第71話 エルメシア王家の事情(シエリ視点あり)
「さあシエリ、案内してくれ。俺の覚悟が鈍らないうちにな」
そう呟くアーカンソーの顔は相変わらずの鉄面皮だった。
表情筋ひとつ動かさない。
だけど――
「……わかったわ」
そう、わかってしまった。
アーカンソーとウィスリーは、とてつもなく強い絆で結ばれている。
「あの子とのやりとりに言葉はいらないってわけね……」
ほんの一週間とちょっとしか一緒にいないはずなのに。
あたしのほうがずっと長く一緒にいたはずなのに。
いいやシエリ、争うな。
絶対に勝てないとわかっている競争で自分と他人を比較するな。
アーカンソーで学んだ教訓を無駄にするんじゃない。
あたしはあたしのやり方で、アーカンソーを手に入れればいい。
そう、これは二度とないチャンスだ。
アーカンソーのほうから王家に紹介してほしいと言ってきた。
今後の展開を見越し、何かしらの狙いがあって、あたしのコネを当てにしてきたのだろう。
エルメシア王国第三王女という肩書は唯一無二だ。
決してふたりの絆に劣るものじゃない。
それに、これから向かう先には心強い協力者もいる。
ウィスリーがいないタイミングで本当にズルいは思うけど……。
「絶対に落としてやる」
そのためだったら、裸でもなんでも見せてやるんだから!
◇ ◇ ◇
「さあシエリ、案内してくれ。俺の覚悟が鈍らないうちにな」
などと格好つけて言ってみたものの……。
あああっ、ウィスリーが心配で仕方ない!
今すぐに帰ってナデナデしてあげたい!
いつもの笑顔を取り戻してもらいたいーっ!
だが、ウィスリーはああ見えて責任感の強い子だ。
ここで俺が予定を変更して帰ってしまったら、自分のせいだと思い込んでしまうだろう。
それだけは絶対に駄目だ。
「……わかったわ」
シエリが頷く。
もはや引き返せない。
「あの子とのやりとりに言葉はいらないってわけね……」
シエリの独白が聞こえた。
どうなんだろう?
確かにウィスリーは何も言わなかったが、本当はかまってほしかった可能性は有り得るか。
いやいや、そこを疑っても仕方がない。
対人関係初心者の俺がウィスリーの本心を察して行動するなんてこと、できるはずがないのだから。
ここはウィスリーを信じるしかない。
「絶対に――――やる」
十三支部を出た直後に、シエリが何かを呟いた。
「何か言ったか?」
「……いいえ、何も。さ、行きましょう?」
振り返ったシエリは真剣な表情をしていた。
きっと俺の気持ちを察して決意を固めてくれていたのだろう。
それにしてもシエリには本当に大きすぎる借りができてしまった。
まさか目の前の男に裸を見られているとは夢にも思うまい。
真相は明かせないが、何かしらの形で返さなくてはな。
◇ ◇ ◇
シエリに連れられて王城に向かう。
……と思っていたのだが、彼女は逆方向に歩きだした。
「城に向かうのではないのか?」
「向かってるわよ? ルートは毎回変えてるの。まあ、それでも正門から入ることはないわね。兵士もあたしが王女だってことは知らないし」
「なんと。そんなことが有り得るのか」
「まあ、うちの国はちょっと特殊だからね」
シエリは何でもないことのように言っているが、俺が師匠たちから教わった人間の国の在り方としては極めて異例であるように思う。
「あたしだけじゃないわよ。エルメシア王家に連なる者は全員が市井に下ってるから」
「……何? つまり、王子や王女は全員が平民と同じように暮らしているというのか?」
「平民とは限らないわ。どこかの貧乏貴族に身をやつす王子もいるし。とにかく王族は全員が正体を隠されるのよ。本人が自分の出自を知らないことすらあるわ」
「どうしてエルメシア王家はそのようなことを?」
「下々の暮らしを学ぶためとか、いろいろとってつけたような理由はあるけど。建国以来の伝統だからっていうのが大きいんじゃないかしら?」
「なるほどな」
いろいろと突っ込みたい部分はあるが、伝統と言われてしまえばそれまでか。
どうしてそうなったのか、エルメシア王国の歴史に若干の興味が湧く話だな……。
「そういえば聞いたことがなかったな。王族である君が、どうして冒険者をしているんだ?」
「んー……まあ、一言でいえば勉強のためね。魔法学院に通ったのもそうだし。でも、一番は自由に憧れたからっていうのが大きいわね」
やがてシエリは人気のない通りの一角で立ち止まった。
「ついたわ」
シエリが変哲のない壁に向かって手を掲げると魔法陣が浮かび上がった。
「ふむ。特定の血筋に反応する転移魔法陣か」
「さっすが。一目見ただけでわかるのね」
強制的な転移効果がシエリだけでなく俺の身にも及ぼうとしてくる。
王族が必要なのはあくまで発動だけで、同行者も転移の対象にはなるというわけか。
抵抗は容易だが、もちろんしない。
「おお、これは……」
転移が完了した直後、俺は美しい光景に目を奪われた。
「フフッ、あたしの離宮へようこそ」
シエリの離宮は、花園という言葉が相応しい場所だった。
色とりどりの花々が咲き乱れ、リスなどを始めとした数多の小動物が戯れている。
小川のそそぐ泉では見たことのない珍しい魚が泳ぎまわっていた。
ティータイムを楽しむためであろうテーブルつきの四阿がなければ、自然林だと錯覚してしまいそうだ。
「おかえりなさいませ、姫様。ずいぶんと早いですね」
背後からいきなり声がかかった。
「なっ……!?」
振り向いた視線の先には、たおやかな笑みを浮かべたメイドがいる。
「アーカンソー様でいらっしゃいますね。姫様からうかがっております」
メイドは完璧な礼儀作法でもって一礼した。
「フフッ、どう? さすがのアーカンソーでも驚いたでしょ」
シエリの言うとおりだ。
まさしく俺は三重の意味で驚いた。
まず、彼女は各種感知魔法に一切反応しなかった。
気配も完全に消えていた。確実に只者ではない。
そして――
「竜人族のメイド……!」
ウィスリーやメルルと同じく、彼女は竜人族だった。
ひょっとして彼女たちと同じ一族なんじゃなかろうか?
もしかしたら知り合いかもしれない。
さまざまな思考が頭の中を駆け巡った。
だが、俺が何より心奪われたのは――
「……美しい」
彼女は、黒かった。
髪も黒。瞳も黒。角も黒。腰から延びる尻尾まで真っ黒。
さらに比喩でもなんでもなく、全身を黒いメイド服で覆っている。
華やかな庭園においては異質な、あまりにも似つかわしくない、鮮烈なまでの黒だった。
唯一、尻尾の先についている血のように赤いリボンが際立ったアクセントになっている。
本当に素晴らしい。
「まあ。お褒めにあずかり光栄です」
黒いメイドは何ひとつ変わらぬ笑みを浮かべながら、頬に手を当てた。
「姫様の世話係を任されております、チェルム・ダークレアと申します。どうかよしなに」
チェルム・ダークレア。
ダーク……名前まで素晴らしい……。
「改めてチェルム殿。俺はアーカンソー。それにしても本当にお美しい方だ」
「まあ。いけませんよ、アーカンソー様。チェルムは姫様のメイドですのに……その気になってしまいます」
「いきなりあたしのメイド口説いてんじゃないわよ!」
本当のことを言っただけなのに、どうしてシエリに後頭部をはたかれたのか。
これがわからない。




