第4話 通報
目的を果たした俺は大通りに出た。
「フンフンフフーン♬」
ウィスリーが、ものすごくゴキゲンそうに前を歩いている。
よっぽど人の姿に戻れたのが嬉しかったのだろう。
「それにしても目立つな……」
ウィスリーは子供だが、とにかく美少女だ。
ドラゴンだったときと同じ銀の髪色に、蒼い瞳。
かなり整った顔立ちと、細い首と白いうなじ。
そして、後頭部から垂れたポニーテールが見た目の幼さを際立たせている。
何より特徴的なのが頭から生えた角と、腰の上あたりから伸びる長く太い尻尾だろう。
エルメシアの王都で竜人族を見かけることはまずないので、かなり目立つ。
さらにはメイド服だ。この恰好が貴族の使用人の服装であることは、メイド服にやたら詳しい師匠のひとりから聞いている。
これだけの条件が揃うと、否が応でも衆目を集めてしまうわけで……。
「あっ、ご主人さま見て見てー! あのケーキ、すっごくおいしそう!」
ウィスリーが指差した喫茶店の軒先にケーキが陳列されている。
本物かと思ったが、よく見ると偽物だった。
錬金術師が成型した食品サンプルだろうか。実によくできている。
「せっかくだから寄っていくか?」
「えっ、いいの!? やったー! ご主人さま大好きー!」
ウィスリーが大喜びで抱き着いてくる。
うんうん、子供は元気が一番だ。
「にへへへー」
頭を撫でてあげると、ウィスリーの顔がにへらっと崩れた。
「ククク……」
こちらも思わず釣られて笑みがこぼれてしまう。
周囲の人々の口から「誘拐」とか「通報」とか漏れ聞こえた気がするけど、きっと何かの間違いだろう。
◇ ◇ ◇
「わああっ!」
入店したウィスリーが声をあげる。
かくいう俺も思わず感嘆の吐息を漏らしてしまった。
王都の大通りに店をかまえているだけあって、内装もかなり凝っている。
客入りもかなり良さそうだし、この分なら味も期待できそうだ。
「いいなーいいなー。あちし、こーゆーお店で働きたいなー」
案内された席で両足をパタパタさせながら、ウィスリーが目を輝かせている。尻尾もゆーらゆーらと揺れていた。
さて……ようやく少し落ち着いて話ができそうだ。
「改めて自己紹介させてくれ。俺の名前はアーカンソー。冒険者クラスは賢者だ」
「あちしは――」
ウィスリーは何を思ったのか、ぴょんとテーブルの上に飛び乗って腕を組んだ。
他の客や店員たちがぎょっとしている。
「あふれ出る『ちせー』! 一族『さいこー』の『ずのー』! ウィスリー・シルバースとは、あちしのことだよ!」
「……なるほど」
ほんのちょっぴり理解した。
この子はちょっと、なんというか……うん。
俺と同じで、いろいろ足りていないようだ。
「とりあえず、テーブルの上に立つのは行儀が悪いから降りなさい」
「あ、あい! ごめんなさい……」
俺にたしなめられるとウィスリーは素直に従った。
すぐに店員さんを呼んで謝り、ウィスリーにも頭を下げさせる。
「ご主人さまに恥かかせちゃった……」
店員から渡された濡れ布巾でテーブルを拭きながら、ウィスリーがちょっぴり涙目でつぶやく。こころなしか、尻尾も力なく垂れていた。
「もう二度としなければ、それでいい」
フォローのつもりで言ったのだが、ウィスリーはガーン! という顔をした。
「あの自己紹介ダメだった……?」
「そっちは別にいいんだが、テーブルの上に登るのはマナー違反だ」
「わかった……」
ウィスリーがシュンとしてしまった。
うーむ。今のやりとりだけではなんとも言えんが……この子が追放されてしまった理由の一端が見えた気もするな。
おそらく頑張り屋さんなんだろうが、調子に乗ると努力が空回ってしまってしまうタイプなのだろう。
本当はもっといろいろ事情を聞きたかったが、重い過去に触れることになるし、ますます落ち込ませてしまいそうだ。
そのあたりは詮索せず、自分から話してくれるのを待つとしよう。
「さあ、お説教はここまでだ。せっかくなんだから好きなものを食べなさい」
「で、でも……」
そこでちょうど彼女のお腹がグーと鳴った。
かわいらしい顔が真っ赤に染まる。
「あう……」
「いいから気にないで好きなだけ食べなさい」
店員を呼んで注文を頼んだ。
ウィスリーがすっかり委縮してしまったので、自分と同じメニューをふたつずつ。
店員が去った後、俺は改めてウィスリーに向き直って頭を下げた。
「せっかくケーキを楽しみにしてくれていたのに、俺のせいですっかり台無しにしてしまったな。本当にすまない。人とのコミュニケーションはあまり得意ではないんだ」
「そんなことないもん! ご主人さまは悪くない! 元はといえば、あちしのせーだし……顔あげて!!」
ウィスリーを気遣ったつもりが、ますます困らさせてしまった。
うーん、弱ったぞ。
いったいどうすれば笑顔に戻ってもらえるんだ?
そうだ、別の話題を振ってみよう。
「ところで、ずっと気になっていたんだが……どうしてメイド服を着ているんだ?」
「これ? んっとね、一族の仕事着だよ」
「ふむ、一族の仕事着なのか」
「あい!」
は、話が終わってしまったぞ。
どうすればいいんだ。
誰か助けてくれ。
「ちょっと失礼。子供を連れ回している怪しい人物がいるという通報を受けたんだが……お前だな?」
俺たちの席にズカズカとやってきたのは物々しい雰囲気を放つ番兵たちだった。
どうやら本当に誰かが通報したらしい。
「それはおそらく俺のことだが、違うんだ。この子は奴隷市場の商人から引き取った竜人族の子供であって、俺も決して怪しい者ではない」
「いや、話も怪しいが……お前の恰好が何より怪しい。ちょっと詰所まで来てもらおうか」
「そんな馬鹿な……」
漆黒のフード付きローブのどこが怪しいというんだ。
あまりに理不尽過ぎやしないか。
「ご主人さまをどーする気!」
「いけないウィスリー。暴れては駄目だ」
「むーっ!」
ウィスリーは番兵たちの態度が不服そうだ。
下手をすると、ドラゴンに変身して店を破壊しかねない。
仕方ないな。これは、あまりやりたくはなかったが……。
「ははは、さっきから何を言っているんだ。我々は『友人』だろう?」
番兵たちに向かって友好的な笑みを向ける。
すると――
「…………お? そうだ、お前は『友人』だった。はっはっは、まさか誘拐なんてしてないよな!」
「ははは、それこそまさかだ。俺がそんなことをするはずがないだろう? こんなところで油を売っていないで、さっさと仕事に戻ったらどうだ?」
「そうだな、そうしよう!」
番兵たちは朗らかに笑いながら退店していった。
店の客たちは唖然としていたが、何事も起きないとわかると日常の喧騒に帰っていく。
ウィスリーもしばらくきょとんとしていたけど、やがて小さな首を傾げながら訊ねてきた。
「あいつら、なんでいきなりご主人さまに馴れ馴れしくなったのかなー?」
「言葉の中に魅了魔法を織り交ぜたんだ。無詠唱のちょっとした応用だな」
相手の目を見ながら特定のキーワードを口にすることで会話の最中に気づかれることなく魔法をかける技術で、かなり特殊な発動方法だ。
「ご主人さまってそんなことできるの!? すっごーい!!」
おお、ウィスリーに笑顔が戻ったぞ!
よかった、本当によかった!!