第108話 太陽炉心
次の日の朝、我々はピケルの待つ鍛冶屋『太陽炉心』にやってきた。
今日がウィスリーの武器が完成するという約束の日だ。
「ご主人さま! あちし覚えてるよ! 扉は静かにゆっくり開けるんだよね!」
「偉いぞウィスリー。君は本当に物覚えがいいな」
「にへへー」
頭を撫でてやるとウィスリーが幸せにそうな顔になる。
「何よ、そのくらいだったら別にあたしだって……」
シエリがちょっぴり羨ましそうに見つめてくる。
「わかっているとも。シエリはいつも頑張っているしな」
「そ、そう? えへへへへ……」
照れたシエリのことも撫でてやると、天にも昇りそうな表情を浮かべた。
もはや迷いはない。
俺がしてあげたいことの中から、彼女たちがして欲しそうな行為を平等に実行する。
これからはふたりの満足度を上げて『ごしゅなか』を仲良しパーティにしてみせるぞ!
「よし。では扉を頼んだぞ、ウィスリー」
「あーい! ごめんくだ――」
ウィスリーが小声でささやきながら扉を開けた瞬間。
カン、カン、カン、カン!
一定のリズムを刻む小気味良い金属音が耳朶を打った。
ウィスリーの声もかき消されてしまう。
声が通りそうもないので仕方なく入ってみると、店の奥で店主のピケルが金床の上に置いた刀剣に向かって一心不乱に槌をふるっていた。
ドワーフ特有の浅黒い肌から流れる汗がキラキラと玉みたく散っていく。
「あ、みなさん!」
こちらに気づいたピケルがドワーフ製の対閃光バイザーを額にずらして顔を上げた。
「すまない、作業中だったか」
「いえいえ、ちょうどいいタイミングでした!」
ピケルがにこやかに笑いかけてくれる。
かつての憂い顔が嘘のように晴れやかだった。
「前に来たときよりだいぶ暑いな」
二週間前の『太陽炉心』は寒々としていたが、炉に炎が灯ったことで店内に熱気がこもっている。
これが『太陽炉心』本来の姿なのだろう。
「す、すみません。換気はしてるんですが……」
「いやいや。炉もしっかり稼働しているようで何よりだ」
「はい! おかげさまで何とか持ち直せました!」
「あちしの武器はー!?」
待ちきれなくなったウィスリーが目を輝かせてピケルを催促する。
「もう仕上がってますよ! こちらです!」
案内された先では大層立派なグレートソードが台の上に置かれていた。
「ひょーっ、すっご! かっこいい!!」
「よかったです! 久々に気合が入っちゃいました!」
大剣に装飾はほとんどない。
質実剛健な作りだから、俺にはどのあたりがウィスリーの琴線に触れたかよくわからない。
ウィスリーの体格に合わせて刀身はやや短いが、トータルバランスは従来品に比べて良くなっている……気がする。
駄目だな。
戦士系のクラスでない俺には武器の良し悪しはそこまでよくわからない。
シエリも同じような感想を懐いたらしく、俺の隣で首を傾げている。
「持ってみてもいい!?」
ウィスリーが期待に胸弾ませた声でピケルに訊ねる。
「どうぞどうぞ! 料金はいただいてますから、もうウィスリーさんのものですよ!」
ピケルの言葉がよっぽど嬉しかったのか、ウィスリーはわくわく顔で剣の持ち手を掴んで、ゆっくりとかまえた。
「ふぉぉぉ……!」
ウィスリーが興奮した様子でこちらを振り返る。
「ご主人さま、あちしこれ振ってみたい!!」
「さすがに店内ではな。ピケル、どこかいい場所はないか」
「そちらの扉をくぐった先が裏庭になってます。試し斬り用の案山子も用意してありますよ!」
「だ、そうだ。気が済むまで振ってきなさい」
ウィスリーが「あーい!」と元気いっぱいの返事をしてからてててっと裏庭に向かった。
主人として、俺がそばにいてやるべきなのかもしれないが……。
「シエリ、ウィスリーについててやってくれ。俺は少しピケルと話をする」
「ん、わかったわ」
わりかし普通に請け負ってくれたシエリがウィスリーを追いかけていく。
「えっと、わたしに話ってなんでしょうか?」
ピケルがきょとんとした顔で見上げてきた。
「君の近況が気になってな。何か困ったことは起きてないか?」
「いえいえ! あれから借金取りも来ないですし! それにみなさんを最初のお客様にするつもりでしたから、なんにも起きてません!」
確かに店内には既にさまざまな商品が並んでいる。
再開しようと思えばいつでもできただろうに、ウィスリーの武器の完成まで待っていてくれてたんだな。
「もう大丈夫そうだな。これからも何か困ったことがあったら遠慮なく相談を――」
店の扉がバターン! と乱暴に開け放たれたのは、そう言いかけたときだった。
「クヒヒ、やってるねぇピケルちゃ〜ん」
「俺等みたいな貧乏人には再開助かるぅー!」
「ウェェェイ!」
ぞろぞろと六人組の冒険者が無遠慮に入ってくる。
どうやら旧知の客のようだが……?
「あ、あああっ……」
冒険者たちの顔を見たピケルがかつてのような怯え顔になったのを見て、すべてを察した。
「なるほどな……前言は撤回しよう。まだ大丈夫ではなさそうだ」
冒険者たちの動きを注視しながら、俺は手袋をキュッと締め直した。




