第62話 夜のご奉仕その1
その日の晩、俺は宿屋でメルルから『夜のご奉仕』を受けていた。
「ご主人様……ここ、硬くなってますよ……」
「おっ、いいぞ……」
ああ、たまらない。
最高だ……。
「しっかり愉しんでいただけて何よりです……」
メルルのどこか艶のある声が聞こえた。
部屋にはなんとも言えない香りが立ち込めていて鼻孔をくすぐる。
「『夜のご奉仕』は本当に素晴らしいな。全身の疲れが解けていくようだ」
「ウフフ、それはよかったです。あ、ここもだいぶ凝ってますね」
「あー、いい……」
メルル曰く、これはオイルマッサージというものらしい。
いい匂いのするアロマオイルを背中や足に塗って指圧してもらうのだが、これがとても気持ちいい。
最初は肌を見られるのが恥ずかしかったが、毎晩やってもらううちに慣れてしまった。
「それにしてもすまないな。今日はウィスリーが当番の日なのに」
「あの子は冒険で疲れていますからね」
ウィスリーは既に寝ている。
いつもならメルルの指導のもと、一生懸命に夜のご奉仕をしてくれる。
メルルと違ってぎこちないが、頑張ってくれてる感じがあって、とても良い。
「しかし、前々から思っていたんだが……この目隠しは必要なのか?」
「目は使っているだけでもたくさん疲れます。目を瞑るだけでも頭は休まるんですよ」
「そういうものか……だが、それだけならやはり目隠しはいらないのでは」
「このマッサージは一族秘伝でして、ご主人様には万が一にも見られるわけにはいかないのです」
「そうだったのか」
ウィスリーのときに目隠しをしないのは、彼女のご奉仕スキルは見せてもいい範囲ということなのか。
「しかしだな、この感触は指じゃないだろう。いったいどういう道具を使っているんだ? それだけでも教えてくれないか」
「んっ……それも秘密です……」
「息が荒くなってきているが大丈夫か?」
「筋肉を堪能しているとつい……じゃ、ありませんでした。ちょっと疲れてしまって」
「いや今、堪能って言ったよな?」
「すいません。ご主人様の筋肉で快楽を感じてしまうだなんて私はダメなメイドです。どうか叱ってくださいませ♪」
「叱られるのが、どうしてそんなに嬉しそうなんだ……?」
これがわからない。
「それにしても、ご主人様がずいぶんと元気になられたようでよかったです」
「ん? 俺は前から元気だが」
「いえ。お心のほうですよ。だいぶお悩みのようでしたから」
「……わかるのか?」
心底意外だった。
あまり表情に出ないほうなのだが。
「それはもう。こうして肌を重ねていれば」
「肌を重ね……?」
「ウフフッ。今のは失言でした。忘れてくださいね」
「いや、今のはさすがにわざとだろう。一応聞くが、本当にこのマッサージは大丈夫なのか? ちゃんと健全なんだろうな?」
「それはもう、これでもかというほど健全でございます。目隠しを外されて確かめますか?」
「……いや、やめておこう」
「賢明でございます、ご主人様」
耳元で囁くメルルの声は、どこか艶めかしい響きを放っていた。
「そ、それはそうと俺の心の話だが。そんなに悩んでいるように見えたか? いや、そもそも俺には人の心があると思うか?」
「もちろんでございます。ご主人様は誤解されやすいだけで、ちゃんと人の心をお持ちですよ」
「ウィスリーも同じことを言ってくれたよ。彼女だけじゃない。みんなのおかげで、これまで大事にしてこなかったものがあると気づいた。俺は人との関わりを軽視していたかもしれないと」
面倒な人間関係。
依頼人との交流。
そういったものを、すべて他人任せにしてきた。
これでは他人がどう思うか、という視点が育まれるはずもない。
それでは、人の心はわからない。
「他の人が当たり前のようにしていることが、俺にはできていなかった。これでは『はじまりの旅団』を追放されて当然だ。イッチーの言うとおりだった」
何か一つでも仲間と相談していれば、間違えることはなかったかもしれない。
しかし、今は追放されたこと自体が悪かったとは思わなくなっている。
きちんと糧になっている、とでもいうべきか。
前に進めている気がする。
「ご主人様……私は妹のように賢い女ではないので、ちゃんとした答えになるかわかりませんが……」
「え? あ、ああ、そうだな。ウィスリーは賢いな」
「大切なのは他人との比較ではありません。あくまで自分が成長している、という実感だと思います」
「成長の実感、か。まだ、実感だと言えるほどのことはないな。シエリにも変わったとは言われたが……」
「でしたら大丈夫ですよ。ご主人様は成長しています。保証しますよ」
声の調子からしてメルルが笑っているのがわかる。
「ご自身について不安がおありになったら、遠慮なくおっしゃってください。私はこれからもずっと、ご主人様の成長を見守り続けますから」
「そうか。それなら、安心だな……」
底知れない安心感を懐きながら、俺は襲ってきた睡魔に身を委ねた。




