第63話 見落とし
翌朝。
俺とウィスリーは「いってらっしゃいませ」と頭を下げるメルルに見送られて宿を出た。
「ねーちゃ、今日は夜シフトだけなんだね。いつもはあちしらより先に出るのに」
「王都で何か探し物があるらしくてな」
「そーなんだ。なんだろなんだろ?」
この様子だとウィスリーも知らないようだ。
「今後の我々にとって、とても大事なものらしいぞ」
「そっか。おいしいものだといいなー!」
笑顔で道を駆けまわるウィスリーは今日も元気いっぱいだ。
「そんなに走り回ってると転ぶぞ」
「へーき! あちし『がんじょー』だから!」
「おいおい、転ぶ前提か。しょうがないやつだ」
「にへへー!」
何がそんなに嬉しいのか、ウィスリーがこちらを振り返って満面の笑みを浮かべた。
たったそれだけの光景に俺まで嬉しくなってしまう。
「なるほど。俺は確かに変わったのかもな……」
ウィスリーと出会ってからというもの、俺を取り巻く日常は間違いなく変わった。
彼女の呪いを解いてから一週間とちょっとしか経過していない事実に驚きを隠せない。
それほどまでに濃密な時間だった。
というより、忙しすぎやしないか?
そろそろ一度落ち着いてもいい頃合いだ。
「よし。今日こそは十三支部で安酒をすすりながらダラダラと過ごそう」
「え? でも、またあの女に『働け!』ってドヤされるよー?」
「ククク、その点は抜かりない。シエリはクエストがひと段落すると、『実家』に結果報告をする義務がある。ギルドに顔を出すのは早くても昼過ぎになるはずだ」
「やたっ! じゃあ、あの女が来るまではあちしたちの『てんか』で『じゆーじかん』なんだね!」
「そういうことだ! すべては我らの計画どおりに事が進むだろう」
逆に言うと、シエリが来るまでの短い時間しかのんびりできないということでもある。
そのあとはなんとかシエリを説得して、今日こそは十三支部の冒険者らしく自堕落な一日を送るのだ。
「ん? シエリといえば、何か忘れているような……」
ふと脳裏をかすめた予感に首をかしげる。
そう……何か見落としているような?
「ご主人さま、どーしたの?」
「いや、なんでもない。きっと大したことじゃない」
わからないことを考えても仕方がない。
そのうち思い出せるだろう。
◇ ◇ ◇
「これはいったいぜんたい、どういうことなんだ……!?」
勇んで訪れた十三支部の酒場は、がーらんとしていた。
イッチーたち三人組はもちろん、店に入ったらこちらを口説いてくるレダ、フワルル、アーシのかしまし三人娘もいない。
いったいいつ宿に帰っているのかわからない定位置で飲んでいる冒険者パーティすらいなかった。
「んー、みんな寝坊してるのかな?」
「そんなはずはない。朝っぱらから酒をかっくらって怠けるのが十三支部のトレンドのはず。何か異常事態が起きていると考えるべきだ」
カウンターでジョッキを拭いている酒場のマスターに視線を向けてみるも、首を横に振るのみ。
相変わらず無口な御仁だ。
「どーする? 予定どおり、ダラダラする?」
「いや、さすがにこの状況は気になりすぎる。ギルドの受付に回って支部長に話を聞いてみよう」
十三支部のギルド受付は酒場スペースの反対側にある。
酒場のマスターと同じく何も知らない可能性が高いと踏んでいたが、すべての答えはそこにあった。
「ば、かな……」
まこと信じがたい光景だった。
普段なら酒場を賑わせている冒険者たちが――
「十三支部の冒険者たちが受付に並んでいるだとっ!?」
いや、むしろ冒険者として正しい在り方だといえるのだが!
それでも普段の彼らを知っているからこそ夢想だにしなかった。
ウィスリーもあんぐりと口を開けている。
「はいはーい! 順番に案内するので並んでてくださいねー!」
支部長でありながら唯一の受付嬢でもある女性が、忙しそうに声をあげている。
他にスタッフもいないのに長蛇の列をバリバリ捌いていくのは、さすがと言えた。
「おっ、アーカンソーさんもこっちに来たのか!」
他のふたりと列に並んでいたイッチーが気さくに声をかけてきた。
ニーレンとサンゲルに断ってから、こちらにやってくる。
「イッチー! 何がどうなっているんだ!?」
「何って……見てのとおりだぜ。ウチの支部にいろんな依頼が舞い込んできてるんだよ。下水のネズミ退治とかゴブリン退治じゃなくてな!」
「なんだと? いったい何故……」
眉を顰める俺の肩をイッチーがバンバンと叩いた。
「なぁに言ってんだよ! 全部アーカンソーさんのおかげじゃねぇか!」
「俺のおかげ……?」
「俺たちで貧民街の誘拐事件を解決しただろ? その功績が認められて、いろんなところから依頼が来てるんだ! それで俺たちもなんだかやる気が出てさ!」
「なるほど……って、いやいや! 昨日の今日だぞ! 功績が広まって依頼が来るようになるにしても早すぎるだろう!」
「そんなこと言われてもなぁ。あ、そろそろ俺たちの順番みたいだ。じゃな!」
イッチーが手を振って列に戻って行った。
「本当にどういうことなんだ。いや、待てよ。まさか……」
昨日の出来事を吹聴し、さらに各方面に裏から手を回せる人物に、ひとりだけ心当たりがある。
「そう、あたしよ!」
「シエリ! どうして君がこんな時間にギルドにいるっ! 王家への報告はどうしたんだ!」
「そんなの、昨日のうちにちゃちゃっと済ませたわ!」
「なん……だと……!?」
いつも『エルメシア王家』への報告が億劫で後回しにしていたシエリが、率先して!?
「十三支部を拠点にする……この条件を呑んだ以上、あたしはここで働かないといけない。だけど、あたしたちに相応しい依頼は舞い込んでこない。だから、昨日のうちに速攻で報告に行って各方面にも根回ししといたのよ!」
「ま、まさか……俺たち『ごしゅなか』のことを王家に漏らしたのかっ!?」
「そんなの当たり前でしょ? それはもう、ばっちりアピールしといたから!」
「し、しまったああああっ!」
シエリに俺のことを口止めするのを完全に忘れていたー!!
そうか、さっきの予感はこれか。
こんな大事なことを忘れていただなんて、俺はどれだけ迂闊なんだ!?
「んー? それってつまり、どーゆーこと?」
ウィスリーが腕組みしながら小首をかしげる。
「もちろん、アーカンソーの活躍がさらに知れ渡ったってことよ!」
「そっか! ご主人さまのすごさがみんなに伝わるんだ!」
「いやいや、いくらなんでも大袈裟だ。ちょっとした誘拐事件を解決しただけだろう!」
俺の主張を聞いたシエリがぱしっと肩を叩いてきた。
「まーたまた謙遜しちゃって。王都での邪神召喚なんて前例のないテロ事件を未然に解決しちゃったのよ? しかも調査を進めてた王国騎士団を差し置いてね! しかも資金源だったセクハラデブ親父も事前につぶしちゃってさ!」
確かにマニーズ本人に自覚はあったかどうかはともかく、テロ計画に加担していたことにはなる。
そうか、俺がテロの資金源を前もって潰したことになるのか。
すべて偶然なんだがな……。
「だ、だがアドバルだって大して強くなかっただろう? 現にふたりとも楽勝だったじゃないか」
「「……へ?」」
これにはふたりが驚いて顔を見合わせた。
「あー……ご主人さまから見ると、あの戦いって、そう見えたんだ?」
ウィスリーが気まずそうに頬をぽりぽりと掻く。
「何? もしかしてアドバルは手強かったのか?」
「んー、けっこーギリギリだったかも? 咄嗟にアドリブで竜鱗が出せたからよかったけど、あの火の鞭はちょっとジンジンしたし。一撃で倒すつもりだったのに、倒しきれなかったし。炎の剣に当たってたら、かなり危なかったと思う」
「そ、そうだったのか……」
「あちし、ちょっと戦いを甘く見てた。ご主人さまの言うとーり、もっとちゃんと防具とか考えればよかったなって……」
まさかいつの間にかそんな教訓を得ていたとは。
本人は「へっちゃら」だと言っていたが、あれは強がっていたのか。
「そもそも、なんであたしが牽制もせずに初手で絶対零度を発動したと思ってんのよ」
シエリがジト目を向けてくる。
「それはもちろん、油断させてるうちに最大火力をぶつけるためだろう?」
「長引かせるとまずいってあいつが炎の鞭を出したときに直感したからよ! 実際、本気を出されたらウィスリーがやられかねなかったし……」
「本当か? そこまで強い相手には見えなかったが……」
「ハァ……そういうところは相変わらずなのね。まあ、アンタからすればいつでも勝てる程度の相手だったんでしょうけど」
「そうだな。もし俺が戦っていたら瞬時に無力化できていただろう。手段も数十種類ほど考えていた。本当にまずいと思ったら手を出すつもりでいたが、特に問題ないと思ったので作戦どおりふたりに任せていたんだ」
ウィスリーとシエリが再び顔を見合わせる。
「強い強いと思ってたけど、ご主人さまって本当にとんでもなかったんだね」
「あ、ちょっとはわかった? あたしたちがこの男に懐いてたやるせない気持ち」
「ん、ちょっとだけね!」
「し、心外だ……」
落ち込む俺を見てシエリがコホンと咳払いした。
「ともかく! 十三支部で働けるようにはしたいけど、別に多くは望まないわ。せめて普通の支部として機能するようにしなくっちゃね。これからバリバリ働いて、支部をでっかくしていくわよ! 実際、今回の事件解決はめっちゃ評価されてるからね!」
そ、そんな。
スカウトがしつこかったから、元凶を自首させただけなのに。
依頼を受けろと言われたから、貧民街の誘拐事件を解決しただけなのに。
「お、俺の十三支部での自堕落ダラダラ計画が……」




