第七十話「ヒカリンのお願いごと」
「お待たせしたんですけど!」
ヒカリンと遺跡の外に出ると、アイリスがしゃがんで待っていた。
「ほんとに待ちましたっ!何の話してたんですかっ?」
アイリスは立ち上がり、軽く拳を握って、腕をピンと伸ばした。
「アイリスちゃんには関係ないんですけどー!」
「むうっ!」
アイリスはヒカリンに向けて、右ストレートをした。
「ちょっと!危ないんですけど!」
「知らないもんっ」
この二人は仲が良いのか悪いのか、よく分からない。
「それで、俺たちは何をすればいいんだ?」
「ちゃんと説明するから、焦らないんで欲しいんですけど」
ヒカリンは俺の顔と同じ位置まで飛んで、俺の額にデコピンをした。
「いたっ!」
「ディザ様に何するんですかっ!」
アイリスもヒカリンにデコピンした。
「痛いんですけど!」
そして、ヒカリンはアイリスにもデコピンをした。
「いだっ!」
アイリスは痛そうに自分の額に手を当てる。
「はぁ・・・・・・」
これはいったい何の時間なのだろう。
早くヒカリンの頼み事を終えて、シックを助けてもらいたいのに。
思わずため息をついてしまった。
「それじゃ、とりあえずついてきて欲しいんですけど」
戯れもこの程度にして、ヒカリンはてくてくと歩き始めた。
その歩くスピードも遅い。
飛んだ方が早いんじゃないだろうか。
「ここ、登れる?」
ヒカリンは崖の前で立ち止まった。
断崖絶壁ではあるが、岩肌はゴツゴツしていて、一応手足を使って登れないことはないとは思うが・・・・・・。
「アイリスは、登れるか?」
「私は・・・・・・飛べますっ」
「そうか・・・・・・」
どうやらこの崖に苦戦するのは俺だけらしい。
「ちょっと、厳しいかもしれないんだが」
「ええー!困るんですけど!」
「だよな」
だとすれば、困ったことになってしまった。
俺、この崖を登るのか・・・・・・。
「アイリス、俺を運ぶことはできないか?」
「あの、流石に無理ですっ」
アイリスは申し訳なさそうに俯いた。
まあ、大人の男と人族にして十二の女だ。
無理と言われても、仕方がない。
「頑張るしかないのか・・・・・・」
「無理なら諦めてもらうんですけど!どうするんです?」
ヒカリンは俺を急かす。
もう観念するしかないようだ。
「分かった、自力で」
突然、俺の言葉を遮るように、ガガガッと突然音が鳴り出した。
崖の表面がどんどん削れていって、崖の上へと楽に登れるように、階段ができた。
「す、すごいんですけど!」
「階段ができたっ!」
ヒカリンもアイリスも驚いた表情で俺の方を見る。
「土属性もここまで操れるんですかっ?」
「これ、土の精霊の寵愛受けまくってるレベルなんですけど!」
二人とも目が輝いている。
俺がやったと勘違いしているようだ。
「いや、悪いが俺は知らない。いったい何が起きてるんだ・・・・・・?」
目の前の状況が不可解だ。
それでも、これで登れるようになったことは間違いない。
「とりあえず、これで崖は登れるようになったな。上に行くんだよな?」
「そうなんですけど。さっさと行くんですけど」
ヒカリンは目の前に急に階段が出てきたのが面白いのか、飛ぶことはなく、スキップで階段を登っていった。
アイリスは、階段が崩れないか心配そうに、一歩一歩足元を見ながら歩いていく。
「大丈夫そうですよっ、ディザ様っ」
アイリスは俺の方へ振り返り、俺に手を伸ばす。
「まるで、老人の介護みたいだな」
「あっ、すみませんっ」
アイリスは急いで手を引っ込めた。
「いや気にしないでいい。とりあえずヒカリンに置いていかれないように、俺たちも崖を登るぞ」
「はいっ!」
俺もアイリスも、ヒカリンに連れて、階段を登った。
崖を登ってすぐのところは、荒野が広がっていた。
「どんどん進んでいくんですけど!ゴー!」
ヒカリンはまた一人先に歩き出した。
目的はどこなのだろう。
「あの、困ったことってなんですかっ?」
俺が気になったことを、アイリスが聞いてくれた。
「ここらへんにドラゴンが居るんですけど。そいつの唸り声がうるさいし、ここらの自然環境も破壊しているんですけど。近隣住民が困ってるから、そのドラゴンを討伐して欲しいんですけど」
「ドラゴン、か・・・・・・」
ドラゴンの存在は聞いたことがある。
人族や魔族に比べて、上位の存在とされている。
物語にもよく出てくるモンスターだ。
人族や魔族、つまりは生族に分類されないのは、個体数の少なさと強大な力が理由だ。
その希少性は特別扱いされるに相応しいし、強大な力は生族の持つそれを遥かに超えていると言われている。
生涯、一度もドラゴンを見かけない者だって少なくない。
そんなドラゴンを、ただの人族の俺が討伐しないといけないのか。
「骨が折れそうだな。まあ、俺に協力してもらう条件なら飲むしかないんだけれど」
「うむ、頑張って欲しいんですけど」
ヒカリンはうんうんと頷く。
ドラゴンと同じく、生族を超えた存在の精霊は、なかなか厳しい要求をしてくる奴だ。
「ドラゴンを退治してくれたら、ここらの生族も安心して暮らせるんですけど。是非とも頑張って欲しいんですけど」
「生族のこと、大切に思ってくれているんだな」
ヒカリンの要求は、ヒカリン自身が得になるものじゃなかった。
「別に、自分の力を使われてるんだから、私はそいつらのお母さんみたいなものなんですけど。不幸な目に遭ってたら、夢見が悪いんですけど」
ヒカリンはそっぽを向いた。
光属性を使う人たちは、光の精霊にとっては我が子のようなもの、ということか。
「ヒカリンは俺のことをどう思うんだ?」
「む?もしかして、私に気があるんです?生族が聖霊との可能性を感じないで欲しいんですけど!」
「いや、そういうわけじゃない」
ヒカリンは俺を茶化す。
分かりやすく説明しようにも、近くにアイリスが居る。
俺が光属性の使い手を殺した過去があることを、あまりアイリスには知られたくなかった。
俺が困っている様子を見ると、ヒカリンは俺の耳元まで口を近づけた。
「ちゃんと分かってるんですけど。ただ、君ほど自分勝手に生きてる生族、初めて見たんですけど。だから・・・・・・私を楽しませてね」
ヒカリンは耳元で小さく呟いた後に、ふっと息を吹きかけた。
突然耳に息を吹きかけられて、俺はヒカリンから少し離れた。
「さーて、ドラゴン退治に行くんですけど!」
ヒカリンは元気に走り出した。
その無邪気さが、俺には不気味に見える。
俺には精霊のことが分からない。




