1-2.サキュバスは家事をそつなくこなせるのか
「す、すごい」
僕は甘く見ていた、サキュバスだから、淫魔だと誤認していたから、家事なんてできないと高をくくっていたから。ニュムは、家政婦さながらにすべての事柄をテンポ良くこなしていた。僕がおせんべいの袋を全部食べ終わる頃には、洗濯機も回し、ゴミも片付け、シンクもピカピカになっていた。このサキュバス、できる。
「はい、あとは洗濯物を干すだけですね。」
パンパンと、エプロンを直しているニュム。ニュムの体には、汚れ一つない。汗すらかかずに、テキパキとこなしていたのだ。僕なら汚部屋だったここを掃除するのにおおよそ4日かかるだろう。
「思った以上、いや、何でそんな簡単にやってのけるの。」
開いた口が塞がらない僕を横目に、ニュムは洗濯物を干していく。これじゃあ家政婦ってより、給仕係のメイドだ。しかも熟練の。
「家事全般は、女にとっては大事なところですから。これくらいは、なんてことないですよ。」
「いや、でも君サキュバスじゃん。サキュバスが家事するなんて、僕が言っちゃあなんだけどありえないよ。」
「それはサキュバスを過小評価しているのか、私を過小評価しているのかわかりかねますね。」
はぁ、とため息まじりにいうニュムは、続けて言った。
「…まぁ私は、サキュバスとしてはとても弱い立場なんですよね。」
ベッドシーツをパンパンと干しながら、ニュムは漏らす。
「”サキュバスとしては弱い”ってどういうこと?」
「そのままの意味ですよ、私は、人間により近い状態のサキュバスなんです。」
ジャっとカーテンを閉め、ため息交じりにそういうと、ニュムは僕の前に座った。
「本来のサキュバスは、相手から夢を得て糧にしますよね。私はそれが難しい、苦手なんです。だから人間の欲の部分で解消する必要があるわけです。だから私は、人間の行動はだいたい得意なんですよ。」
ニュムは、自分の胸に手を当てながら切々と話す。つまるところ、ニュムは、僕らと何も変わらないってこと、ただサキュバスだってだけで、見た目が変わるってだけのただの一人の女の子ってことだった。
「じゃあ、僕がその、途方も無い夢の話をしていたら、君はどうしていたんだ?」
「私は消滅していたかもしれませんね」
ニュムは、とても嫌そうな顔をして、ただ、言った。
「私は、落ちこぼれのサキュバスなので、夢を食べる、ということがそもそも困難なんです。魅惑の力が弱いんですよ。だから、相手の夢や希望を物理的に叶えて、その希望のかけらを糧にします。…こんなの、サキュバスとしてはおかしい話なんですけれど、私が存在するためには仕方ないことなんですよ。拠り所もなければ、帰る場所もない、そんな、落ちこぼれのサキュバス、それが私です。」
大丈夫です!と笑っていたニュムの顔は、とても満面の笑みを浮かべているわけでもなく、ただただ、自分に大丈夫と言い聞かせいたように見えた。それが、とても許せなかった。
「では、私は家事を終えたので任は解かれました。早々に失礼します。」
立ち上がって、光を放つニュム。このまま、行かせちゃ、ダメだ。
「えっ」
僕は、とっさに手を掴んだ。消えそうになるニュムの手を、しっかり掴んだ。驚きを隠しきれないニュムは、光を放つのをやめた。
「な、なんで止めるんですか。もう契約は果たされましたし、私ももう大丈夫ですから。」
「そんなのだめだ!」
今ここで、ニュムの手を離しちゃダメだ。僕の心のなかで、なにかが動いた気がした。
「ニュム、し、暫くうちで家のことをしてくれ。他のところになんか行くな!」
困惑するニュム、手を振り払おうとするが、僕は決して手を離さなかった。離したらダメだ、離したら、ニュムは―――
「だから、行くな!」
「――――では、改めて問います。あなたの望みは何ですか?」
「僕と、一緒にいてほしい。」
僕は、そんなくさいセリフを、裸エプロンのサキュバスに、言った。