1-4.サキュバスに衣服を着せるのは間違っているのか
ニュムと生活してから、ちょうど一週間が経とうとしていた。僕の仕事は、概ね問題なく進んでいた。ニュムがやってくれた仕事はとても丁寧で、間違いなく僕がやっていたこと(と、間違いなく同じ)だった。ミラーリング、恐るべし。
ぱたぱた…
ニュムは買い物に出たり、家のことをそつなくこなしていた。だが、一つ気になる点がある。普通に装っているが、ニュムは未だに
「なあ、なんでずっと裸エプロンでいるんだ?」
最初からずっと、裸エプロンのままだった。最低限、最低限か?僕だって服を着ているし、僕だって男だ。四六時中裸エプロンのニュムが歩き周っていると、さすがに気になるし、その…
「流石に目のやり場に困る。」
「そういえばそうでしたね、板についてきたのですっかり忘れていました。」
「作画コスト?」
「…なんか言いましたか?」
「ほら、これ適当に着て。」
流石に服を買いに行く服がないのも困るので、僕の服を何着か用意した。Tシャツにジーンズ、そしてパーカーだ。
「わぁ、これお洋服ですね!」
そ、それはそう。
「ニュムにはちょっとサイズ的にキツイかもしれないけど、これ着てさっさと服を買いに行こう。こっちの身が持たない。」
「裸エプロン嫌いですか?」
「そうじゃない!人間的にしろって言ってんの!」
ちょっとしゅんとしたニュムを横目に、僕は着用を催促し、やっと着替えが終わった。スタイルがいいのもあって、似合うなぁと、思った。僕の服、ウニクロで買ってきただけなんだけどなあ。
はてさて、二人で出かけるのはこれが初めて。そもそも、僕が女の子と出かけるなんて考えたことないな。
「とりあえず服とか雑貨買おうか、必要なものは沢山あるでしょ。何買う?」
「わー、ここがウニクロですか!?」
「話聞いて。」
僕たちは、大型のウニクロにやってきた。ウニクロ(UNICLO)は、ユニバーサルクローザーの略称で、大型のショッピングモールだ。衣料品から家電、医薬品も取り揃える庶民の憩いの場だ。家から少し離れているためあまり来ないのだが、ここなら必要なものは大抵揃う。
「とりあえず服買おうか。」
「はいです!」
ーーーーーしばらくして。
「ふぅー、やっと服買い終わったな。」
僕は荷物持ちとして、最善を尽くしていた。両手に荷物、紙袋計10袋。
ニュムは、自販機で買ったお茶をこくこくと飲んでいた。
「はい、ありがとうございます!なんかたくさん買ってしまってすいません。」
「いや、家事全部任せちゃったし、この前は仕事も手伝ってもらった。これくらいは、逆にしないとよくないよ。あのときはありがとうな。」
「いえ、慣れないエーテルを当ててしまったらああなりますよ。私の催眠能力は低いので4日ですみましたけど、もっと普通のサキュバスであれば、いつまで寝てたかわかりませんよ。」
「え、ずっと寝続けることもあるの?」
「本来であれば、術を解くことができるんですが、私は落ちこぼれなので、その…。術を解くことが出来ないんです。」
遠い目をしながらニュムは言った。申し訳無さそうな顔をしている。そうか、ぼくは運が良かっただけなのか。
「…でもほら、目がちゃんと覚めてよかったじゃん。…因みになんだけど、最長でどれくらい眠り続ける予定だった?」
「2週間…くらいですかね…」
「起きられてよかったけど、2週間は流石に怖い!」
「「ただいま。」です。」
僕たちは、大荷物を抱えて帰ってきた。衣服に下着、食器などほんとにたくさん買ってきた。食材は後でニュムが買いに行くと言っていたので省略、流石にもう持ちきれなかったし。
「さて、さっそくやりましょうか。」
買ってきた衣服類をゴソゴソと、ニュムは漁りだした。
「片付けなら手伝うよ。」
「いえ、服を買ってきたなら、することは一つです!」
ニュムはワンピースを取り出し、体に合わせる。にっこりと笑ったニュムは一言。
「ファッションショーです!!!」
迂闊だった。ニュムが、ただのいち人間だったら、ファッションショーをやられたところで何も問題ない。むしろ嬉しいからもっとやって欲しいまである。だが、相手が悪かった。ニュムは、こう見えて、いや、本当にサキュバスなんだと痛感した。
「どうですか?似合ってますか?」
シャラランと擬音がつきそうなくらいに、ニュムは、可愛かった。まるで、聖女のような、そんな気さえする。でも猛烈に感性を刺激される、この、なんとも言い難い感覚はなんだ?苦しいような、それでいて気持ちがいいような。
「どうしました?…もしかして、似合ってないですか?」
「ま、馬子にも衣装だなっ!」
「もー、ひどいです」
ぷんぷん怒るニュムには悪いが、この絵も言われぬ感覚を説明するのは難しく、言うのも恥ずかしい。そんな僕のぎこちない対応を見るや、ニュムは慌てて
「わっ、そうでした!」
と急に自分を近くに置いてあった掛け布団ですっぽり隠した。
「ど、どうしたんだよ」
「わ、私、また暴発したみたいです!多分、魅惑が発動したみたいですっ」
お布団マンは、慌てたように言った。これも、エーテル的なやつが悪さしているのか?
「それは、エーテルが悪さしてる感じのやつなのか?」
「そうです!ウキウキでファッションショーなんてやったから、魅惑が発動して、それで!」
「わかった、わかったから落ち着いてくれ。大丈夫、これくらいなら大丈夫だから」
「と、とりあえず裸エプロンに戻りますから。」
「それはそれで問題あるから!」
ニュムの、いや、サキュバスの魅惑は聞いたことがある。本来なら、相手を魅了して術にかかりやすくするために用いる手段だろう。だが、ニュムは『落ちこぼれ』サキュバスだ。自分を制御するのが苦手なニュムのことだから、感情が昂ると何かしらに影響が出るようだ。今回は、魅惑が出てしまったというわけか。
僕は、ほっと胸を撫で下ろした。だって、こんな気持ち、まるで恋に落ちるかのようだった。したことはないけれど。そんな、なんともいえない気持ちにされたのだ。危うく…、その。好きになってたかもしれない。そりゃ、ニュムは十分可愛い。でも、急速に、僕の気持ちが先行していった。それは、紛れもなく、魅惑にかかったということだ。
暫く経っても、お布団マンことニュムは、その鎧を脱ぐことはなかった。話しかけても、
「だ、大丈夫ですから!危ないので離れていてください!」
の一点張りで、動こうとしなかった。僕もこれには、どうすることもできない。隅っこ暮らしのお布団マンは、頑なに要塞を守っていた。だが、要塞は攻略しなければならない。このままぎこちない雰囲気のまま過ごすなんて、そんなの悲しすぎる。
「ニュム、もう暫く経ったよ。出ておいで。」
「だって!また魅惑が暴発するかもしれないです!出られるわけないじゃないのですか!」
「ニュム。」
僕は、要塞に踏み込んだ。頭があるであろうてっぺんを優しく撫で、そして抱きしめた。
「あなた、何を。」
「いいから、そのままで聞いて。」
暴れようとしたニュムを、力で抑え込み、僕は続けた。
「大丈夫、今日はたまたま浮かれてたから、暴発しただけだろ。だって、この一週間、僕はニュムの魅惑にかかったことは一度もなかった。だから、ニュムの魅惑は、感情の昂りによって暴発したんだと思う。これさえ理解していれば、ニュムはもう大丈夫だ。いいかい、ニュムはいつも通りに振る舞う。僕はそれを、いつも通りに受ける。それだけでいいんだ。だから、もう心配いらないよ。」
僕は、優しくニュムを、改めて抱きしめた。頭を撫でて、落ち着かせる。だって、ニュムが一生お布団マンになっているのは、耐えられないから。
ニュムを可愛いと思うのも、もしかしたら魅惑の影響かもしれない。だからってニュムの存在に、否定的ではいけないと思った。僕は、ニュムには息災でいてほしい。我慢して欲しくない。
堅牢な城門を、ゆっくりこじ開ける。そこには、今にも泣きそうな、一人のサキュバスがいた。
「ほら、その。一緒に、頑張ろう。」
手を差し出し、ニュムに向ける。僕の手を、おずおずと取るニュム。ダムが決壊したのか、ニュムは笑いながら泣いていた。
「…こんな私でも、いいですか?」
「そんなニュムだから、いいんじゃないか。」
ああ、魅惑でもなんでもいい。僕はこの瞬間、ニュムがとても可愛く、愛おしくなった。