第60話 ひとつの答え
その後。
傭兵たちは酔い潰れているところをお縄となり、氷漬けのアドバルも確保。
誘拐されていた女性たちは神殿の診療所に保護された。
薬を処方されれば意識を取り戻すだろう。
しかし、やることはまだ残っている。
「えっ、姉ちゃんを先に起こしてくれるの?」
カイルが目をぱちくりさせた。
「君の姉を目覚めさせるところまで依頼料に含まれると判断した。神殿の許可も得ている」
「でも、魔法の使用料って高いんだよね? 報酬だって、ぜんぜん足りてないのに……」
「それでも君にとっては精一杯なんだろう? なら十分だ」
神殿のベッドに寝かされているカイルの姉に向けて指を二回打ち鳴らす。
後遺症が残らないよう解毒、覚醒の順番で発動した。
「う、うぅん……」
「姉ちゃん!」
「……カイル? いったいどうしたの?」
泣きついてきたカイルの頭を撫でながら、きょとんとした顔をする姉。
「ここは安全だ。危険はない」
「あなたは……?」
カイルの姉は少し怯えを見せながらも、俺から弟を守るように抱き寄せた。
「落ち着いて聞いて欲しい。君は――」
俺はカイルの姉に事情を話した。
攫われていたのが娼婦である、という話は伏せた上で。
「まさか、そんなことになってたなんて。いったい、いくらお支払いしたら……」
「ギルドには事情を伝えてあるので、それほどの高額にはならないはずだ。支払いはいつでも大丈夫だから、しばらく安静にしているといい。では、用も済んだので俺はギルドに戻る」
「待ってください!」
用が済んだので部屋を出ようとしたタイミングで呼び止められる。
振り返ると、姉弟が揃って頭を下げていた。
「この度は命をお助けいただいて、本当にありがとうございました!」
「姉ちゃんを助けてくれて、ありがとうございました!」
「……どういたしまして」
どう答えていいか迷った挙句、当たり障りのない言葉を返してしまった。
そのまま部屋を出る。
「ふむ……」
胸に去来する熱さの正体がわからない。
目尻のあたりを襲う圧力がわからない。
しかし……。
「これはこれで、いいものだな」
◇ ◇ ◇
十三支部の酒場の席で、俺は神殿での顛末をウィスリーたちに話した。
「へえ、そんなことがあったんだ! あたしもその場にいたかったなー」
ウィスリーが嬉しそうに、だけど残念そうに笑う。
「神殿の許可が出たのは俺だけだったからな。仕方ないさ」
本来なら神殿の診療所には患者とその関係者、そして治療担当者しか入れない。
だから、俺が入れてもらえただけでも異例なのだ。
神殿側の措置に感謝こそすれ、文句など言えるはずもない。
「そういえば、アンタは依頼人とほとんど話してこなかったもんね」
シエリが懐かしそうな顔でオレンジスムージーをすすった。
「必要ないと判断していたからな。今は、もったいないことをしたと思っている」
「みんな、アンタにも感謝してたわよ?」
「そうだったか……」
これまで依頼人のアフターフォローは仲間たちに任せっきりにしていた。
人と触れ合うことを恐れるあまり、俺は何も見てこなかったのだ。
「ご主人さま、元気出して! これからいくらでもチャンスがあるよ!」
ウィスリーが満面の笑顔で励ましてくれた。
「そうだな」
変えられない過去を引きずっても仕方ない。
自分の手で変えられる未来に目を向けるべきだろう。
「あたしも、いろいろ考えちゃったわ。王都であんな必死に生きてる人たちがいたなんて。何かしてあげられること、ないのかしら?」
「我々は金で雇われる冒険者だ。できることは多くない」
「そうよね……」
シエリが目を伏せる。
「だが……まあ、そうだな。報酬の一部を神殿に寄付することで、炊き出しをしてもらうことはできるかもな」
「あっ、それいいね! カイルが喜ぶ顔も見られそうだし、あたしも炊き出し手伝いたい。お姉ちゃんも誘っちゃおうかな!」
まだ決まってもいないのにウィスリーが目を輝かせた。
「それも根本的な解決にはならないのよね……」
シエリの言うとおりだ。
貧民街の人々に金や物をあげればいい、という単純な話でもない。
安定して収入を得られる仕事を用意できないなら、半端な施しは余計な争いを招くだけだ。
「そこから先は政治の話になる。むしろ俺よりも君のほうが詳しいだろう?」
「そうね。これまでは『王選』なんて、これっぽっちも興味なかったけど……絶対負けられない理由ができたわ」
……何やらシエリの口から不穏なワードが飛び出した気がする。
うん、聞かなかったことにしておこう。
「アーカンソーさん! そろそろみんな揃ったし、乾杯の音頭取ってくれよ!」
突然やってきたイッチーが無茶振りをしてきた。
「俺でなくては駄目なのか?」
「他に誰がいるんだよ! さあさあ!」
イッチーに背中を押される。
ウィスリーとシエリに救援の視線を送ってみたが。
「ご主人さま、頑張ってね!」
「いってらっしゃーい」
なんてことだ。
俺に味方はいなかった。
「といっても、いったい何を話せば……」
「難しそうなら乾杯って言うだけでもいいからよ!」
いつもは誰かが宴会芸を披露している小舞台に立たされると、拍手が沸き上がった。
何故だろう。
みんなの笑顔を見ていたら、不思議と緊張感は消えた。
むしろ言いたいことが次から次へと頭に浮かんできたので、そのまま舌に乗せる。
「君たちの助力がなければ、ここまでスムーズに解決できなかった。礼を言う!」
冒険者たちが一斉に「イェーイ!」と歓声をあげた。
「賢明な諸君らであれば気づいていると思うが、依頼人は今すぐ報酬を払うのが難しい。しかし、そんなことで文句を言う諸君らではあるまい」
みんなから何かを期待するキラキラとした眼差しが注がれてきた。
何を言うべきか。
正解なら、既に知っている。
「そんな君たちを労って、今夜は俺が奢る! 好きなだけ飲み、食い、騒ぐといい!」
「よっ、国家英雄!」
「アーカンソー万歳!」
……ああ、なんだ。
誰もが望むことをすればいい。
俺がしたいことをすればいい。
何も難しく考えなくて良かったんだな。
「十三支部に栄光あれ! 乾杯!」
全員が「乾杯!」と一斉に杯を掲げる。
役目を終えた俺は席に戻った。
「ご主人さま、お疲れ様! なんかかっこよかった!」
「ありがとう、ウィスリー」
ウィスリーに礼を言ってから席につくと、視線を感じる。
シエリが不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「アンタ、変わったのね」
「そうか?」
「昔なら、あんな演説しなかったでしょ」
確かに。
以前の俺なら頼まれても断っていただろう。
「そうか。俺は変わったのか」
賢者クラスには成長が遅いという弱点がある。
魔法や剣術を覚えるのは得意だったが、苦手分野に関してはさっぱりだった。
もしかしたら環境が変わったことで少しずつ成長できているのかもしれない。
「お疲れ様さまでした、皆様! 私が腕によりをかけて作った料理の数々、召し上がってくださいませ!」
「ねーちゃ! 待ーってました! いただきまーす!」
メルルが御馳走を運んでくると、両手にスプーンとフォークを装備したウィスリーが早速料理を口に運ぶ。
「おいしーい! 超しあわせーっ!」
「大袈裟ねぇ。それじゃ、あたしもいただきまーす……って、ちょっ、なにこれ! ウチのシェフよりおいしいんだけど!」
「お褒めに預かり光栄です、シエリ様!」
シエリの感想を聞いたメルルが嬉しそうに微笑む。
「さあ、ご主人様も召し上がってくださいませ!」
「ああ。いただきます」
勧めに従って野菜スープを口に運んだ。
体の芯から心まで温まっていくのを感じる。
「いかがですか?」
「美味いよ。本当においしい」
気を許せる仲間たちに囲まれながら、素晴らしい料理に舌鼓を打つ。
はたしてこれ以上の幸福があるだろうか。
いや、ない。
俺は果報者だ。
ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます。
もし「面白い」「続きが気になる」「みんなが幸せになれてよかった」と思っていただけたなら、
ブックマーク、評価をよろしくお願いします。




