なんで私が負けヒロインなんですかー!
負けヒロイン、って何だろうな、と僕は思うときがある。
此の世には序列というものが存在しているし、現代社会にも、学校にも、そして恋愛にも。そういった序列はカーストみたいなもので、上に行けば上に行く程、顔が綺麗になっていく。
そして──、顔が良ければ恋愛もまた──。
そんなことを言っている僕だが、割と顔は悪くない。これ、自称で言ってるけど本当のこと。周囲から視線が向けられるし、何となく僕もモテ期に入っているんだな、と勝手に思ってる。
(まあ、その視線を信じて一度告ってみたんだけど、呆気なく終わったけどね)
そんな僕は今、誰も居ない教室で小説を読んでいる。放課後、部活や遊びでクラスの人が居なくなった自分の教室が、好きだとつくづく思う。
静かだし。
カサカサ、と葉っぱが掠れ合う音を耳にしながら、僕はページをめくる。ページをめくる音と、葉っぱのこすれ合う音が夏っぽくて思わず口角が緩んでしまう。本当は緩んでないけど。緩んでたらアレだし。
そう思っていると、ガラガラ、という音が聞こえてくる。誰か教室に入ってきたのかな? と思って小説から顔を上げる。どうやら教室に入ってきたのは古谷翠だった。
僕と同じクラスで、小学校から高校まで同じ幼馴染み。透き通る瑞々しい肌と、よく整った顔貌、そして小柄でスリムな体型が、僕の性癖を振わせる。
「みーちゃん、頬、緩んでるよ」
と、翠がこちらに対して指差してきた。翠色の双眸に思わず見惚れてしまう。
「緩んでませんよ。ってか、その呼び名、止めてくれよな」
「えっー、なんで? かわいいじゃん」
どこがだよ、と内心ツッコみつつ、彼女の行く先を見た。どうやら自分の机に向かっている限り、恐らく忘れ物を取りに来た様子だった。
すると、こちらの視線に気がついたのか、翠が、スッ、と目を細めてきた。
「……今、私が考えてること覗き見したでしょ?」
「してないです」
「いーやっ! 絶対にしたもんね!」
「じゃあ僕が今考えてること、当ててみ?」
ぐぬぬ、と翠が頬を膨らませる。反応が可愛いな、と思いながら、僕は瞬時に彼女が考えていることを僅かな表情筋や目線で考える。恐らく、翠が考えてることは、僕と翠で恋愛したい、そんなド偏見な考えなのだろう、と思う。
そんなこと、絶対に無いのだから。
「彼女が欲しい、でしょ?」「彼女が欲しい、でしょ」
偶然にも、僕と翠の声が重なった。まあ、偶然というよりは、僕が彼女の思考を表情筋や目線で読み取って考えてるだけなんだけどね。
「また覗き見したな?」
「したよ?」
「ほら、したじゃん。サトリ高校生」
「止めろ、その呼び名。結構傷つくんだから」
「サトリが?」
「そうだよ」
ふーん、と何となく納得してる翠を余所に、僕は机の上に出ていた小説を鞄の中に仕舞った。そろそろ家に帰らなくちゃな、と思いながら、席を立った。
「そろそろ帰るの?」
「そう。店番、任されてて」
「そうなんだー」
ふふーん、という何とも意味深な表情をしている翠だが、大体彼女が考えていることは僕にお見通しだ。一緒に店番しようよ、とか、お店の前まで連れてって良い? とか、そんなことだろう。まあ、店番するにしても、一人ですることになるし、もう一人居た方が心強いか。
「店番するの?」
「え、あ、うん」
「じゃあ一緒に帰るか」
そう言って、僕は翠と一緒に帰ることにした。
ただ、店番した後が彼女にとって、悲劇になるとはまだ予想もしなかったのだが──。
◇
「疲れた疲れた」
団扇を仰ぎながら暑がる翠。妙に首筋が僕の性癖を擽るな、と思いつつ、僕はレジの前で静かに小説のページをめくった。そのページの音に反応して、翠が「何読んでるの?」と声かけてきた。
「ラノベ」
「ラノベ?」
「ライトノベル」
「いや、それは知ってる。何のジャンル読んでるの?」
「恋愛」
「恋愛?」
「そう、恋愛」
「珍しいね、みーちゃんが恋愛小説読むなんて」
「たまたま本屋で手に取ったものがこれで──てか、その呼び名止めてくれ」
小説から顔を一度上げて翠に視線を向けると、へへーん、となぜか勝ち誇っている様子の翠が見えた。何に勝ち誇ってるんだ、この人。
「恋愛って、何だか私苦手」
「……そうなの?」
少し間が空いた後に翠が話した。そう言えば、翠って高一の初恋以来、奥手女子になったんだっけ。そんなこと忘れてたような……。
「1年の時か?」
「止めて、それだけは止めて」
どうやら嫌な記憶を思い出してしまったらしい。しょうがない、話題を変えるか。そう思って口を開こうとしたけど、翠が先んじて話し始めた。
「まあみーちゃんの通りだよ。1年の時、私はある人に好きになったことがある」
「どんな人だっけ。かっこよかったんだっけ? 一つ上の先輩」
「そう。一つの先輩で、周囲から物凄く慕われた人。私もあんな人と付き合えたらなあ、と思っていたんだよね」
「初めは惚れなかったんだ」
「初めはね。……ただ」
「…………」
「ただ、そこから先輩に優しくして貰った後から、段々と好きになってしまった」
「……そうなん」
「あれ、この話って前に話してなかったっけ?」
翠が無理して笑顔を作っている。だけど、どことなく、哀しそうな表情が滲みてて居る限り、失恋して辛かったんだろうな、と思う。
「まあそこから私は奥手女子になった訳。けど、恋愛に対してはまだまだ諦めてないからね!」
「急にどうした。声大きくして」
急にどうしたんだか……。そう思っていると、お店に誰かが入ってくる。男子高校生だろうか、同じ紺色のブレザーをした制服だから、きっと僕と同じ高校なんだろうけど……。
そう思いながら横に視線を向けると、なぜか翠が瞳を輝かせていた。
──翠、もしかして、恋、してるのか?
「……翠?」
一応翠に小声を出してみたが、反応はなく。どうやら店に入ってきた男子高校生に一目、奪われてしまったらしい。
暫く翠と男子高校生の動向を探る。先にどっちがアプローチを仕掛けてくるんだろう、と思いつつ、僕はレジの傍にあった煎餅を、音を立てずそっと囓った。
すると、先に動いたのは翠だった。連絡先でも交換するのかな、と思ったが、どうやら男子高校生の傍に移動して彼女気分を味わいたいだけの様子だった。今も頬を緩ませて赤らめている限り、その場で成立したカップルを気取っている感じか。
そう思っていると、翠がこちらに気がつく。
──いや、お前がなんで緊張してるねん。早く連絡先交換しないとチャンス逃すぞ。
なぜか彼女は緊張していた。奥手女子なのは分かっていたが、顔中汗だらけになって必死になっている限り、男子に対してのコミュニケーションを忘れたのかな。あの過去が未だ翠を引っ張っているとしたら、後で事情聴取しなければ。
暫く観察していると、レジ前に噂の男子高校生がやってきた。近くで見るとよく整った顔貌が見えて、男の僕でも思わず見惚れてしまう程であった。そんな彼だが、アイスを二つ出してきた。一つは自分のだろう、ではもう一つは誰のだろう? と思いながらレジに値段を打っていく。青いトレーを彼の前に差し出すと、彼はスマホを出してきた。
「電子決済ですね。ではこちらに」
彼女さんの分ですか、と聞くのは野暮だろう。というか、赤の他人がそんなことを聞いてどうする。もしも後ろの翠が衝撃を受けたらどうする。
そう思っていると、「あ、これ、一つは俺の彼女ですよ」と目の前の男子高校生は言った。
──ああ、終わった。
もしかして、と思って、男子高校生の後ろに視線を向けると、既に翠は魂が抜けたかのように、スルスル、と崩れ落ちていった。蛻の殻となってしまった翠に内心合掌しつつ、僕はレシートを男子高校生に渡していく。
「またのご来店を」
男子高校生の背中に向けて言った後、何かに気づいたかのように男子高校生は立ち止まった。そして、その男子高校生は振り返り、僕の顔を一瞥した。
「あ、美音じゃん」
「……?」
え、誰だっけ。そう思いつつ、思わぬ形で呼びかけられた僕だが、誰だか一向に名前が思い出せず、首を傾げてしまう。いや本当に誰だっけ?
「未来だよ。さ、き、や、ま、み、ら、い」
「崎山、未来?」
「そう、崎山だ」
「あー……、うーん……」
「じゃあ、また明日」
そう言い残し、崎山未来と名乗った彼は店を出た。
本当に誰だったんだろう、と思いながら椅子に座る。だが横からの感じるダダ漏れの殺気があり、本を開いてもなかなか集中出来なかった。
仕方なく横を見る。そこには、哀しげな表情をしている古谷翠の姿があった。
「まーた私が負けヒロインじゃんー!」
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