第八十九話「無属性の闇」
イル先生の家の訪問を終えた俺とアイリスは、街にあるレストランで、一度食事をすることにした。
「どうでしたかっ?イルさんに会ってみてっ」
「そうだな、久しぶりに会えた感動はあったけど、最後に秘密を抱えてると直接言われては、モヤモヤが残ったままだな。アイリスは何か知ってるか?」
「いえ、私も分かりません・・・・・・。あの人がどうして色々なことを知っているのか、全くの謎ですっ」
アイリスにも分からないらしい。
アイリスだって結構様々なことを知っている方だが、さすがに全てを知っているというわけではないか。
「なあ、アイリスは何で世界の真実を知ってたんだ?」
「私、ですかっ?」
「ああ」
アイリスもそうだ。
精霊のことだって知ってるし、光の精霊の場所だって知っていたし、世界の真実だって知っている。
いつもははぐらかされてしまうが、今の雰囲気なら正直に話してくれるんじゃないだろうか。
「私、実はすごく長生きなんですっ。それこそ、人族と魔族が生族だった百二十年前も生きてました。長生きだから、人族と魔族になった経緯も知ってますし、光の精霊も出会う機会があったから、場所も知っていましたっ」
アイリスは真剣な面持ちで語る。
だが、どうも違和感を感じる部分がある。
「待てよ、ヒカリンはアイリスとかいうのは知らないって言っていたが、どういうことなんだ?」
「そ、そうなんです。えーと、言葉の綾というか、何というか・・・・・・。とにかく、長生きだから、精霊の居場所も聞いたことあるって感じですっ」
アイリスは慌てた様子で、破茶滅茶なことを言いだす。
「つまり、話せないことがあるということか」
「はい・・・・・・」
アイリスは申し訳なさそうにする。
まあ、今に始まったことじゃないから、あまり気にしてはいないが。
「まあ、俺も色んな奴に秘密にしていることだってあるしな・・・・・・」
「その、超上会の女の人が言ってた話ですかっ?」
「そう、だな・・・・・・」
アイリスはおそらくサノンのことを言っているだろう。
サノンは俺が殺した一人の妹だった。
そして、俺が人殺しということを暴露した。
アイリスはどう思っているのだろうか。
「お待たせしましたー!」
絶妙に悪いタイミングで、二人の料理が運ばれてきた。
海に面した街なので、俺は魚の煮付けを頼んだ。
アイリスは海鮮パスタを頼んでいる。
「い、いただきますっ」
「いただきます」
とりあえず、目の前の食事に手をつけることにした。
魚には濃い味がしっかりと染みている。
その柔らかい身は、口の中に入れるとほろほろと崩れている。
それもまた、口全体へと味を渡らせ、香ばしい香りは鼻を通り抜けていく。
なかなか悪くない。
アイリスもフォークを手に、クルクルと回して、パスタ麺をフォークに絡ませて、口に運んでいた。
「あ、美味しい・・・・・・」
美味しいとは言うものの、顔はイマイチ暗い顔だった。
「どうだ?自分の主人が人殺しだった感想は?」
俺の意地悪い問いに、アイリスはフォークを止め、しばし沈黙を続ける。
少しした後、アイリスは口を開いた。
「魔族だって、色々命を奪ってきていますっ。人族が人族を殺したとしても、それが悪いと断定することは、ないですっ」
アイリスは一言一言、言葉を選ぶように、慎重に話す。
その様子は、まるで真意を隠すかのように、怯えた話し方にも聞こえる。
「もしかして、これも知っていたのか?」
「はい・・・・・・」
アイリスは相変わらず申し訳なさげな表情だった。
半ば当てずっぽうで聞いてみたが、どうやら俺が人殺しだと既に知っていたらしい。
普通ならこの話題に既に触れてそうなものだが、わざと口にしなかったのは、俺が話題にされたくないだろうという理由でなく、自身の身を守るためだったのだろうか。
別にイラつきはしないが、少々がっかりな気持ちにはなってしまう。
「で、どこで聞いたんだ?話は」
「え、えっと・・・・・・」
アイリスは言いづらそうにしている。
「また、話せないことか?」
「いや、そういうわけではないんです・・・・・・」
「なら、話してくれ」
「は、はい・・・・・・」
アイリスは小さく息を吸って吐いた。
「あの・・・イルさんから聞きました・・・・・・」
「イル、先生が・・・・・・?」
衝撃だった。
どこからどう話を知ったのか?
超上会が俺が人殺しだと知ってるのは、まだ調査の結果ということで、把握しててもまだ理解できる。
じゃあ、アルから聞いたのか?
アルからイル先生に話して、アイリスに話が伝わったのか?
「イル先生は何で知っているんだ?アルから聞いたりしたのか?」
「いえっ、アルベルトさんが人魔和平委員会に入る前から知っていましたっ。それこそ、事が起きてすぐぐらいに・・・・・・」
背筋が凍る。
口が急激に渇いてきた。
俺は一度水を飲んだ。
分からない。
何も分からない。
イル先生は何者なんだ?
自分の好きな先生、恩師。
その人を信じていないわけではないが、あまりにも得体が知れなくて、正直恐怖してしまっている部分もある。
結局、それからお互い一言も喋ることなく、食事が終わった。




