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12話 グレノス公国

 



 当時のこの場所はグレノス公国ではなく別の王国であった。

 その国は魔法を扱えるものが多く生まれてくる世界有数の魔法使い所有国でもあった。


「今にして思うとあの国もセイア王国と何ら変わらない腐った国だったな」


 というのも、それに目を付けた時の王族や中枢ちゅうすうの者達は魔法を扱えるもの達を奴隷や商品として他の国に売りさばいたり非道徳な扱いをして利を得ていたのだ。


 すべての国民は国に富を為すための道具、商品でしかなかった。


 子供が生まれれば魔力の測定が義務化され、自由などないに等しい。


 そんな歪んだ国だった。


「オレはそんな国の公爵子息として生を受けた」



 父は領地の民を売ってできた金で奴隷を買い傷めつけるのを楽しみにしていたし、母は外に愛人を作り贅沢三昧ぜいたくざんまいで家庭に興味など持っていなかった。


 兄はそんな両親の生き写し。

 貴族以外は眼中にないし、自分より身分の低いものは死んで当然。


 両親にとっては兄さえいればなんの問題もなく、弟であるルドニークはただのスペアでしかない。

 愛情など受けた試しはなかった。


 それでも愛を求めた幼いルドニークは剣や魔法、とにかく関心を引けそうなものに手をつけた。

 幸いルドニークには剣の才も膨大な魔力もあったためメキメキと頭角とうかくを現した。


「でも、そんなオレをみても両親は何も変わらなかった。逆に兄はオレを自滅させようと妨害や暴力を振るうようになったよ。跡目あとめを奪われると思ったんだろうな」

「そんな……」


 イレーネは泣きそうな顔でルドニークを見つめる。


「ああ、そんな顔しないでくれ。そのおかげでイレーネ、君と会えたのだから」


 その日、兄の妨害で屋敷を追い出されたルドニークは生れて初めて夕闇ゆうやみに沈む街へと出たのである。


「そこで見たものは、その時のオレと何ら変わらない死んだ目をした民たち。生きる希望も泣く気力さえ奪われた者達の姿だ。身なりだけがよいオレに気が付けば怯えた目で逃げていく、石を投げる元気も反抗心も持ち合わせていなかったんだろう」


 その時幼いながらにこの国の異常性を理解した。

 そしてそのことに激しい吐き気を覚えたのだ。


「オレは一体なんのために生きているんだ、と。……何のために血反吐をはいてまであの人たちの関心を引こうとしているのかって」


 生きる意味が見いだせないままルドニークは走った。


 街の者は怖がり出てこない。

 当然ルドニークは一人ぽつんと道に取り残されていた。


「オレは走って走って疲れて倒れた時、君がいたんだ」


 たどりついた場所、小さな孤児院こじいん

 その裏口にルドニークは倒れていた。



『お兄ちゃん、だあれ?』


 たどたどしい言葉遣いで訊ねたイレーネの眼に怯えはなく、キラキラとした輝きを放っていた。

 ルドニークにとっては初めて見る目の輝きだった。


『お腹がすいてるの? じゃあこれあげる!』


 そういって差し出してきたのは幼子が食べるのは固すぎるパンの欠片かけら

 お腹の虫を鳴らしながらそれでも食べ物を分け与えようとする少女。



 なかなかパンを受け取らないルドニークにイレーネはしゃがみ込み目線を合わせていう。


『お兄ちゃん、かなしそう。お腹がへってるとかなしくなるんだよ。だから食べて』


 口元に持ってこられたパンをルドニークは泣きながら食べた。

 古くなった小麦の味。


 それでもルドニークには今まで食べてきたなにより美味しく感じられた。


『お腹へってたんだねぇ』


 イレーネはそう言ってルドニークの頭を撫でる。

 ルドニークは生れてはじめて優しさを向けられたのだ。




 孤児院の中からイレーネを呼ぶ声が聞こえた。


『もうもどらないと』


 後ろを向くイレーネの背中に声をかけた。


『君、名前は?』

『イレーネ。わたしはイレーネ。お兄ちゃんは?』

『ぼくはルド。ルドニーク』


 そう言って笑顔を向けてくるイレーネがルドニークにはとてもまぶしく感じられた。



 それからというもの、ルドニークは屋敷を追いやられるごとに孤児院にやってきてはイレーネとしゃべることがしばらく続いた。


 そして気が付いた。


 イレーネの存在はその地域の人にとっていやしと安らぎになっているのだと。

 彼女と触れ合えば、死んだ目をしていた人も笑みを零す。


 いつの間にかそんな何気ないひと時がルドニークにとっては何よりもかけがえのないものになっていた。 



「だが、それも長くは続かなかった」


 ルドニークの兄の手の者によりイレーネはさらわれて他国に売られてしまったのだ。

 ルドニークをらしめる為だけに。


「いつも通り孤児院に向かえば、あったのはボロボロになった孤児院と散り散りに逃げていた子供たち。大怪我を負った院長だった」


 ルドニークは思い浮かべる。


『お前のせいだ!!』


 そう叫び責め立ててきた子供の顔を。


『お前の……お前と関わったせいでイレーネはっ!! 皆は!!』


 皆泣いていた。

 絶望して地に伏していた。


 だがそれはルドニークとて同じこと。


「あれほど、あの時ほど国を、家族を恨んだことはない。……だからオレは国を変えることにした。そして売られたイレーネを探し出すと決めたのだ」


 それから数年、ルドニークは剣術と魔術を鍛え上げた。

 偶然知り合ったキャンドルドの人間に師事しじし、あらゆる学を納め体も鍛え上げた。


 そして国民や商品にされていた者、奴隷として働かされていた者、そして国の方針に反感を持っていたものたちが彼に賛同して共に革命を成し遂げた。


「それがこの国の歴史。オレの歴史だ」


 これがグレノス公国が野蛮な国と言われる所以ゆえんだった。


 グレノスはしいたげられた者達の国なのだ。




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