第114話 三人で
次の日。
朝から十三支部へと向かう。
いつもの道のりをウィスリーとともに。
「ご主人さっま♪ ご主人さっま♪ さっいきょーけっんじゃっ♪ ぜっんのーけっんじゃ♪」
ウィスリーがスキップしながら謎の鼻唄を歌っている。
「あ、見て見てご主人さま! 朝顔がすっごく『きれー』に咲いてるよ!」
「ん、ああ。そうだな」
「むーっ。ご主人さま、うわのそら!」
「いやいや、すまん。まだ少し眠くてな……」
「『ねぶそく』? ちゃんと寝ないとダメだよ!」
ウィスリーがプンプンしながら腰に手を当てて注意してくれる。
「そうだな。すまない」
そう答えるとウィスリーは、にぱっと笑った。
こちらを先導するようにスキップを再開しながら鼻唄を口ずさみ始める。
その後ろをゆっくりとついていく。
ああ……ウィスリーがそばにいると安心する。
今、この瞬間を尊く、愛おしく感じる。
この胸の奥から湧きあがる温かさは、きっと忘れてはならないものだ。
同時に、昨晩出会ったもうひとりの自分のことも思い出してしまう。
「あれが、俺の至るかもしれない未来の姿……」
昨晩は一睡もできなかった。
できるはずがない。
当たり前のように続く日々が当たり前ではないのだと、はっきり突きつけられた。
シエリと死別し、ウィスリーとは別の道を歩む未来がある。
なら、俺もそうならないとは限らない。
「ウィスリー」
「んー? なぁに、ご主人さま!」
竜の少女がくるりと振り返る。
幸せな未来をこれっぽっちも信じて疑っていない、いつもどおりの笑顔だった。
世界のどんな宝よりも輝いている。
この子の瞳の光を、絶対に曇らせてなるものか。
「これからも俺と共にいてくれ」
心からの願いを込めて、今更言うまでもないことを改めて言葉に直す。
ウィスリーは、しばらくきょとんとしていたが――
「そんなのあったりまえだよ!!」
とんでもない大音量だった。
周囲の人々が何事かと注目してくる。
「ウィスリー。近所迷惑だから声の音量を下げなさい」
「そんなの今はいい!」
いつもだったら素直に言うことを聞くのに、ウィスリーはぶんぶんと首を振った。
奉仕竜族としての本能を乗り越えて、俺を気遣ってくる。
どうやら俺の様子がいつもと違うと気づいたらしい。
「ご主人さま、ホントにどーしちゃったの? やっぱりお休みしたほうがいいよ!」
なんてことだ。
ウィスリーを無駄に心配させてしまった。
いつまでも笑顔でいてもらいたいと思っていた矢先に、このザマとは。
いや……あるいは、これぐらいでいいのかもしれない。
未来の俺はウィスリーの手を離したと言っていた。
どんな状況だったか不明だが、おそらく彼女を想っての行動のはずだ。
どうせ今のように笑顔でいてくれと願いながら、自己満足に浸って決断したに違いない。
その道だけは選ぶまい。
どうせ俺はひとりでは立てない人間。
少し寄りかかるくらいがちょうどいい。
たとえどんなことがあろうと、この子が差し伸べた手を離さないと誓おう。
「でも、シエリとも昨日の件で話をしないといけないからな」
「あー。そーだった……まったく、あいつ何考えてんだろ。とりあえずわかったけど、今日は必ず休んでね!」
ウィスリーに頷き返す。
「ああ、約束だ」
もし、君が大人になって。
今の想いを忘れてしまったとしても。
俺は、君を守り続けよう。
◇ ◇ ◇
十三支部に着いた。
もはや恒例となった俺たち三人の待ち合わせ場所。
シエリは俺たちの姿を認めると手を振ってきた。
「おはよう、アーカンソー!」
遠くない未来に命を散らす少女が笑いかけてくる。
思わず抱きしめたくなる衝動をなんとか堪えた。
「おはよー」
ウィスリーがおざなりに挨拶を返すが、シエリはまったく気にしていない。
「……おはよう、シエリ」
「どうしたのよアーカンソー? なんか元気ないわね」
こちらの顔色を覗き込んでくるシエリ。
俺の代わりにウィスリーが答えた。
「ご主人さまは寝不足なんだってさ! だから今日もお休み!」
「はー? もう、何やってんのよ。最近タルんでるんじゃない?」
「すまん……」
……俺はこれからどうしたらいい?
いや、シエリのことはもちろん守る。
そのために王選に参加するのもかまわない。
だが王選から逃れる方法は本当にないのか?
いや、未来の俺がああまで言っていたのだ。
絶対に逃げられない仕組みがあると考えた方が無難だ。
あるいは王城を攻めるか?
王選の核は、きっとあそこにあるはず。
だが、そんなことは未来の俺とて考えたはず……いや、シエリの死後に襲撃を実行して、すべての真実を知ったと考える方が自然か。
そして、王城に攻め入ったとなれば手配は免れない。
あるいはウィスリーとも逃亡の旅の過程で別れたのかもしれない。
……駄目だな、すべて推測の域を出ない。
やはり寝不足の頭ではロクな考えが浮かばん。
「じゃあ、今日もお休みね。まあ、どっちみち行きたいところがあったからいいんだけど」
シエリが俺の隣……ウィスリーに向かって何やら目配せをした。
するとウィスリーが何かを思い出したようにハッとする。
「あっ、そっか! ご主人さま、ちょっとだけ一緒に行って欲しい場所があるの!」
「何?」
さっきまで休めと言ってなかったか……?
「ごめんね、すぐ済むから。そしたら宿屋でお休みしよう?」
「わかった。そこまで言うならば」
ふたりに連れられて到着したのは雑貨屋だった。
未来の俺が触媒としていた賢者のローブを買った店だ。
「ここに何の用が?」
「ご主人さま、ちょっと待っててね!」
「すみませーん!」
ウィスリーとシエリが店員を呼び出して何やら話をし始める。
しばらくすると店員が包みを持ってきてふたりに手渡した。
「はい、これ!」
ウィスリーが包みを差し出してくる。
戸惑いつつも受け取った。
「……これは?」
「シエリとお金を半分ずつ出して買ったんだ。ご主人さまにプレゼント!」
「俺にプレゼントだと!?」
まったく、これっぽっちも予想していなかった。
あまりに不意打ちだったので、ついつい大声が出てしまう。
しかし、ウィスリーは気にするふうもなくにぱっと笑った。
「あい! 武器を買ってもらったお礼だよ!」
「本当は昨日渡すつもりだったんだけどね。ちょっとそういう雰囲気じゃなくしちゃったから……」
少し声が沈んだシエリに「ホントだよお前なにやってんだよー」とつっかかるウィスリー。
なんだか励ましているようにも見えた。
「開けてみてもいいか?」
ふたりが頷く。
包みを開けると、中からは――
「これは……手袋?」
「ん! ご主人さまがつけてる手袋、ちょっとボロッちくなってきてたから! もちろん、ちゃんと指を鳴らせるやつだよ!」
「下見に行ったときは在庫がなくって。だから予約しておいたの」
「そうか。この間ふたりだけで出かけたのは、そういうことだったのか……」
ああ、俺は。
俺は本当に馬鹿だ。
このふたりが俺を見捨てるなんてこと、あるはずなかったのに。
「ウィスリー……」
「なぁに?」
名前を呼ばれた銀髪碧眼の少女が、かわいらしく小首を傾げる。
「シエリ……」
「うん?」
赤髪黒瞳の王女も期待に満ちた眼差しを向けてくる。
「ふたりとも、ありがとう。おかげでようやく腹が決まった」
迷う必要などなかった。
取るべき道は最初から示されていたのだ。
「俺たち三人で王選を勝ち抜こう」




