第112話 王選
その日の夜。
宿でウィスリーの『夜のご奉仕』をつつがなく終えてから、部屋にメルルを呼び出した。
今後のことを相談するためだ。
「王選……ですか?」
「ああ。王になって現状を変えたいと……『ともに挑んでほしい』とシエリに頼まれた」
「それは私が聞いてもよい話なのでしょうか?」
「許可は得ている。シエリの話によると――」
1.王選はエルメシア王国の次期王を選定する儀式。
2.王の子供は無条件で王選候補者となる。
3.王選候補者は全員が正体を秘匿されている。
4.王選候補者同士は期間中に競い合う。このとき候補者は配下や仲間を参戦させられる。
5.競争の結果、最もエルメシア王国に貢献した候補者が次期王となる。
5.王選候補者の貢献度を計るのは王族や貴族ではなく、エルメシア王国の始祖霊たちである。
6.王選の結果は決して覆らない。結果に逆らう者には始祖霊より罰が下る。
「以上だ。どう思う?」
「なんというか……かなり特殊ですね」
俺もメルルと同じく、そこが気になっていた。
知る限りにおいて、このような形式で王位を定める王政国家は極めて異例だ。
王と王妃の間に男子の世継ぎが生まれれば、その者が世継ぎの王太子となるのが通例である。
帝政であっても封建制であっても、その仕組みは概ね変わりない。
「もっとも理解しがたいのが王の子供でさえあれば『妾腹や平民との子であろうとも王選候補者』となるところだ。通常の国家形態であれば、おおよそ考えづらい。そもそも候補者が秘匿されるというのも、あまりに異常だ」
「そうですね。暗殺を避けるためだとしても、そこまでするでしょうか?」
メルルの疑問はもっともだ。
世継ぎが生まれた事実は民に安心感をもたらす。
王女が生まれれば他国との政略結婚にも使える。
しかし、王子や王女の正体を隠したら政治のカードにできない。
どれだけ考えてみてもメリットとデメリットが釣り合わないのだ。
「ところで、王が世継ぎを残せずに崩御した場合はどうなるのでしょう?」
メルルが当然のことを聞いてくる。
「その点は確認した。どうやら王は王位を譲るまで死ねない体になるらしい」
「本当ですか……? でしたら未来永劫に渡って在位しようとする王が現れるのでは」
「シエリ曰く、始祖霊が許さんのだそうだ。過去にそういう意志を見せた王はことごとく手足の自由を失い、世継ぎを作るための肉塊にされたのだとか」
「では、王が拉致された場合はどうなのでしょう?」
「前例はないらしいが、何らかのセーフティがあるのだろうな」
この王選とやらは、考えれば考えるほどに不合理だ。
むしろ王を選ぶためというより王選を行なうこと自体が目的であるかのように思える。
だが、今の問題はそこじゃない。
「それで、ご主人様はどうなさるのですか?」
「どうしたものかな。判断しようにも、そもそも具体的に何をすればいいのかわからない。すぐに始まるわけでもないようだしな」
「シエリ様……いえ、メールシア王女から聞いたのでは?」
「いいや、知らないそうだ。王選がいつ始まるのか。どこで行われるのか。どんな内容なのかすらな。わかっているのは、ふたつだけ。候補者が十三人なのと、死者は王になれないという事実だけだ」
メルルが息を呑んだ。
「まさか候補者の間で殺し合いが行われるのですかっ!?」
「候補者の正体が秘匿されるのは、そのためかもな」
王選候補者がエルメシアの王になる方法は、ふたつある。
王の選定が終わるまでにエルメシア王国へ多大な貢献をするか。
あるいは、他の候補者を見つけ出して全員を殺害するか。
どちらにしても俺が望む平穏とは程遠い。
「ご主人様、私は反対です。王選に関わるのは、あまりにもリスクが高すぎます」
メルルが強い意志を込めて俺を見た。
「そうだな。俺も正直言ってエルメシア王家に関わりたいとは思わない」
エルメシア王国の在り方は、あまりに不気味だ。
チェルムの件もあるが、それ以外にも不明な点が多すぎる。
歴史の奥に底知れぬ何かが隠されているような気がしてならない。
「それにシエリめ。いつの間にウィスリーにまで自分の出自を話していたんだ?」
シエリから王選の話を聞いたウィスリーは「そんなのがあるなら、あちしに王女だって話しちゃダメだったろ!」と怒っていた。
メルルが心配そうな顔をした。
「それで、あの子はなんと?」
「俺の決定に従うそうだ」
ウィスリーはそれでいいとして、俺はどうする?
まず大前提として王選に参加しなくともシエリを守り切る自信はある。
もし仮に候補者を一箇所に集めて殺し合いが催されるようなことがあっても、改めて参戦を表明すればいい。
どう考えても保留がベストだ。
「ご主人様。どうか……」
メルルが祈るような視線で見つめてくる。
「俺は――」
不参加を表明しようとした、その瞬間。
周囲の空間からパキンと凍り付くような音がした。
「これは……結界かッ!?」
見ればメルルの姿が消えている。
標的はメルル?
いや、空間が静止しているこの感じ……結界に取り込まれているのは俺の方だ!
「馬鹿な! 結界対策は何重にも張り巡らせていたのに、俺に一切察知させずに展開したとでもいうのか!」
結界魔法は使い手こそ少ないが、相手を異空間に閉じ込める非常に凶悪な性能を持っている。
だからこそ、最大限に警戒していたというのに――
「結界主はどこだ!」
結界魔法の特性として隔離対象だけを閉じ込めることはできない。
必ずどこかに結界主がいるはずだ。
「そうだ、ウィスリーは!」
あの子は隣の部屋で眠っている。
俺が結界の内部にいる以上、結界主の狙いはこちらだとは思うが……!
「ウィスリー!」
わざわざ廊下に出る時間すらも惜しかった俺は指を打ち鳴らして、隔てる壁を消し飛ばす。
「ウィスリー!!」
部屋に踏み込んだとき、はっきりと見えた。
ベッドで眠るウィスリーの側に控える、白い影を。
――その刹那、頭の血がすべて沸騰したかのような感覚に囚われた。
「貴様ぁ!!!」
気づけば何度も指を打ち鳴らしていた。
「即死即死即死即死即死即死即死即死即死即死即死即死即死即死即死!!」
音声要素と動作要素を組み合わせた即死魔法を連続発動する。
白い影は意にも介さない。
「上位即死!」
耐性貫通狙いの即死魔法を放つが微動だにしない。
白い影がこちらを振り返る。
顔には無表情な仮面。
「選択を間違えるな」
仮面の人物が言葉を発した。
やけに耳に残る、しわがれた声。
「王選に挑め。お前はどうせ運命から逃れられない」




