第八十話「終結」
場を闇で覆い、幻覚を見せる技は、そもそも広範囲で試したことはほとんど無かった。
この場面で二度も成功しているのは奇跡と言っても過言では無い。
ただ当然のことだが、不慣れな大技のせいで、そう何度も使えるわけがない。
おそらく残り一回、次が最後になるだろう。
それを失敗すれば、俺には何の手も残されていない。
「殺す殺害する仕留める殺る斃す殪す殺める仆すぅっ!」
サノンの持っている杖先に、魔力の高まりを感じる。
彼女も大技を狙っているようだ。
俺は三度目の幻覚を作る。
自分の姿を消し、見られていない内に、サノンへと近づこうとする。
「イヒヒヒヒヒヒッ!」
サノンの持っている杖の先から、冷気が広がった。
すると、一帯が霧に覆われ、視界を奪われた。
だが、サノンの居る位置は既にだいたい把握してある。
俺はその方へとまっすぐ走っていく。
その位置に近づくと、霧の奥から薄らと人影が見える。
俺はその人影の捕らえるべく、後ろから腕で首を絞める。
間違いなく、首をガッチリと絞めることができた。
けれど、触れた感覚がおかしい。
明らかに人では無い感触がする。
「キヒッ」
俺の後ろから、サノンの声が聞こえてきた。
俺が捕まえていた人だと思っていたものが、パラパラと崩れ落ちる。
それは、サノンと同じ大きさで作られた土人形だった。
急いで後ろの方を向くが、もう既に遅かった。
サノンは俺の下半身へと杖を向ける。
それからまもなく、俺の腰から下は凍らされてしまった。
完全に身動きが取れず、その場から一切動けなくなってしまった。
「くそっ、最後の最後に騙しの技を使ってくるかっ!」
「イヒッ、イヒヒヒッ、アハハハハハハハ!」
サノンは嬉しそうに大声で笑う。
俺の頭上へと杖を向けて、どす黒い雲を生成した。
その雲はごろごろと音を鳴らしている。
違いない、雷雲だ。
「これでおしまいっ、オシマイっ、お終いっ、お仕舞いっ、お終了いっ、お終焉いっ、お終着いっ、お終結いっ。ヒヒッヒッヒヒヒッ!」
サノンは興奮が絶頂に達し、過呼吸になっている。
「ディザ様っ!」
アイリスが風の壁の外から、今にも泣き出しそうな顔で、俺の名前を呼ぶ。
アイリスは、俺とサノンの戦いに一切干渉できないまま、ただ見ることしかできなかった。
彼女自身、無力さを感じているのかもしれない。
そして、それと同時に気づいた。
サノンは、この風の壁を維持したまま戦い続けていたことに。
それでもなお、俺は彼女に負けてしまった。
「死にますよ?殺しますね。終わっちゃいますよ!さようなら!」
万事休すだ。
観念するしかない。
頭上から、強烈な雷鳴が聞こえる。
俺は目を強く瞑った。
ここで、終わりなのか。
「・・・・・・え?何?これ?」
確かに、雷の音は鳴った。
けれど、俺に命中することはなく、俺の身体は無事だった。
「どういうことだ・・・・・・?」
目の前のサノンは呆然としている。
彼女にも想定外のことが起きている。
俺だって、何が起きているか分からない。
ふと上を見てみると、土の屋根が出来ている。
この屋根が、俺を雷から守ったのだろうか。
「あ、あ、あ・・・・・・」
サノンはその場にへたりと座り込んだ。
もう魔力も尽きてしまったのか、俺たちの周りを囲んでいた風の壁も消えた。
「ディザ様っ!大丈夫ですかっ!」
アイリスが俺の元へと駆け寄ってくる。
「ああ、問題ない。けど、一体何が・・・・・・?」
「間一髪、危ないところだったな」
突然、遠くから男の声が、ザッザッという足音と共に聞こえてくる。
その声は以前聞き慣れた声で、しばらく聞いていない声だった。
いや、もう聞くことはないと思う声だった。
「助けに来たぞ、レイス」
「ア、アル・・・・・・」
声の正体、俺を助けてくれた正体は、俺が前に殺したはずのアルベルトだった。
何故生きているのか、何故助けに来てくれたのか、アルは敵なのか味方なのかすら分からない。
生きてて良かったと思わなくはないが、そもそも殺そうとしたのは俺だ。
その矛盾の感情が、俺の中で蠢く。
「色々思うところはあるかもしれない。だけど、それは全部後回しだ。今この場を何とかしてからにしよう」
「わ、分かった」
俺は一度アルのことについて考えるのをやめた。
とは言っても、サノンはもう魔法を使えるほどの力は残っていない。
それどころか、立ち上がることだってできない。
あとはトドメを刺すだけで終わりだ。
「超上会の一人だな?殺す前に聞きたいことがある。話す気がないならすぐに殺す」
「あ、え、あ、う?うー?」
サノンは完全に心が壊れて呆けている。
アルが話しかけても、全く耳に入っていない様子だ。
「何を聞いても無駄みたいだな。なら遠慮なく殺すぞ」
アルは腰に付けていた剣を出し、サノンの方へ歩いていく。
サノンはその場に座り込んだままで、全く動かない。
「やらせないよ。残念ながらね」
あと少しでアルがサノンの元へと着くタイミングで、二人の間に新しい人が現れた。
「イーニ・・・・・・だったか?」
「覚えていてくれてたんだね。ありがとう」
アルは、目の前の黒ずくめの男のことを知っているようだ。
サノンを庇うということは、こいつも超上会なのだろうか。
「ここは引いてくれないかい?ちょうど二対二だけど、お互い仲間が重傷だし、やめとかない?」
「超上会を一人でも始末できるチャンスだ。素直に聞くわけがないだろう」
「頑固だね。面倒くさいなぁ」
「その女はもう何もできない。もはや二対一の場面だ」
「・・・・・・そうだね。その通りだ」
イーニは口では何を言っても通用しないと思ったのか、苦笑いをする。
それから、近くに落ちてあるサノンの鞄を拾い、さらにはサノンも抱えた。
「素直にここは逃げるよ。決着はまたの機会にね。サノンも、次は万全の状態で戦ってね」
「う、うん・・・・・・?」
抱えられたサノンは、イーニに生返事を返す。
「逃がすわけないだろう!何なら、お前ごとここで仕留める!」
「無理だよ。君には無理。それじゃ、バイバイ」
アルは岩石を作り、それをイーニとサノンに向けて放つ。
だが、イーニは足の裏で爆発を起こし、とてつもない速度で逃げて行く。
アルの放った岩石は、誰も居ない地面に命中する。
あまりの速さにアルは追いかけようともせず、その場に立ち尽くした。
俺も疲労と怪我のせいで、もう動くことができない。
この場には、俺とアルとアイリスの三人だけが取り残された。
こうして、俺と超上会のサノンとの戦いは終わった。




