないのに、俺が信じなくてどうするんだ。
そのためにも、何故ナナシが封印されていたかを、今明確にするべきだと俺は思う。
「…なんで、ナナシは封印されていたんだ?」




