第八十七話「温かい冷たい男」
俺はアイリスの空間移動によって、見知らぬ地へと訪れていた。
場所は港町で、ほとんど栄えてなさそうに見えるほどに、活気のない街だった。
海に面する港町は、普通はその海で取れる資源を交易品にしたり、船を使った交易のおかげで盛んであったりする。
けれど、この街の住人は皆死んだ顔をしていて、不気味な街だった。
「なんか、寂しい街だな・・・・・・」
「この街に来ると、いつもそうなんですっ」
俺の呟きに、アイリスが寂しそうに反応する。
何度も訪れているらしいアイリスによると、街の様子は今がそうなだけでなく、ずっとこんな感じらしい。
「イル先生はここに居るのか?」
「はいっ。基本的にこの街に滞在しているらしいですっ」
「わざわざこの街で?この街には何かあるのか?」
「いえっ、分かりませんっ。ただ、こういう場所が落ち着くらしいですっ」
「そうなのか」
わざわざこんな街を拠点にしている理由はよく分からない。
情報を集めるなら、もっと人の居るところでいい。
本当にこの寂しさが落ち着くからという理由だけで、ここに居るのだろうか?
アイリスが知らないのだったら、いくら考えても憶測の域を超えないだろう。
イル先生に会えるのだったら、その時に聞けばいいだけだ。
活気のない街を歩いてると、突然誰かとぶつかった。
「ああ、すみません。ぶつかってしまいまして」
「こっちもよく見て歩いてなかった。申し訳ない」
俺とぶつかった男は、申し訳なさそうに頭を下げた。
俺もそれと同じく頭を下げる。
男は金の長髪で、細身の男だった。
その病弱そうな身体は、風が吹けば吹き飛んでしまいそうだった。
「あなた、この辺りでは見かけない人ですね?」
男は俺のことを物珍しそうな顔で見る。
「ああ。今日は用事があったから訪れただけで、普段ここに来ることはない」
「そうですかそうですか!なら、僕たちのこの出会いは奇跡なのですね!この一期一会を大切に、僕たち友達になりませんか?」
「友達?」
「ええ、そうです!僕は友達って素敵だと思うんです。だって、心を許せる相手が居るって素晴らしい。辛い時も悲しい時も、友情の力があるならそれを全て乗り越えることだってできる!」
男は少し興奮した様子だった。
正直こんな奴に付き合うなんて面倒だ。
「ああ、じゃあなってやるよ。友達に」
断っていちいち変なことになるのも嫌だし、とりあえずこの場だけ適当に乗ることにした。
この街に頻繁に訪れることもないし、この男のこともすぐ忘れてしまうだろう。
「嬉しい!とっても嬉しい!それじゃ、友情の証に握手でもしよう!だって、僕たちは友達だからね」
友達になると言った途端、男は砕けた口調になり、右手を俺に差し出した。
「僕はイラトって言うんだ。よろしくね」
「俺はレイスだ。よろしく」
お互いに自己紹介をして、俺も右手を出し、握手を交わす。
「・・・・・・っ!」.
イラトの手を握った途端、急にゾクっと寒気がした。
思わず全身が震えてしまう。
だが、寒気はするけれど、握った手はとても温かかった。
それが尚更、不気味さを増してくる。
「どうしたんだい?」
「いや、何でもない」
イラトは無垢な表情で俺を見つめる。
正直、この男に少し恐怖さえ感じる。
「ああ、せっかく出会えたのに、僕はもう行かなきゃならない。悲しい悲しい・・・・・・いや、悲しくないな。また会えるって思えば、悲しいことなんてないんだ。むしろ次に会う日を心待ちにして、毎日を過ごせるんだから。そう、僕は前向きな男だからね。前向きで友達思いの優しい人間だ」
イラトはまた興奮した様子だった。
この男の狂気の片鱗が垣間見える。
「あ、ああ」
俺はその狂気の圧に気圧されて、雑な返答しかできなかった。
「それじゃ、僕はそろそろ行くよ。寂しい寂しい・・・・・・いや、寂しくない。ここは落ち着く場所だ。そんな落ち着く場所をどうか堪能してくれ」
それだけを言い残して、イラトは街の外に行ってしまった。
前言撤回、あの男のことはずっと忘れないだろう。
「あの男、誰・・・・・・?」
アイリスも神妙な面持ちだった。
「アイリスも何度かこの街に訪れているだろ?あの男を見たことはないのか?」
「ない、です・・・・・・。本当に、何者・・・?」
アイリスはひどく恐怖した様子だった。
確かにあの不気味な男は、そのオーラから恐怖を与えてくる。
温かい男だった。
もしかしたら、心優しい人間なのかもしれない。
でも、その中身は正反対に、冷えたように感じた。
氷を熱々の生地で包んだような感じだ。
「二度と会いたくないな、あいつには」
「私もです・・・・・・」
不愉快だからという理由でも無く、不利益だからという理由でも無い。
ただ恐怖の感情だけで会いたくない。
俺にとっては、そんなことはほとんどない経験だった。
気づけば、背中に汗が溜まっている。
「イル先生のところに行く前に、一度喫茶店にでも行かないか?心を落ち着かせたい」
「はいっ、了解ですっ」
俺とアイリスは喫茶店に入って、一旦心を落ち着かせることにした。
そして、さっきの男を忘れられるように、茶をゴクりと流し込んだ。




