1-3.サキュバスに仕事をさせるのは間違っているのだろうか
眩しい、僕は窓を見るとカーテンが空いている事に気づいた。朝、なのか。
そうか、僕はニュムを引き止め、再契約をしたんだ。その後、突然視界が歪んで、それで、それからどうしたんだ?
「あ、目が覚めましたか?おはようございます。」
扉が開くと、裸エプロンのサキュバス――ニュムがそこにいた。昨日と姿は変わっていない。赤い髪の毛が日に当たり、まばゆい光を放っている。…おかしい、僕は居間で意識を失ったはず。
「お部屋が多いから、寝室がどこかわからなくて困りましたよ。すぐ見つかりましたけど。あなた、思ったより重いんですね。」
「余計なこと言わないの。」
僕は、そりゃ一般男性だし?筋肉も程々にあるし?なにせ脱力してたわけだから重いに決まってる。でも、
「どうやって運んだんだ?擦り傷とか、ないみたいだし、引きずったわけでもなさそうだけど。」
ニュムは、堂々とした態度で背中を向いた。
「運びましたよ、これでね。」
背中から翼が出てきた。出てきたというか、隠していた?最初会ったときは、翼なんてなかったのに。
「私、ちょっとの間はサキュバスの超能力が使えるんです。ほんの5分くらいですけど、それで、所謂念力?で運びました。ことわり的にいうとエーテルと言うんですけれど。」
サキュバスすげー。そんな事もできるのか、何でもありだな…。
「ありがとう、ニュム。おかげでよく眠れた気がする。ちなみに、今日はいつ?」
「私はスマートスピーカーじゃないですよ、なんて聞き方を。…ええっと、今日は―」
ニュムは、スマホを取り出して確認していた。夜が明けて朝だから、多分今日は休みの日だ。しかし、ニュムは淡々と言った。
「今日は平日ですよ。あなた、4日起きてこなかったんですよ。」
「よ、4日!?何で起こしてくれなかったんだ!?」
僕は思わず腰を抜かしながら、ニュムに言った。だって、さっきの出来事だよな…。普通目が覚めるとしたら翌日だろ。嘘だろ…。
ニュムは少々困った顔をして、でも優しい顔をして続ける。
「私のエーテルに当てられたんでしょう、普通の人間なら無理もないですよ。弱いエーテルとはいえ、普段浴びないものを浴びたんですから。安心してください、あなたの仕事――」
「そうなんだよ!仕事、仕事しなきゃ。」
僕は慌ててベッドから転がった、すごい勢いで。
「いてっ。」
タイミングが悪かった。僕の請け負っている仕事、今、やばいくらい佳境なのだ。それを4日も空けているとなると、無断欠勤だとなると、かなりやばい。これは始末書どころの騒ぎじゃ済まない。僕しかできない仕事が多いから、会社はパニックになっているに違いない。どうしようどうしよう。
焦る僕を見て、ニュムが手を差し出してくれた。僕はニュムの手を取ると、ものすごい勢いで飛び起きる。
「お、落ち着いてください!仕事は、やっておいたので!!!」
「…は?」
僕は、今何を聞いた?『仕事はやっておいた』って言ったのか?
「ニュムごめん、『仕事はやっておいた』って部分が聞き取れなかったんだけど。」
「聞き取れてるじゃないですか!!!」
「な、なんで…」
恐る恐る書斎の扉を開けた僕の目に留まったのは、電源の入っているパソコン、メモ取り用のホワイトボード、そして、4日前にやろうと思っておいていた書類の整理されたデスクだった。
「なんでできてるの…?」
後ろからおずおずとニュムがこちらを見ている。これ、全部ニュムが一人でやったのか…?
「にゅ、ニュム?状況を説明してくれるかな。」
「はい。もちろんですよ。」
「私には、ミラーリングという能力があります。これは、相手の脳似直接語りかけることによってでも発動します。寝ているあなたの脳をちょっとだけ、ほんのちょっとだけ見せてもらいました。仕事の部分だけですよ、プライベートな部分は見てないですよ?」
ミラーリング、心理学用語ではよく聞く言葉ではある。相手の行動、言動を真似て作業を行うことらしいが、まさか能力として持っているなんて。
このサキュバス、弱いと言っていたけれど、チート能力では?
「なので、あなたのタスクは全部頭に入れて、業務を行いました。ちゃんと残業なしですよ。えらいので。」
えらすぎる。
「つまり、え、ほんとに、仕事しちゃったの?僕の業務内容結構ハードだよ?」
「承知してますよ、エンジニアの方だったんですよね。すごいなー。…こういうのは初めてでしたが、私のエーテルに当てられた影響で業務に差し支えが出ては、私も困っちゃいますから。やってみました。」
「やってみましたって。」
そんな簡単にやられちゃあ、僕の頑張りがなんか虚しくなるなぁ。ともかく、僕の一番の心配だった仕事は概ね終わっているようで。
「あとは最終確認だけお願いしたいなと思っていました。職場の方には、具合が悪いから通話はできないが仕事はやるってお伝えしておいたので。」
アフターケアもばっちりかよ!?
ニュムがやってくれていた仕事を確認したが、概ね問題なくできていた。僕の手癖の部分はどうやっても真似できなかったようで、そこをちょこっと手直しするぐらいで、それだけで、あとは本当に問題がなかった。会社とのチャットを見たが、懇切丁寧な敬語であったし、電話がかかってきた痕跡もあったが、どうやら取らないでチャット対応していたらしい。成り代わり、ミラーリング、すごいな。
「…送信、と。」
会社にブツを送信して、僕は深い溜め息をついた。確認作業中、ニュムは
「家事がまだ残っていますので、終わったら声をかけてくださいね」
とだけ告げると、そそくさと家事に戻っていった。仕事までして、尚且家事もするっていうのかい。ニュム、やりすぎだよ…。
「僕も、て、手伝うよ。」
僕は一目散にニュムのもとへ走った。そして、なにか手伝うことはないのかと、聞いてみた。でも、ニュムは笑って言った。
「大丈夫ですよ、お仕事お疲れさまでした。ささ、もう晩御飯できますから、座ってください。」
「え、もう晩御飯…うそだろ、もう夜じゃないか。」
「そうですよ、随分熱中されていたみたいなので、お昼御飯を晩御飯に切り替えておきました。ささ、座って座って。」
促されちゃぶ台に座ると、ニュムは作っておいた様々な品々を用意し始めた。漬物、鍋、副菜、そしてご飯。
「今日は冷えるらしいですから、お鍋にしました。買い物に行ったら、ちょうどよいお肉があったものですから。」
「その格好で外に出たのか!?」
「はい、ですが一応エーテルで視界制御をしておきましたので、他の方の気にとまることはなかったですよ。」
そんなこともできるの?サキュバス逆に何ならできないの???
「では食べましょうか、はい、取り分けたお皿ですよ。」
差し出された鍋の皿を、僕は取った。なんだか、申し訳無さが先行してきた。僕、今日お仕事全然やってないよ、呑気にご飯べていいの…?
「では、神に感謝して。」
神…、そうか。ニュムがサキュバスとして存在するならば、神もまた、存在する可能性があるってことだよな…。ニュムは手を合わせ神に祈っている。ぼ、僕もやっておくか。感謝感謝。
「「いただきます」」