第78話 やらかシエリ(シエリ視点あり)
「もう、いったいなんなのよ!」
わけもわからずどこかの部屋に閉じ込められてから、数十分が経過した。
カルンを連れてきたときにも同じようなことがあったから、たぶん外部の襲撃じゃなくてチェルムの仕業なんだろうけど。
「ピュ〜……」
「大丈夫よ、ピューちゃん。あたしがついてるからね」
心細そうに鳴くピューちゃんを、ぎゅっとする。
この子はあたしの胸が一番落ち着くらしく、特に谷間のあたりに挟んであげると安心するみたいだ。
実を言うと、この子を抱きしめているとあたしも不思議と安心する。
なんて言うんだろう? 何故かアーカンソーに守られてるような錯覚を覚えてるのよね。
あと、ピューちゃんに胸の中でモゾモゾされると、なんか興奮するっていうか。
ひょっとしたら、あたしはヘンタイだったのかもしれない。
ちょっぴりショックだ。
そういえばアーカンソーはピューちゃんの抱っこをやめるようにしつこく言ってくるけど、ひょっとしてヤキモチ妬いてくれてたりして?
ふふっ、そうだとしたら嬉しいな。
「そうよね。ピューちゃんのためにも、あたしがしっかりしないと!」
アーカンソーのことを考えたら元気が出てきたので、もう一度脱出を試みてみよう。
チェルムを信じるならここで待つべきかもしれないけど、カルンのときと同じならアーカンソーが危ない目に遭ってるかもしれないし。
いや、アーカンソーのことは別に心配してない。
むしろチェルムの様子がヘンだったのが気になる。
「……ん、ちょっと待って。チェルムはアーカンソーに口説かれてメロメロになってたし、本気であたしを差し置いて駆け落ちする可能性はあるんじゃないのッ!?」
あのチェルムなら、やりかねない。
それが、あたしの結論だった。
「だったら、のんびりしちゃいられない! でも扉はぜんぜん開かないし、あたしの鍵開け魔法じゃビクともしなかったから……やっぱ破壊魔法っきゃないわよね!」
離宮の施設を壊すとチェルムに怒られるから控えてたけど、今は緊急事態だ。
詠唱開始!
「超級爆砲!」
爆炎の光があたしの手から伸びて、すさまじい轟音とともに立ちふさがるものすべてを焼き尽くす。
扉だけを破壊するつもりが、前方の広範囲なエリアを更地にしてしまった。
「あちゃー……駄目だ。アーカンソー絡みになると魔法の威力調整が下手になるの、本当に直さないと」
失恋したって区切りをつけたつもりだったけど、ぜんぜんだな。
今みたいなシチュエーションになると胸がキュンキュンして仕方なくなる。
いわゆる『恋する乙女モード』ってやつね!
「ピュ~~ッ!?」
「あ、怖かった? ごめんね? 安心してね!」
ガタガタブルブルと震えるピューちゃんが落ちないように、さらに谷間の奥にぎゅっと押し込める。
我ながら大きくて邪魔だと思ってたけど、まさかこんなことで役立つなんてね。
「よーし、アーカンソーとチェルムを見つけ出して駆け落ちを阻止するわよ!」
◇ ◇ ◇
すさまじい轟音とともに、チェルムが爆光の波に包まれた。
「なっ……これはシエリの超級爆砲か!?」
超級爆砲はダンジョン破壊魔法としても悪名高い大魔法だ。
ダンジョンの壁や部屋は非常に頑丈で、そう簡単には破壊できない。
しかし超級爆砲の光熱はどんな物体もたやすく消滅させる。ダンジョンも例に漏れない。
特にシエリの大魔法は威力と効果範囲がケタ違いだ。階層フロアもろともボスを――ドロップ品ごと――倒したことすらある。
しかも、今の超級爆砲はあきらかに威力を調整できていなかった。
俺に関する何かを強く思い込んで『恋する乙女モード』になってしまったようだ。
「いや、そんなことより無事かチェルム!」
「ご心配ありがとうございます、アーカンソー様。チェルムは無事です」
煙の中から無傷のチェルムが涼しい顔で現れた。
肌にも髪にも、もちろん服にも焦げ跡ひとつない。
いやはや、どうしてチェルムがシエリの世話役を任されているのか納得してしまう光景だな。
「どうやら姫様が限界化したようですね。決着を急がないといけません」
チェルムが魔法の放たれた方角を見た。
自身が大魔法に巻き込まれ、さらには部屋が半壊したにも関わらず「お茶が沸きました」ぐらいのテンションだ。
「いや、シエリの暴走を止めるのが先じゃないか!?」
「姫様のアレはいつものことですから。そんなことより楽しい死合いの続きをしましょう?」
もう嫌だ、この主従!
やっぱりエルメシア王家に関わるべきではなかった!!
ウィスリーとメルルの待つ宿に帰りたいっ!
俺の平穏を返してくれぇ……!
「……いや、待てよ。今――」
チェルムはシエリの超級爆砲に巻き込まれた。
何故だ?
俺の想定なら、そもそもチェルムを効果範囲に入れた時点で超級爆砲は発動しないはずだ。
もしかして、魔法の発動を禁じているわけではない?
そうだ。チェルムは俺が行使した魔法を正確に言い当てた。
発動していないなら、詠唱もないのに効果がわかるはずもない。
つまり今までの魔法は発動しなかったのではなく――
「あら、バレちゃいましたかね?」
チェルムが悪戯が露見した子供のような顔をした。
「……そのようだな」
昔からそうなのだ。
一見すると味方を窮地に陥れる『やらかシエリ』は、俺に光明をもたらしてくれる。
「ではどうぞ、お答えを」
チェルムが手を掲げて促してくる。
「ならば、この魔法の発動をもって解答としよう。上位治療」
呪文名を宣言するとともに、俺の受けていたダメージが完全回復した。
「やはり自分を対象とした魔法は発動したか。つまり、あなたは魔法を吸収していたんだな?」
「御名答です」
チェルムがくすりと微笑んで、服の袖をあらわにした。
細い手首に黒鱗がびっしりと生えている。
「チェルムはダークメタルドラゴンという非常に珍しい竜の末裔でして。黒鱗は魔法を吸収してしまうんです」
つまり最初の連撃のときも、防壁などの防御術式はすべて黒鱗に吸収されていたということか。
発動していたにも関わらず、すべて不発に終わっていた。
だから発動していないように見えたわけだ。
「あなたにはすっかり騙された」
「別に騙すつもりはなかったんですが、勝手に思い込んでくれる分には教える必要もありませんので」
「完全に同意する。敵の思い込みを利用するのは戦いにおける常套手段だ」
「ふふ。やっぱりアーカンソー様とチェルムは相性抜群ですね」
「先ほど言ったとおりだ。俺と君とでは合わん」
「まあ、つれないこと。チェルムはとっても楽しいですよ?」
もはやチェルムをシラけさせるのは不可能だろう。
そして、ここに『やらかシエリ』が合流して俺たちの戦闘を目撃したら……事態が収拾不能の修羅場に突入するのは火を見るよりも明らかだ。
ならばもう、実力行使しかあるまい。
俺も覚悟を決めよう。
「次の一合で決着としよう。お互いに攻撃を放って、より大きなダメージを与えたほうが勝ちというのはどうだ?」
「いいでしょう。言っておきますけど、チェルムは頑丈ですよ?」
確かにあの黒鱗の守りを突破するのは容易いことではないだろう。
一点の突破力と、瞬間的な打撃力が必須となる。
だから俺は指を打ち鳴らした。
全能力増強を始めとした魔法を同時発動して己に付与する。
するとチェルムが不思議そうな顔をした。
「支援魔法はチェルムが近づいたら黒鱗に吸収されてしまいますよ?」
「魔法を吸収されるよりも早く剣を振るえば、それで済むことだ」
俺の答えを聞いたチェルムは、ほうっと息を吐いてから、ぷるぷると喜びに打ち震えた。
「ああ、本当に最高ですね。この胸の高鳴り。きっとチェルムの初恋です」
「ならば、チェルム・ダークレア――」
魔剣を水平に構えながら、漆黒のドラゴンメイドの瞳をまっすぐに見据えた。
「これが最初の失恋だ」




