傍観者
こんな夢を見た。
薄暗い部屋に、重苦しい空気が満ちていた。戦争中の閣議が行われている会議室は、煤けた木の壁に囲まれ、窓からは僅かな光が漏れるだけだった。分厚いカーテンが風に揺れ、遠くで飛行機の発動機の低いうなりが響く。長い会議卓の周りには、軍服や背広を着た男たちが肩を寄せ合い、疲弊した顔で座っていた。書類の束が乱雑に積まれ、タバコの煙が天井にたなびく。誰かが咳き込み、別の男が苛立たしげにペンを叩く音が、静寂を切り裂いた。
議題は戦争の行方だったが、誰も終戦の道筋を描けていなかった。国民を総動員し、若者を戦場に送り続ける無責任な体制。発言する者たちの声は、自信なさげに途切れ、互いの顔色を窺うばかりだ。部屋の隅では、書記官がペンを走らせ、議事録を取る手だけが機械的に動いていた。だが、その指先はかすかに震えていた。
中央に座る小柄な男、東條英機の存在が、場を支配していた。彼の細い目は、陰険な光を放ち、口元には薄い笑みが浮かんでいた。彼の声は低く、抑揚なく、しかしどこか刺々しい。「我々は最後まで戦う。国民が聖戦に協力するのは当然である。」と彼は繰り返し、誰も反論できなかった。隣に座る老将軍は、目を伏せ、拳を握りしめていたが、口を開くことはなかった。別の官僚は、汗を拭いながら書類をめくるふりをしていた。
俺の胸には、煮え立つような怒りが渦巻いていた。この男を、この場で殴り殺してやりたい。東條を排除し、戦争を終わらせたい。そんな衝動が全身を駆け巡った。だが、場の空気はまるで鉛のように重く、俺の腕を縛りつけた。周囲の視線が、まるで俺を監視するかのように感じられた。誰もが同じ思いを抱いているはずなのに、誰も動かない。動けない。会議室の外では、靴音が規則正しく響き、憲兵が廊下を巡回しているのがわかった。その音が、俺の心臓を締め付けた。
ふと、部屋の外からくぐもった叫び声が聞こえた。議場にいた全員が一瞬動きを止め、顔を見合わせたが、すぐに目を逸らした。憲兵に連行された者たちが、どこかで拷問を受けているのだ。壁の向こうで、肉を打つ鈍い音と、押し殺されたうめき声が響く。誰かが立ち上がり、窓の外を覗こうとしたが、隣の男に肩を押さえられ、渋々席に戻った。俺もまた、何もできなかった。ただ、胸の内で燃える怒りと無力感に苛まれながら、急いでその場を立ち去ろうとした。
廊下に出ると、空気はさらに冷たく、湿っぽかった。薄暗い電灯がチラチラと瞬き、壁には「滅私奉公」のスローガンが貼られていた。遠くで、軍靴の音が近づいてくる。振り返れば、憲兵のシルエットがぼんやりと見えた。俺は足を速め、叫び声のする方向を避け、ただひたすらに出口を目指した。背後では、誰かが「お前も黙っていろ」と囁く声が聞こえた気がした。
やはり、戦前戦中を生きるというのは、こういうことだったのかな? 息を潜め、恐怖と無力感に押しつぶされながら、ただ生き延びること。それだけが、許された選択だったのだろうか。
[終わり]
拷問される男女の絶叫と肉をえぐり叩きつける音が耳に残っている。その横を俺は足早に通り過ぎたのだった。