第56話 作戦会議
イッチーたちに女性たちとカイルを保護してもらった俺たちは、下水の通路を進んでいた。
もちろん、アドバルを討伐するためである。
時間の制約がなくなったこともあって、その足取りは緩やかだ。
「ああ、そういえばゲモスから聞き出した情報の中に面白い内容があった」
「ふーん。どうせアドバルの話じゃないの?」
俺が振った話題に、シエリは興味なさげに肩をすくめた。
「いや、ゲモスはアドバルのことをほとんど知らなかった。両者には仲介人がいたんだ」
「へー。どんな奴だったの?」
ウィスリーが何も考えていなさそうな顔で首を傾げる。
「それがな……聞いて驚け。アドバルに金を投資したのは冒険者第一支部長のマニーズだった。奴が邪神官と傭兵を引き合わせたんだ」
「ほえー、そうだったんだ」
「えっ……えええええええッ!?」
ふたりのリアクションが対照的で実に面白い。
「だったら、裏で手を引いてる黒幕はもう……」
ウィスリーのつぶやきに頷き返す。
「ああ。既に退治済みということになる」
ようやく冒険者ギルドと距離を置いている王国がマニーズの捜査に動いていた理由がわかった。
奴の投資先には彼らが捜査するような犯罪組織も多く関わっていたのだ。
もしかしたら、マニーズはずっと前から当局にマークされていたのかもしれない。
「……は? ちょっと待って。退治済みって、ひょっとして……あのセクハラデブ親父が逮捕されたのって、アンタが噛んでたのっ!?」
「そういえばシエリには言ってなかったな」
俺が頷き返すと、シエリは本当に……本当にとてつもなく驚いた顔をした後で、呆けたように呟いた。
「すごいわ、アーカンソー……今回の事件の黒幕にあらかじめ手を打っておくなんて。やっぱりアンタ只者じゃないわ」
「ふっふーん、そうだろー? あちしのご主人さまはすごいだろー?」
ウィスリーが自慢げに胸を張る。
「そんなことはない。すべて偶然だとも」
俺の正直な本音を聞いて、ウィスリーはいつものようにキラキラと賞賛の眼差しを向けてくる。
それに対してシエリは、
――偶然? そんなわけないわよね。全部計算通りに決まってるわ!
と思っていそうな深読み顔をしている。
もちろん訂正はしない。
労力の無駄だからだ。
「さて、対アドバルの作戦だが……」
俺が語り出すと、ふたりが素早く拝聴の姿勢になる。
「今回はいつものような露払いは送らない。奴が適切な逃げの手を打った場合に追撃が難しくなる。同様の理由から魔術師の目での偵察も行わない。仮に『目』を透明化させておいたとしても、奴がそれを看破するような手段を持っていたら主導権を握られてしまうからだ。アドバルを絶対に逃がさないためには、最初の一手で流血させるか、髪を切り落とす必要がある。今更理由を説明する必要はないな?」
「あいっ! 生命発見の触媒のためだよね!」
ウィスリーが挙手して、褒めてほしそうに見つめてきた。
頭を撫でることで望みを叶える。
「そうだ。だが、生命発見はあくまで保険だ。基本的には、この場で倒し切ることを目指す。よって、奴にはこちらが格下だと錯覚させつつ、転移阻害や結界の展開をひそやかに行ない、さらに足を負傷させるなど、逃走手段の奪取を第一優先目標とする。もちろん一撃で仕留められる機会があれば、それに越したことはないがな。だが、奴は邪神官だ。おめおめと捕虜になるぐらいなら命と引き換えに呪いをかけてきたり、最悪の場合は自分の魂をくべて、神格の部分召喚という自爆策を打ってくるだろう」
「『しんかくのぶぶんしょーかん』?」
ウィスリーがぽけーっとした、言葉の意味を一切わかっていなさそうな顔をした。
「神格というのは要するに神のこと。部分召喚というのは、全部ではなく一部分だけ召喚するという意味だ。高位の神官は自分の魂を神に捧げることで、神の一部を召喚することができる。アドバルの場合は災火神ベレイドーラの一部だ。もし召喚されたら王都を包み込むような災火をもたらすだろう。だが知ってのとおり呪いなら俺が対処できるし、神格についても……まあ、大丈夫だ。俺に任せてくれればいい」
「魅了とか麻痺の状態異常での無力化は……あー、さすがに厳しそうね」
シエリが言いかけて、自分で答えに辿り着いた。
「あのゲモスですら対策していたのだ。アドバルもマニーズからの資金援助を受けていると仮定すれば、状態異常の対策アイテムは潤沢と考えた方がいい。だから、基本に忠実に行く。ウィスリーが接敵し、シエリが攻撃魔法を使い、俺が臨機応変に対応する。以上だ。何か質問は?」
そこまで言ってから「アンタはひとりで考えすぎる」というイッチーの言葉を思い出した。
もう一言だけ付け加えておく。
「こうしたほうがいい、というアイデアや希望があるなら言ってくれ。可能な限り盛り込む」
「それなら、提案というよりお願いなんだけど」
シエリが手を上げた。
「あたしとウィスリーだけで戦わせて」
「えっ……?」
ウィスリーが意外そうにシエリを見る。
「何故だ?」
「アドバルがあたしの予想どおりの戦闘力なら、アンタが出張った時点で瞬殺できると思うのよね」
「さすがにアドバルの実力を低く見積もり過ぎてはいないか?」
「そんなことないわよ。現に他のディサイプル十三神官はアンタひとりで全滅させたようなもんじゃない」
「それはそうだが……」
「できればウィスリーがどれだけ戦えるのか、どういう戦い方をするのか見ておきたいの。今後のためにもね。もちろん、危ないなって思ったら手を出してくれて構わないから」
「ふむ……ウィスリーはどうだ?」
話を振られたウィスリーは少し悩んだ素振りを見せたが、すぐに頷いた。
「えっと……うん。確かに自分がどれぐらい通用するか試してみたいかも!」
「わかった。戦闘中は危険があったときにのみ対応しよう。ただし戦闘前にはふたりに強化魔法をいろいろとかけさせてもらう。構わないな?」
「それでいいわ」
シエリが満足げにうなずいた。
「ご主人さま! あちしも、ちょっと思いついたことがあるの!」
シエリが一番手を切ったからか遠慮がちな顔をしていたウィスリーも挙手した。
「かまわないぞ。言ってみてくれ」
「う、うん! えっと、ご主人さまはアドバルって奴を油断させたいんだよね? だったら――」




