第109話 それがどうした
『太陽炉心』に我が物顔で踏み込んできた冒険者たちの装備は、なかなかのものだった。
武器も防具もあまり手入れされていないものの、良作なのは間違いない。
というより、ほとんどピケルの作ではないか?
そうなると常連客か。
「その、ご来店ありがとうございます」
相変わらずピケルがビクビクしているが、せっかくの来客を俺の判断だけで追い返すわけにもいかない。
しばらく様子を見てみよう。
「お、よさげな武器じゃん」
「この肩当ても良さそうだぜ」
展示された武具を無遠慮に手に取っていく冒険者たち。
「これにするわ」
「んじゃ、俺はこれ!」
「この剣いっかすー!」
どことなく馬鹿にしたような態度が目につくし、マナーも決して良くはない。
今のところ冷やかしではなく買う気のある客に見えるが……。
「じゃ、またこれからも世話になるわピケルちゃん」
「は、はい……ご来店ありがとうございました」
六人とも思い思いの商品を手にしたまま、店を出ていこうとする。
純粋な疑問から、俺は連中に声をかけることにした。
「おい、待て。どうして金を払わない?」
今のやり取りの中には貨幣の取引がない。
それどころかピケルは代金の請求すらしなかった。
あきらかに異常だ。
「は? なんだよお前。見かけない顔だな」
「どうして暗黒魔導士が鍛冶屋にいんだよ」
不快そうに顔をしかめる冒険者たち。
「俺のことなどどうでもいい。質問に答えてもらおう。どうして商品に金を払わない?」
俺が食い下がると冒険者のひとりが舌打ちをした。
「俺らとピケルちゃんは見知った仲だからいいんだよ」
「出世払いってやつ?」
「おー、そうそうそれな!」
「それに俺等が広告塔になれば商品も売れるだろ!」
「だよなー! 逆に宣伝費もらってもいいくらいだわ!」
連中の言い分はわけがわからなかったが、金を払う意志がないのは伝わってきた。
「つまりお前たちは客ではなく泥棒ということだな?」
事実を指摘すると、冒険者たちを取り巻く気配があきらかに変わった。
「あぁん?」
「なんだテメー」
「人を泥棒呼ばわりとか喧嘩売ってんの?」
「ツケだっつってんだろ」
殺気をまとってすごんでくるが、まるでそよ風だ。
メルルやチェルムの放つプレッシャーの数百分の一にも満たない。
「後払いをするというなら、それを証明する書面は? 代金を把握しているようには見えないが」
冒険者どもが嫌そうな顔をした。
「はぁ? なんなんだよ、本当に面倒くさいやつだな」
「俺らはピケルちゃんのファンなんだよ。だからいいんだ。なー、ピケルちゃん?」
「えっと……」
迷いを見せるピケルを冒険者が睨みつける。
「そうだよなぁ?」
「……はい」
……ようやく合点がいった。
ピケルがこれほど良質な商品を提供しているにも関わらず、どうして借金まみれになったのか。
「じゃあなピケルちゃん!」
「また来るぜー」
「ウェェェイッ!」
なにやら騒ぎながら冒険者たちは店を出ていった。
店主が問題にしないなら、部外者の俺はこれ以上の介入ができない。
「ピケル」
俺に名を呼ばれたドワーフの少女がびくっと肩を震わせる。
「俺は君が望むことをしたい。だが、君が望まないなら俺には何もできない。本当にこのままで済ますつもりか? せっかく店を再開できたのに、あんな連中に食い物にされ続けていいのか? 君が一歩を踏み出さなければ何も変わらない。再出発しても、同じことの繰り返しになるんだぞ?」
ピケルが悲痛な表情を浮かべたまま、下を向く。
「……わたしは、ドワーフですから。人間の国のエルメシアでは、我慢するしかないんです。番兵に通報したって相手にしてもらえないんですから……」
「なるほどな」
ならば、どうしてエルメシアで店を開いているのか。
そういう疑問が浮かぶが、わざわざ聞く必要はない。
当然のようにドワーフの共同体でうまくやれなかった理由があるはずだし、望んでこうなったはずもない。
そう、だから――
「君の言い分は理解した。だが、そんな理屈はクソ喰らえだ!」
今日の俺は『我欲』に従う。
「君にも悲しい過去があるのだろう。他人に言えない背景があるのだろう。だが、俺の知ったことではない! 君は大切な友人が紹介してくれた知人であり、ウィスリーに笑顔をくれた恩人でもある。俺にとっては、それがすべてだ。だから教えてくれ。君はこれからどうなりたいんだ!」
ピケルが呆然と俺を見上げてくる。
驚かせてしまっただろうか?
語気を荒らげたことを反省して、今度はできるだけ優しく語りかける。
「頼む、ピケル。言ってくれなければ何もわからないんだ」
ピケルが再び俯き、何かを堪えるように口を引き結んだ。
そしてまた顔を上げてから、涙目で俺に訴える。
「鍛冶屋として、普通にお店を経営したいです。ただ、普通に……」
それは、あまりにも当たり前で、ちっぽけな願い。
そんな願いすら請わなければ叶わないほど、ピケルの現状はひっ迫している。
「ううっ……助けて、ください。助けて……」
ピケルがぼろぼろと泣き始めた。
女性を泣かせる行為は悪である。
この場合に泣かせたのは俺なのか、あるいは――
「いいだろう。君の心からの願い、確かに聞き届けた」
社会において弱者は搾取される運命だ。
特にピケルのように内気な獲物は不平不満すら口にできない。
家畜のように手足をもがれ、調理され、皿に並ぶが常である。
で? それがどうした。
ピケルを助けたいと願う俺には、まったくこれっぽっちも関係のない話だ。
「俺にいい考えがある」
そう言って俺は次元倉庫から金貨の入った袋を取り出した。




