第51話 次元門
俺たちは依頼人の少年……カイルの案内で貧民街に踏み込んでいた。
「みんなみたいに聞き込みしないでいいのかな?」
ウィスリーが隣を歩きながら、こちらを不思議そうに見上げてくる。
「俺たちのパーティには盗賊がいないからな。地道な足を使った調査は他のみんなに任せる。我々には我々にしかできない捜査をするんだ」
「あい!」
「いい返事だ。活躍を期待しているぞ、ウィスリー」
「それにしても、すごいところに住んでるのね。王都にこんな場所があったなんて知らなかったわ……」
周囲の光景にシエリが申し訳無さそうな顔をする。王族として思うところがあるのだろう。
なにしろ道はろくに整備されていないし、ところどころに物乞いがいる。治安も良くないはずだ。
先導してくれているカイルは複雑そうな表情で振り返った。
「それでも俺たちはまだマシだよ。父ちゃんも母ちゃんも流行り病で死んじゃったけど、姉さんが頑張ってくれてるおかげで奴隷にはならずに済んでるから」
「そうだったの……」
シエリが沈痛な面持ちで呟く。
ジッとカイルを見つめていることから、どう言葉をかければいいか迷っているようにも見える。
しかし、答えが見つかる前に目的地に到着してしまった。
「着いたよ!」
カイルに案内してもらったのは彼の自宅だ。
「えっ、ここが……?」
シエリが驚きを隠せず瞠目する。
気持ちはわかる。家というより物置と呼んだほうが良さそうなサイズだ。
しかしここに来るまでに野ざらしで寝ている者もいたから、これでもまだマシなのかもしれない。
「そんな……こんなの、あたし……」
シエリが言葉にならない葛藤に胸を抑え込む。
「シエリ。言いたいことはわかるが、今は捜索を優先してくれ」
「そ、そうね」
「では邪魔させてもらう」
ここに来たのは残っているかもしれない手がかりを探すためだ。
仮になかったとしても俺ならば――
「姉さんの部屋はここだけど……」
部屋と行っても仕切りで区切られただけのスペースだ。
床に敷かれた寝床以外は大したものはなさそうだが……。
「……あたしの魔力眼に引っかかるものはないわね」
魔法使いであるシエリは少し集中すれば魔力が視える。
俺も念のために魔力感知を使ってみたが、反応はない。
呪物絡みであれば魔力の残滓くらいは残っていてもおかしくないが、そっちの線はなさそうだ。
「ご主人さま、この瓶からすごい臭いがする!」
ウィスリーが鼻を摘みながら小瓶を手に取った。
「安物の香水だな。おそらく体の臭いを消すのに使っているのだろう」
「これ、お姉さんの私物?」
「うん。俺は使ったことないよ」
シエリの質問にカイルが頷く。
確かにカイルからは香水の臭いがしなかった。
貧民街……花売り……香水……。
「……ああ、なるほど。そういうことか」
「ご主人さま、何かわかったの?」
「後で話す。大したことじゃない」
「何よ。随分もったいぶるじゃない」
シエリが俺とウィスリーの間に首を突っ込んでくる。
「おそらく事件には直接関係ないことだ」
「ふぅん。それはそうと、アンタの探し物はコレよね」
「よくわかったな。そのとおりだ」
シエリが渡してきたものを受け取る。
それを見ていたウィスリーも納得したように手を叩いた。
「あ、そっか! なんでお家に行くのかなって思ってたけど、ご主人さまはまたアレをやるんだね!」
「正確には、もうやった」
「いつも思うけどアンタは魔法使うまでがノータイム過ぎるのよ!」
シエリがすかさずツッコミを入れてきた。
いつものことなのでスルーしつつ、カイルに向き直る。
「姉さんの居場所がわかったぞ」
「えっ、どうやって!?」
「毛髪だ。これを触媒にして生命発見という魔法を使ったんだ。触媒の元と同じ生命体を探し出すことができる」
ブロッケンの居場所を突き止めるのにも使った魔法だ。
「そんなことできるんですか! すっご〜い!」
カイルがキラキラとした目で見上げてくる。
「それほどでもない。この程度の魔法ならシエリにも使えるし――」
「そうそう、本当にすごいのよ? あたしが発動したら王国内ぐらいまでしか探査できないけど、アーカンソーの効果範囲は大陸全土に及ぶわ! 高度な占術防御もあっさり貫通するし、何人たりとも逃れること能わずってわけ! 発動過程も動作要素以外を全部省略してるし、動作だって日常的な行動の中に織り込んでるし、発動トリガーも触媒に触れるだけってところまで落とし込んでるのよ! しかも持続時間は――」
「あー、シエリ。解説はありがたいが、それくらいにしてくれ。ふたりとも目を回している」
「あっ……」
ウィスリーとカイルの様子に気づいたシエリが慌ててこちらを振り返った。
「か、勘違いしないでよね! 別にあたしがアンタの足元にも及ばない雑魚だなんて、これっぽっちも思ってないんだから!」
「あ、うん。そうだろうとも」
うーん。
昔と同じように赤面しているが、やっぱりシエリは変わったような気がする。
何がと聞かれると非常に困るが。
ともあれ、やらかシエリの気配がするので今のうちに心のゆとりを持っておこう。
「え? ちょっと待って。生命体を探し出せる魔法ってことは、つまり姉さんは――」
「喜べ。君の姉は生きている」
「ホントにっ!? よかった! ホントによかったぁ……!!」
カイルが泣き出してしまった。
無事を信じたい気持ちはありつつも、最悪の可能性も考えていたのだろう。
「どこー?」
ウィスリーが涙するカイルの頭をよしよしと撫でながら小首を傾げる。
「王都の地下だ」
「それならたぶん下水道でしょうね。見取り図で照らし合わせたいところだけど……」
シエリが何やら考え込んでいるが、別に悩むような場面ではない。
「何故そこにいるかはわからんが、とりあえず助けよう」
「そりゃ助けるけど、とりあえずってどういうことよ……?」
怪訝そうなシエリをスルーして新たな魔法を発動する。
「次元門」
呪文名を口にすると目の前に扉型の光が出現した。
「まずは偵察だな。魔術師の目」
さらに遠隔操作可能な視覚共有器官を次元門を通して送り込む。
目を瞑ると魔術師の目を通した光景が脳裏に浮かんだ。
「ふむ……少し暗いが確かに下水道だ」
「え、ちょ、ま――」
「む? なんとしたことだ。これはいったい……」
「だから待ちなさいって! 次元門って何よっ!? そんな魔法あたし知らないんだけど!」
シエリが掴みかかってきたので魔術師の目の集中が途切れてしまったが、シエリのやること。この程度で目くじらを立てても仕方がない。
「新魔法を開発しておいたんだ。ここ最近、生命発見で見つけた標的が遠くにいたことがあってな。近くに瞬間転移できるポイントがなかったから、発見した座標と紐付けて直接移動できる手段を――」
「要するに、ここと下水道を繋げちゃったってことよねっ!?」
「そういうことだな」
「だったら早く行ってあげましょ! 大ネズミに襲われでもしたら大変だわ!」
言うやいなやシエリが次元門に飛び込んでしまった。
「えっ、魔法使いなのに真っ先に飛び込んでっちゃったよ!?」
ウィスリーがびっくり仰天しているが、俺は冷静に首を横に振る。
「シエリの暴走癖はいつものことだし織り込み済みだ。魔術師の目で見た限り直近の危険はない。我々も追うぞ」
「ぼ、僕も連れて行ってください!」
カイルが泣きそうな顔で見つめてくる。
ひょっとすると置いて行かれると思っているのかもしれない。
「そうだな。君にも来てもらおう」
「……いいんですか?」
まさか本当に連れて行ってもらえるとは思っていなかったのか、カイルが目を丸くする。
だから俺は理由を語った。
「あの中の誰が君の姉さんなのか、わからないからな」




