第117話 王選攻略開始
あれから約一週間が経過した。
俺たちは十三支部でクエストをこなしながら平穏な日々を過ごしている。
休みの日にはシエリの護衛をウィスリーに任せて王立図書館に篭った。
その結果、表向きの王選に関する調査は概ね終了したと言える。
ざっくりまとめると、王選はだいたい二十年ぐらいごとに催される伝統行事で、二千年前の建国以来ずっと続いているようだ。
王に選ばれるのは基本的に男性だが、女王の前例がなくもない。
ただし、候補者を生み続けるために政治にあまり関われなくなるようだ。
シエリの願いを考えると、本当に王選に勝つのが彼女のためになるのか悩ましい。
いざとなれば……いや、まずはシエリの安全を確保するのが先決だ。
また、図書館の調査と並行して王選攻略用の魔法を開発した。
王家探知。
王家の血を引く者のオーラを見つけられる魔法だ。
これを使って候補者を徹底的に洗い出した。
王選候補者は全部で十三名。
一部が探知妨害のアイテムを装備していたが、すべて突破した。
おかげで候補者たちのリアルタイムな位置情報を完璧に把握できている。
さらに候補者のほとんどには強力な呪いをかけさせてもらった。
シエリを含む王選候補者に対して危害を及ぼせなくなる呪いだ。
もちろん配下や後ろ盾の貴族が忖度して暴走する可能性もある。
だから絶対に安全とは言い切れないが、事前の対策としては充分だろう。
そして、今日は最後まで呪いをかけないでおいた候補者二名に会いに来ている。
舞台は神殿が主催した貧民街の炊き出し場。
十三支部にクエストとして手伝いの依頼が来ていたので、これ幸いと受けてきた。
前々から炊き出しをやりたいと言っていたウィスリーも大喜びだ。
それに貧民街の住人との交流はシエリにもいい経験になるだろう。
「あっ! にーちゃん!」
ウィスリーたちとは別行動を取り、候補者のオーラを頼りに天幕が並ぶ会場を歩いていると、向こうから見覚えのある少年が走ってきた。
「元気にしていたか、カイル」
カイルはかつて姉を助けてほしいと十三支部に駆け込んできた少年だ。
「うん! おかげでねーちゃんもすっかり良くなったよ!」
「それは良かった」
油断なく視線を落としながら、心の底からリラックスしていそうなカイルの頭を撫でる。
彼の真の名はアーガイル。
十一番目の王選候補者だ。
姉とは腹違いの姉弟であり、ふたりとも何も知らない。
後ろ盾もない。
あくまで王家の候補者たちに万が一があったときの予備。
十番目の町娘と、十三番目の赤ん坊と同じだ。
王にならない限り自分たちの出自を知ることはない。
それ故に、呪いをかける必要もない。
だから姉にも会ってほしいと言ってきたカイルとは仕事を言い訳にして別れ、もうひとりの候補者のところへ向かう。
正面から堂々と許可を取って、神官たちの大テントへ足を踏み入れた。
忙しそうに動いている神官たちの間を縫って、最奥の席に腰掛ける人物の前に立つ。
「……あなたとは、もう二度と会うことはないと思っていたんですがね」
その人物は俺の訪問をしかめつらで迎えた。
「セイエレム……」
かつてのパーティメンバー。
神算鬼謀とうたわれた頭脳を誇るエルメシア最高の神官。
次期神殿長を約束された神童。
「すまない」
まず俺は頭を下げた。
「どうしてあなたが謝るんです、アーカンソー?」
セイエレムが怪訝そうに聞いてくる。
「それは……」
「理解したんですか? 自分がどうして追放されたのか」
「いいや。まだわからない」
「そうですか。シエリから聞いたわけではないんですね。では、いったい何の用でここに?」
指を打ち鳴らして結界を展開する。
セイエレムがさすがに眉をひそめた。
「なんのつもりですか?」
「人払いだ。ふたりきりで話をしたかった。六番目の王選候補者にして王族。第四王子セイレム・エルメリク・ド・サージェとな」
セイエレムが厳しい顔つきで立ち上がった。
しばらくの間、睨み合いが続く。
「……そうですか。あなたは名実ともにメールシアの味方になったのですね」
やがてセイエレムがふぅ、と息を吐いて再び席についた。
「それで? 私を暗殺に来たのですか? もしそうなら抵抗はしません。無駄な足掻きですからね」
「そんなつもりはない。ただ質問に答えてくれ。君は、シエリの敵か?」
「いいえ」
セイエレムが俺の問いかけにこれ以上ないほど力強く答えた。
「私はそもそも王選に興味がありません。メールシア……妹のほうが未来の王にふさわしいですから。私のすべては神に捧げています」
「だから『はじまりの旅団』でパーティを組んだときにシエリの正体を聞いても何も言わなかったのか? その言葉を信じろと?」
「主神アーメスに誓って。真実語りを使っていただいても構いませんよ」
迷う。
いや、ここ最近……ずっと迷い続けていた。
セイエレムにも呪いをかけるべきか否かを。
俺の出した結論は――
「いいや、君の言葉を信じよう」
俺の答えを聞いたセイエレムが驚きに目を見開いた。
「信じる? 魔法で人心を操ってばかりいたあなたがですか?」
「それは……」
「私はあなたの実力以外を信用していません。もし妹に何かあったら、わかっているでしょうね?」
普段のセイエレムらしくない強い口調と眼差しだった。
だからこそ安心する。
「無論だ。シエリのことは必ず守る」
セイエレムはシエリの敵ではない。
それが何をおいても喜ばしい。
「フッ、それなら安心ですね。ですが他の王子と王女には気をつけてください。私のように聞き分けは良くないと思いますから」
「ああ。邪魔をして悪かったな」
結界を解くために指を鳴らそうとすると。
「アーカンソー」
セイエレムが声をかけてきた。
「私はあなたのことを背信者であるとずっと疑ってきました。神に敬意を払わずに奇跡を濫用する罰当たりなのではないかと」
かつてないほど動揺した。
最も知られたくない人物に俺の秘密が暴かれる気がして。
「……そうだったのか」
努めて平静を装う。
自分が感情を表情に出せないタイプで良かったと心の底から思った。
「まだ疑惑がなくなったわけではありません。今後のあなたを観察して、判断をしようと思います」
「そうか」
「それと、もうひとつ」
セイエレムが俺の瞳をジッと見てきた。
「あなたはいったい何をしようとしてるんですか?」
「何故、そんなことを聞く?」
「今のあなたには強い覚悟があります。それは、かつてのあなたには欠けていた……いえ、不要だったもののはずです。答えてください。あなたは何をしなければならなくなったのですか?」
さすがだな、セイエレム。
たったこれだけの問答から違和感に気づいて分析し、本質な問いを投げかけてくるとは。
長い沈黙の後で、俺は答えた。
「いつもどおりだ。俺は試練に挑み、為すべきことを為す」
「そうですか」
セイエレムの声からは落胆も失望も汲みとれなかった。
「今度こそ会えないかもしれませんから言っておきます。どうかあなたに神々の祝福があらんことを」
それっきりセイエレムが口を開かなくなる。
彼が何を思って祈りを捧げてくれたのかは、ついぞわからなかった。
それでも、どう答えればいいかは知っている。
「ありがとう、セイエレム」
目を伏せた後、俺は今度こそ結界を解除すべく指を打ち鳴らした。




