第105話 女という生き物
「……へ?」
猫耳師匠の目が点になる。
「君は特定分野において俺のはるか先をゆく者だ。師と呼ばせてほしい」
「え? あ、いや……え?」
混乱している猫耳師匠に次元倉庫から取り出したアイテムを手渡す。
「これは通話のピアスだ。以後、これを使って連絡を取り合いたい」
「待つ待つ待つニャ! こんな高価なアイテムを赤の他人のミーに渡しちゃ駄目ニャ!」
「相談に乗ってもらうたびにピアスの売却価格がはした金に思える程度の報酬を用意する。今後は相談料として望みの額を言ってくれ」
俺の本気が伝わったのか、猫耳師匠がため息を吐いた。
「えっと……なんか知らないけど、わかったニャ。これからも相談に乗ってあげるニャ……」
猫耳師匠はしばし啞然としていたが、ふと天井を見上げてぽつりと何かを呟く。
「……あっしは師と仰がれるより主人になって欲しかったんスけどねぇ」
「何か言ったか?」
「なんでもないニャ!!」
俺に指摘されると猫耳師匠はダラダラと冷や汗を流すのだった。
◇ ◇ ◇
ひとまず行動指針が固まった。
「ふたりが許してくれるまで現状のまま辛抱するしかないな」
やはりハーレムなんて俺には早すぎたのだ。
皆が幸せになる道を模索したはずが、俺の不勉強からややこしい事態になってしまった。
――「ふたりにはたぶん嫌われてないし、今は結論を急いじゃ駄目ニャン。あとミーの意見だけを鵜呑みにしないでいろんな人に相談したほうがいいニャン」
という猫耳師匠の訓示に従い、俺は別の視点と意見を求めて十三支部に向かう。
酒場に目的の人物たちがいるのを確認してからまっすぐ直行した。
「すまん。この場は奢るので今すぐ助けてくれ」
「ちょっ、アーカンソー様っ!?」
目的の人物――レダたちに頭を下げると、ものすごく慌てられた。
彼女たちが俺のことを避けようとしているのは理解しているが、なりふり構ってはいられない。
「前にも話したとおり恋愛に関する相談に乗ってほしい」
「と、とりあえず座ってください」
三人娘は互いに顔を見合わせた後、俺に席を勧めてくる。
こちらが着席するとレダが口火を切った。
「フワルルから聞いてます。とりあえず詳しく聞かせてください」
レダたちにも猫耳師匠のときと同じ話をする。
最後の方は注文した酒をグビグビ飲んでいたから、どうにも愚痴っぽくなってしまった。
「もう俺はどうすればいいのかわからない……」
「ふええ、あたしのせいでホントにすみません〜」
ハーレム発言のきっかけになったフワルルが涙目で謝罪してくる。
「気にしないでくれ。それで、どうだろう。俺は嫌われてると思うか? もしかしてふたりに追放されたりは……」
俺が最も恐れる可能性を聞いてみる。
「それはないですね」
「ふたりともアーカンソー様のこと大好きですよ〜!」
「そもそもリーダーを追放なんてありえないし。アーカンソー様ってばネガティブ過ぎ!」
全員が否定してくれたので、ほんの少し心が軽くなった。
「いつもの癖で最悪の可能性を考えてしまうんだ。すぐに対処できる問題ならいいんだが、今回みたいなケースはまったく想定していなかった……」
追加の酒を飲み干すと胸を苛む不安が少しだけ軽くなる。
三人娘は互いに頷き合ってからレダが代表して口を開いた。
「アーカンソー様は悲観してらっしゃいますけど、今の話の中に嫌われてないって断言できる理由があるんですよ」
「それは本当か!?」
レダだけでなくフワルルとアーシもコクコク頷いている。
三人の意見が一致しているということは、かなり確度の高い情報ということか。
「はい。シエリとウィスリーの接近がまさにそれです。男性のアーカンソー様からするとわかりにくいかもしれないですけど、女子って同じコミュニティの中では極力仲良くしようとする生き物なんですよ。心の中でどう思っていようと、少なくとも表面上は」
「そうなのか」
「そうなんです。シエリがウィスリーに好かれようと努力を始めたのはハーレムに備えた行動だと思います。アーカンソー様を嫌っていたらそんなことしなくていいはずなんです」
こういう理詰めで来られると思わず納得しそうになるな。
「シエリがウィスリーを好きになったから俺の方が不要になったという可能性は?」
レダが「絶対にないです」と首を振る。
「いくらなんでもシエリの気持ちを軽く見積もりすぎかと。あの子、わたしとアーシに凄まじい啖呵を切ってきましたからね」
「あれはマジでビビったし。アーカンソー様、愛され過ぎ!」
「ふむ……つまり、俺はハブにされたわけではないと」
確かに俺にあれだけ執着していたシエリが今更離れるとは考えづらいか。
あの子は『はじまりの旅団』を抜けて、十三支部のリスクまで背負って俺のところに来た。
今のは確かにシエリの決意を侮辱する発言だった。猛省せねばな……。
「……つまりシエリが俺のことをハーレム願望賢者と囃し立ててくるのは、ハーレムに反対しているからではないと?」
「ですね。女は人間関係を円滑に保つためなら割と平気で嘘吐くんで、言ってることを額面どおりに受け取り過ぎると馬鹿を見ますよ」
日常的に真実語りをかけて会話しろというのか?
いや、さすがにそういう意味ではないよな。
「それに女は感情と打算の生き物なんで、合理的に対処できると思わないほうがいいです」
レダのこの発言は俺にとって死刑宣告にも等しかった。
それが事実なら俺に女心が理解できる日は永遠にやってこない。
しかし、逆にそこまで言われれば女心を『無秩序な変数』と割り切ることはできそうだ。
「女は感情と打算の生き物、か」
俺は感情と行動を可能な限り切り離すよう心がけている。
感情に行動を支配されたときのリスクがあまりにも高いからだ。
それは猫耳師匠が錯乱する俺を見るに見かねて声掛けしたことからも明らかである。
しかし、感情に身を任せる人間が意外と多いのは学習済みだし、対人戦における挑発行為は極めて有効な戦術だ。
女性が男性より感情を優先するなら、そこはしっかり計算に入れておくべきだろう。
それに打算なら読める。
打算は合理的だからだ。
そこに至る感情過程が理解できなくとも、最終的な目的さえ推測できれば対策はいくらか立てられる。
「ありがとう。ほんの少しだが光明が見えてきた。今後も力になってくれると助かる」
三人娘に改めて頭を下げた。
「いえいえ! わたしたちなんかがお役に立てたなら本当に嬉しいです! これからもアーカンソー様のことを全力で応援します! あくまで陰ながら!」
「そうだね〜! あたしたちが顔出すと、ややこしくなると思うから〜」
レダとフワルルが笑顔で応えてくれる。
しかし、アーシだけは思うところがあるようで「うーん」と考え込んでいた。
「アーカンソー様、ひとつ聞いていいし?」
「ああ、いいとも。なんでも聞いてくれ」
俺はこの安請け合いをすぐ後悔することになった。
アーシが目を輝かせて聞いてくる。
「アーカンソー様は……ウィスリーとシエリ、どっちが好きだし?」




