第33話 無双その4
俺はまず、指を打ち鳴らして結界を展開した。
騒ぎを聞きつけた外野に邪魔されないように。
彼女がどれだけ暴れてもいいように。
メルルたちを巻き込まないように、俺たち三人だけの空間を構築した。
「――我、長年懐く問いぞあり」
カーネルとの問答の間に開発しておいた新魔法の詠唱を開始する。
「尊厳貶む。命摘む。より残酷はいずれか?」
「ゲホッ、クソッ! テメェ何言って――」
「我は答える。いずれも等しく、と」
未だに咳き込むカーネルを無視。
詠唱を続けながら、指を何度か鳴らしてウィスリーに発動待ちに仕上げておいた強化魔法を撒いていく。
「我、こうも思い耽る。尊厳貶め、命をも摘む。これぞ最凶、万象否定。されど我、原初の問いに立ち返らん。尊厳貶め無様に永らわす。これぞ最大、万象無情。故に結ぶ。かの問いに答え無し。師曰く、其を哲学と呼ぶ也」
詠唱は終わった。
あとは指を鳴らしての発動を残すのみ。
……だが、まだだ。
それでは、俺の気が済んでも彼女の怒りがおさまるまい。
「シギャオオオッ!」
許可は出した。
そして、ここは結界内。
故に彼女は好きなだけ全力を出せる。
「ド、ドラゴンだとッ!?」
これがただの喧嘩ではないと悟ったカーネルが剣を抜いた。
「ま、まさか例の依頼にあったドラゴン使いの暗黒魔導士って……クソが、舐めやがって! ドラゴンっつったって、よく見りゃ幼体じゃねェか! そんなもん、オレはいくらだって狩ってき――」
何か言いかけていたカーネルの体が再び吹っ飛んだ。
転倒こそしなかったが、その表情は驚愕に打ち震えている。
「な、なんだ!? 速過ぎて攻撃が見えねェ……!」
……これは俺も今初めて知ったのだが。
ドラゴン形態でもクラスによる強化は有効であるようだ。
剣闘士は速度と攻撃力重視の前衛クラス。
だから彼女は普通の仔竜よりも、はるかに速く強い。
しかも、俺の強化魔法まで乗っているとなると……。
「コォォォォッ!!」
「ぐおおあああああッ!!」
冷気のブレスがカーネルを包み込んだ。
ドラゴンの必殺技といえば、口から吐き出すブレス攻撃だ。
彼女はシルバードラゴン由来の竜人族だから冷気を吐く。
従来の仔竜ならちょっと寒いぐらいで済むが、彼女のブレスはまるで極寒の吹雪だ。
「クソッ、どうなってんだ。俺は夢でも見てんのか……!?」
その後もカーネルは爪や尻尾で攻められながら、必死に踏ん張っていた。
いや、彼女は奴がギリギリ耐えられる程度の攻撃を敢えて繰り出しているようだ。
「チクショウ! オレは『天嶺覇斬』のリーダー! “豪放無頼”のカーネルなんだぞッ!? こんな、こんなことぐらいで!」
動きを見ていればわかる。
カーネルは決して弱くない。むしろ強いほうだろう。
いくらウィスリーが俺の強化魔法を受けているとはいえ、本来なら冒険者としての経験の差を覆せないはず。
だが、カーネルは明らかに互角以上の相手との戦いに慣れていない。
おそらく自分より弱い相手としか戦ったことがないのだ。
体格にも力にも才能にも恵まれていたから、ゴリ押しでのし上がってこれたのだろう。
だが、それも今日で終わる。
「うおおおォォォォッ!! 【ファイナル・ストライク】!!!」
武器を犠牲にして攻撃力を劇的にアップさせる【戦技】まで発動して決死の反撃を繰り出そうとするカーネル。
しかしその剣が振り下ろされるよりも前に、肩口に彼女が食らいついた。
「ぐゥおあァァァァッッ!!?」
「グルルルルッ!!」
肩に食い込む牙に悶絶するカーネル。
首を振って傷口を引き裂き拡げていく彼女。
そんな光景を目の当たりにしてしまった俺は、咄嗟に指を打ち鳴らして魔法を完成させていた。
そして――
「ウィスリー、やめろ! そこまでだ!!」
叫んだ。
彼女がカーネルを殺してしまう……そんな予感がしたからだ。
だが、一見理性を失っているように見えた彼女は何の迷いもなく俺の命令に従った。
そして傍らに飛んできてから、甘えるように頭を擦り付けてくる。
「……戻れ」
「あい!」
確かめるような……あるいは願うような気持ちで命令を出すと、いつもの元気な声が返ってきた。
俺の隣にいるのは元のウィスリーだ。
その笑顔に思わず安堵する。
「もういいか?」
「うん! 充分だよ」
いつもなら撫でて欲しそうにこちらを見つめてくるのだが、今のウィスリーは油断なくカーネルのほうを睨みつけている。
「あ、が……」
カーネルはあまりのダメージにショック状態に陥っていた。
「治療」
一言告げて傷を完治させる。
「はっ、オレは……」
「カーネル。貴様には呪いをかけた」
「呪い……?」
俺の言葉の意味がわからなかったのか、カーネルは不思議そうな顔をした。
「『冒険者として得た力を他人のためにしか使えない』……それが、貴様にかけた呪いだ」
「なっ、テメ、ふざけんぎァァァァッ!!」
カーネルが体をのけぞらて悲鳴をあげた。
「苦しいだろう。それが呪いの効果だ。今後は自分の欲求を満たすために暴力を振るおうとすれば、死に匹敵する苦痛が貴様を襲う。つまり、俺たちに私怨を懐いて復讐を企もうとすれば、それだけで呪いが発動する。恨みが残る限り苦痛は決して消えない。三日三晩、眠れなくなるぞ?」
俺が指を鳴らすと、呪いが一時的に消える。
悶えていたカーネルが泣きそうな顔でこちらを見上げた。
「だが、安心しろ。俺も鬼ではない。貴様から俺たちの記憶を取り除いておいてやる。そうすれば憎悪に囚われて呪いが発動し続けることもないだろう」
そこでカーネルが何かに気づいたようにハッとして、ぶるぶると震え出した。
「ま、まさか……そんな。アンタ、マジで“全能賢者”アーカンソーだったのか……!?」
「今更気がついても、もう遅い。己の愚かさを噛みしめながら自分以外の誰かのために生きてゆけ、カーネル。呪いの詳細についてだけは記憶を残してやるから、今後どうすれば呪いを避けられるかわかるはずだ」
「待ってくれ! 呪いを解いてくれ! いやだって、おかしいだろ!? 何もここまでしなくたっていいじゃねェか! オレはあいつらとちょっと喧嘩しただけだぜ!?」
客観的に見れば、そうかもしれない。
自分でも明らかにやりすぎていると、思わないでもない。
だが、しかし――
「駄目だ。貴様は俺たちの尊厳を踏みにじった。文字通り、虫けらを潰すような気軽さでな。到底許すことはできない。十三支部のみんなが味わった痛みと屈辱、存分に思い知るがいい」
「なんでだよォ! あんな生きる価値のないクズども、どんだけ殴ったって別にいいじゃねェか! ああいうゴミは、オレたちみたいな上に立つ存在に虐げられるために生きてるんだからよォ!」
本気でそう言っているのが感じ取れて、俺はカーネルの蒙昧っぷりに哀れみすら感じた。
思っても口にせず、行動に移さないだけの分別があれば、こんなことにはならなかったろうに。
「……それが何故いけないのか。本当の意味で理解したとき、呪いが解けるようにしておく。貴様には一生無理かもしれんがな」
「いやだッ! オレはこれからも自分のためだけに生きていきたい! 他人のためにしか力を使えないなんてまっぴら御免だ! だから呪いを解いて! 解いてくれえェェェェェェッ!!」
絶望に泣き叫んで縋りついてくるカーネルを容赦なく振りほどいた。
「次に目覚めるとき、貴様は俺や十三支部に関するすべての記憶を失っている。俺をスカウトしようとは絶対に思わなくもなる。もはや二度と会うこともあるまい。さらばだ、カーネル」
そう言って俺はカーネルの額に指を突きつけた。
「再誕」




