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1話 その聖女、グレノス公国へ嫁ぐ

短編『【夜の聖女】は眠りを守る~婚約破棄された上に人質にされましたが、嫁ぎ先の不夜城ではなぜかみんなに甘やかされています~』の連載版になります。

加筆修正もしているので是非お楽しみいただけたら幸いです。

 


「イレーネ、お前との婚約は破棄させてもらう! そしてお前はグレノス公国へ嫁げ!」

「よかったじゃないイレーネ。役立たずなあなたが国の役に立つ時が来たのよ?」


 聖女としての公務を終えた私は王宮に呼び出され、突如そう告げられた。


 目の前には私の婚約者である第一王子のガイア様と「昼の聖女」であるクレア様の姿がある。

 その顔はどちらも意地の悪い笑みで、私――イレーネの反応を楽しむように歪んでいる。


「……どういうことでしょう?」


 私はそう口にするだけで精いっぱいだった。


「そんなことも分からないのか! お前は聖女と名乗っておきながらクレアが公務をこなしている間ただ寝ているだけだろう!? そんな奴がこの俺の婚約者でいていいわけがない!!」


 ガイア様がクワっと目を見開き青筋を浮かべ私を睨んでくる。


「で、ですがそれはっ!!」

「口答えはいい!!」

「っ!!」


 声を出そうとしても一蹴されてしまう。

 それどころか声を聞くのも嫌だというように突き飛ばされる。


 倒れこんだ私を見下ろしながら、尚も罵声ばせいを浴びせてきた。


「クレアの付属品として手元においていたが、もう我慢の限界だっ!! 俺はクレアと婚約を結び直す!」

「ガイア様~。わたくしももっと早くお気持ちに答えたかったのですが、公務が忙しくて……」

「いや、クレアは悪くない。悪いのは全部……」


 ガイア様はそこまで言うと虫を見るような目で私をみた。


「このグズが悪いんだ。『夜の聖女』、お前などこの国には必要ない! さっさと出ていけ!!」


 『必要ない』

 今まで幾度となく掛けられてきた言葉。

 3歳で人さらいにあい、以降17年間ずっと言われ続けてきたその言葉が私の胸を深くえぐる。


「ねえ、イレーネ」


 うつむき耐える私に「昼の聖女」クレア様が近づいてきた。


「わたくし、あなたには悪いと思っているのよ? 婚約者をうばってしまったのだから」

「クレア、君がそんなこと気にする必要など……」


「いいえ、ガイア様。神は人の罪を許すもの……。たとえそれが神に仕えていながら何もできない役立たずであっても」

「クレア。君は本当に優しいな」



 どこか芝居がかった口調で二人は続ける。


「そう。だからわたくし、あなたをグレノス公国へと推薦しておいたの」

「グレノス公国……」


 私はその言葉に絶望して思わず声に出してしまう。


 途端にクレア様は楽しそうに微笑んだ。



「ええ、あなたも知っているでしょう? 魔物と常に戦っている国。わたくしたち聖女なら、その戦いに協力出来そうだと思ってね」

「……」

「本当はわたくしが行くはずだったのだけど、第一王子と婚約したから国を出られなくて」


 体が震えだす。

 だって、グレノス公国と言えば世界で最も軍事力の高い野蛮やばんな国と言われている。


 昼も夜も関係なく人の活動があることからついた呼び名は、通称「不夜城ふやじょう」。


 敵対すると敵わないことから、かの国に人質を送ってご機嫌を取る国も少なくないと言われるほどだ。



 つまり、私はその人質に選ばれたということ。


「あら、怯えているの? 大丈夫よ。あちらの大公様がよくしてくださるわ。精々可愛がってもらいなさいな。あなたのような薄汚れた白鼠のような見た目では無理かもしれないけど。……まあ? どっちにしても野蛮な国の君主なんてわたくしはお断りね。ふふ」


 クレア様は恐ろしいほどきれいな笑みで私を見下ろす。


「く、クレアさま……」


 たまらず声を上げた。



「何か不満でもあるのかしら?」

「……いえ」


 凄まじい威圧感を放たれ口ごもる。


 きっと、既に決定事項なのだろう。

 クレア様は私を追い詰めるのに余念のない方だから……。



(ああ、またか)


 こうやって私が追い込まれていくのを見ていつも楽しんでいるのだ。



 でも、それも仕方のないこと。


 私は聖女と言っても「夜の聖女」。

 セイア王国では「夜の聖女」は地位が低く、「昼の聖女」に付属するという扱いを受けている。


 要するに私はクレア様のストレス発散道具のようなものなのだ。

 決定には逆らえない。


「……承知いたしました。グレノス公国へ向かいます」

「そう! 応援しているわね! たまには便りでも送りなさいな。……まあ生きていられればの話だけど」


 そういって笑うクレア様は本当に楽しそうで、私はまたみじめな思いになった。


「あなたの荷物はそこにあるから。そうと決まれば早く行きなさいな」

「……はい」


 ご丁寧に神殿にあった私の荷物がコンパクトにまとめられて王宮の端にぽつんと置かれていた。

 きっと神殿も王宮も、クレア様に賛同したのだろう。


 私は逃げる様にそそくさと送り馬車に乗り込んだのだった。



 ◇



 馬車に揺られること1週間。


 私は遂にグレノス公国へとたどり着いた。


 ついたのは夜だったが、国を囲う壁や町からは光が溢れていた。

 さすが「不夜城」と呼ばれるだけのことはある。


 馬車はそのまま城門を潜り、やがて城の中へと向かう。



(ああ、ついに来てしまったのね)


 執事さんに案内され、私は諦めの境地で部屋へと足をふみ入れた。





「おお! その白い髪に赤い瞳。君が『夜の聖女』殿か!」


 机から声がかかった。


「え?」

「陛下、聖女様が困ってしまいます。書類の山に埋もれていないで出て来てください」

「分かっている。少しまて」


 私を案内してくれた丸眼鏡の執事さんがそう言うと、ガララと音を立てて紙の山やペンたちが崩れ落ちる。


「えっ? えっ?」


 やがて出てきたのは闇を思わせる紫色の短髪に涼し気な青の瞳を持った二十代後半くらいの男性だった。


 少し童顔気味で大型犬のような可愛さがある方で、いかついおじ様を想像していた私は少し面食らってしまった。


 戸惑とまどう私をよそに執事さんはお小言こごとを言っている。


「陛下。だからあれほど掃除をしておいてくださいと申し上げたではありませんか」


「うるさいぞルスラン。オレだって掃除はしたさ。掃除した傍から書類を積んだのはお前だろう」

「それは仕方がありません。先ほども魔物の大きな侵攻がありましたから。それに関する資料を陛下にお届けするのが僕のお役目ですので。それよりも、ほら。お待ちかねの聖女様ですよ」


「む。それはそうだな」



 思っていたよりもずっと若い大公様は椅子から立ち上がり此方に歩いてくる。


「よく来てくれた! グレノス公国は君を歓迎しよう。オレはこの国を治める大公、ルドニーク・グレノス。今日から君の夫となる」


 そういって手を差し出す大公様。

 その態度が思っていたものとかけ離れていたことに驚きつつも控えめに手を差し出すと勢いよく握られる。


「あ、あの」

「陛下。そのように強くお握りになると聖女様が怪我をされてしまいます」

「む。す、すまない! いたかったか?」


 心配そうに私の顔を覗き込んでくる大公様。


 ……私を、心配してくれているの?


 いえ。そんなはずないわ。

 だって私は「夜の聖女」。きっと「昼の聖女」とお間違えなのだわ。


「い、いいえ。大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 私は離された手を後ろに隠した。

 本当は少し痛かったけれど、ここでそう言って不興ふきょうを買ってしまっては大変だ。



 痛いのは嫌だ。苦しいのも。



 私はセイア王国で受けた数々の嫌がらせを思い出して身震いした。


 ダメ。ダメよイレーネ。

 この方のご気分を害しては。


 私は改めて気合を入れ直し自己紹介をすることにした。

 胸の前で手を組み、祈りを捧げるようなポーズをとる。聖女の正式な挨拶だ。


「お初に御目文字仕ります陛下。『夜の聖女』イレーネと申します」

「いや、ありがたい! 聖女殿が来てくれると知った時は神に感謝したよ」


 陛下は本当に嬉しそうに私へ笑顔を向けてくる。


 この喜びよう……。

 やっぱり「昼の聖女」と間違えているのだわ。

 どうしましょう。


 誤解は早めに解いておかなくては後が怖い。

 しばらくたった後に発覚すれば怒りを買うこと必死だ。


 いいえ。最悪殺されてしまうわ。


 そこまで考えるとゾクリと背筋が凍る。

 そう。今自分が対面しているのはあの野蛮国と呼ばれている国の主なのだから。


「……申し訳ありません。私、『夜の聖女』なのです」


 私は罰を受けるのなら軽い方がよいと考え、重い口を開いた。


「ん? ああ。『夜の聖女』殿だな」

「え?」

「ん?」


 私はぽかんとして陛下の顔をまじまじと見てしまった。

 陛下もぽかんとしていた。


 もしかしたら「夜の聖女」と「昼の聖女」の違いが分かっていないのかもしれない。


 そうよ。だって人質とはいえ「夜の聖女」を迎え入れるなんて、この人たちに利があるとは思えない。


「えっと。『昼の聖女』ではないのですよ?」

「ああ。何か問題でも?」

「その……。私がお祈りするのは夜ですし、お昼は寝てしまいます」


 私は恐る恐る口にする。


「『昼の聖女』のように『回復』などの立派な公務は出来ないですし、そもそも仕える神が違うので、能力も違います。私にできることは皆さんの眠りを守ることくらいしか……」


 徐々に言葉尻がしぼんでいく。

 自分で言っておいて情けなくなってくる。


 ぎゅっと服を握った。


「なんだ。そんなことか」

「え?」


 うつむいていると上から声がかかる。

 驚いて顔を上げればにかっと音の付きそうな爽やかな笑みを向けている陛下がいた。


「そんなことは百も承知しているぞ? それを含めて我らは『夜の聖女』殿……つまりイレーネ殿を欲したのだ」

「……?」


 言われた意味が飲み込めずに瞬きを繰り返す。


「陛下。要点を押さえてお伝えしなければ聖女様にご理解いただけませんよ」

「む。そうだな! まずは言うべきことが違ったな!」


 大公陛下は私の肩に手を置いた。


「まずは君を無理に連れてきたことを謝らせてくれ」

「え?」

「どうしてもグレノス公国には君の力が必要だったのだ。もちろん君の身の安全は保障しよう。それ故の婚姻なのだしな。大切にすると月の神に誓うよ」


 真剣な表情だった。


 この人は何を言っているのだろう。


「私の力……?」


 思わず口に出てしまう。


「そうだ。君の眠りを守る力が必要なのだ。どうか我が国を救ってはくれないだろうか」


 目をしっかりと合わせて見つめられる。


 今まで私を、この力を必要としてくれた人がいただろうか。


 いや、いなかった。

 少なくともセイア王国では。


 私は陛下の目を見つめ返す。

 嘘をついたり嘲笑あざわらったりしているような気配はない。


 何よりセイア王国で向けられていたような侮蔑ぶべつの眼差しではなかった。



 ……なぜ私の力を必要としているのかは分からない。

 でも……。



「……私で良ければ、お手伝いさせていただきます」

「そうか! よかった!」


 気が付くと口をついて出てしまっていた。

 途端に明るく笑い掛けられる。


 胸に熱いものがこみ上げた気がした。


 ……? 何かしら?


 その気持ちが一体何なのか分からないが、一先ず陛下のお話を聞くことから始めよう。

 私はそう考え陛下の顔を見る。



「そ、その。具体的に何をやれば……?」

「ああ、そうだな! まずその話をしなければな!! イレーネ殿はこの国についてどれほど知っている?」

「え、えっと」


 私は知っている知識を口にした。


 魔物と常に戦っていること。

 不夜城と呼ばれていること。

 軍事力が世界有数であること。


「それから……その。人質をとることがあると」


 最後の話はしなくてもよいかと思ったのだが、自分が送られた意味合いを考えると知らない方がおかしくなる。


 隠し事はしない方が身の為だった。


「ああ、大体合ってはいるがな。念のために言っておくと、こっちから人質を要求したことはないのだぞ? それに送られてきても返している」

「そう、なのですか」

「まあ一部の帰りたくないというものだけ残してはいるが、なるほどそうとらえられていたか」


 陛下は少しだけ寂しそうに笑った。


「あっあっ! も、申し訳ありません。ご気分を害してしまいました!!」

「いや大丈夫だ。床に伏せようとしないでくれ! 君はオレの妻なのだから!」


 慌てて床に伏せようとした私を陛下は笑って制した。


 不興を買ったら即罰を受けてきた私にとって、それはすごく驚くべきことだった。

 きっと陛下が特別お優しいのだろう。


 じわりと眼が熱くなったが、頬の内側を噛んで耐えてみせた。

 今はお話の途中なのだから。


「ありがとうございます」


 私は微笑んで礼を言った。


「い、いや別に礼を言われるようなことでは……。ごほんともかく話の続きだな。君の言う通り、この国は魔物の出現率が他の国に比べて非常に高い」


 陛下は一瞬だけ顔を赤らめたが、すぐに真剣な表情になる。


「まだこの国が滅ぼされていないのはこの国の民が、貴族が、兵がそれぞれに強いからに他ならない」

「はい」


「だが、魔物との闘いで皆疲れ果てている。昼夜問わず魔物に侵攻されているからな。特に魔物は夜型のものが多いだろう?」

「そうですね」


 私は頷く。


 魔物はこの世の魔力溜まりから生まれるとされているものだが、どこから出てきているかは謎に包まれている。

 だが大抵夜に活発化するという特性があるのだ。


「そのせいで皆夜に眠れず、睡眠不足で日中も集中力が持たなくなっている。それで怪我をする者や危ない目にあう者も多く出ている。だから他の聖女ではなく、君の力を借りたいんだ」


 聞きながらちらりと陛下の顔を見る。

 その目元には深くクマが刻まれていた。


 充血もしているし、陛下もろくに寝ていないのだろう。


 視線に気が付いたのか、陛下はバツが悪そうに頬を掻いた。


「すまない。ここのところ魔物の動きが活発でな。兵もオレも安心して眠れていないのだ」


 やはりそうだったようだ。


「お話はわかりました」


 それが私の助けを必要としている理由。

 「私」の力を必要としている人がいる。


 聖女としてやってきた中で、これほどまで真摯しんしに私の力を貸してくれと言われたことはなかった。


 だから嬉しかったのだ。私でも人の役に立てるということが。


「もちろんお手伝いさせていただきます! さっそく結界を張りに行きましょう!」




ここまでお読みいただきありがとうございました!


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陛下って王に対する尊称な気がするのですが。
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