第六十五話「ウェルフの想い」
イーニがシックに追いかける少し前、ウェルフとイーニは互いに向かい合っていた。
「そんなにボロボロで、君はもう本来の力を出さないんじゃないかな。つまらない・・・・・・」
「黙ってろ」
ウェルフは力強く睨みつける。
身体は間違いなく限界に近いが、気持ちだけでも強くなければならないと、彼は感じていた。
「僕の話を聞いてくれる?」
「話してぇなら勝手にしろ」
「うん、ありがとう」
普段のウェルフなら、興味ない相手の興味ない話なんて聞くわけがない。
しかし、今に限っては、シックが逃げるために、一秒でも多くの時間を稼ぎたかった。
「僕はね、才能があるんだ。視力も聴力も並の人族を軽く超えているんだ。属性を扱うのはちょっと苦手だけどね。そんなの工夫だけで、どうにでもなるんだ。工夫ができるのも、僕の才能の一つなんだろうけどね」
ウェルフは静かに話を聞いている。
イーニもそれが話しやすいのか、次々と言葉が出てくる。
「ところで、これは僕の考えなんだけど、才能があるならば、それを最大限活かすことこそが、正しい生き方だと思うんだけどどうかな?」
「そうかよ。別に否定はしねぇよ」
「うんうん、だよね」
ウェルフはハッキリと肯定はしなかったが、否定されなかったことに、イーニは嬉しそうだった。
ウェルフは、ずっとシックのことが気になって仕方がない。
こうし時間を稼いでいる間に、ちゃんと逃げることはできているのだろうかと、そればかり考えていた。
「そう、僕は戦いの才能がある。だから、それを最大限に活かすことが、僕の人生の楽しみ方。周りの生き物みんな、僕にとっては、自分の才能を確認するためでしかないんだ」
「ずいぶん自信満々じゃねぇか」
「ボロボロの君が言えたことじゃないけどね?」
「ちっ・・・・・・」
ウェルフの挑発に、イーニは気分をこれっぽっちも害さない。
そもそも、イーニがウェルフを圧倒しているというのが、事実である。
「君は強い。僕はそれを知ってる。でも、今回は変に様子見をしたり、お荷物も抱えていたしね。次戦うことがあったら、もっと強くなってるかもしれない。正直、それがちょっと楽しみなんだ」
「今日はもう見逃してやるってか?」
「うん。今は君とこれ以上戦おうつもりはない。でも、今のうちに仕込みだけはさせてもらうよ?」
「仕込みだと?」
ウェルフは嫌な予感を察した。
彼は見逃される。
それだけは約束をされた。
それだけ、は。
「感情というスパイスで、君にもっと強くなってもらいたい。次会う時まで、復讐心で己を高めていてね」
そう言うとすぐに、イーニは全力で駆け出し、ウェルフの横を通り抜け、森の中へと入って行った。
「くそっっったれが!」
完全に出遅れてしまったのと、万全な状態でないため、ウェルフは追いつけるかどうか不安になった。
でも、行かなければならない。
イーニはシックを殺しに向かったことは、ウェルフには簡単に把握することができた。
痛む身体を必死に誤魔化して、ウェルフは全力で走る。
イーニの匂いが徐々に遠のいて行くのが分かる。
それでも、追い続けるしかない。
イーニがシックを見つけられないことが一番だ。
だが、そんな保証はない。
自慢の鼻を使って、シックの匂いも探す。
最悪だ、ウェルフはそう思った。
シックの匂いを感じることができ、そしてイーニがそこへまっすぐ向かっていることも、ウェルフは理解した。
イーニの非常に優れた視力は、こんな森の中でも通用するのか。
もはや千里眼の領域じゃないか、そうウェルフは思った。
木々がメキメキと音を鳴らすのが聞こえてきた。
イーニとシックの匂いが、同じ場所で止まったのを感じた。
ウェルフはより一層焦りを感じる。
「頼む、頼む・・・・・・!無事でいてくれ・・・・・・!」
ウェルフはようやく、イーニに追いついた。
ウェルフは十分過ぎるほどに、急いで、早くシックの元へとたどり着けた。
ただ、相手はウェルフよりも早かった。
それだけで、悲劇は起きた。
「ああ、遅かったね。まあでも、間に合わないだろうと、君も最初から分かっていただろうけど」
ウェルフの目に、ハッキリと映っていた。
見間違いじゃないかと、目を擦って、もう一度見ても、同じだった。
夢じゃないかと、頬をつねっても、意味は無かった。
初めてウェルフが出会った時、面倒な奴だと思っていた。
ところが、いきなり命の恩人になった。
最初は、一応お礼をしてやろう、ぐらいにしか思っていなかった。
けれども、一緒に過ごしていると、居心地の良さを感じ始めた。
魔族であるのに、人族が差別をせずに、接してくる。
散々好き放題生きてきて、ほとんど愛されることのなかったウェルフにとっては、それが嬉しかった。
ウェルフにとって、そんなかけがえのない存在になっていたのに。
ピクりとも動かず、血を流して倒れている少女が、そこに居た。
「イーニィィィィィィ!!!」
ウェルフは大声で叫び、イーニへと一直線に突撃する。
イーニは爆発を利用し、高くジャンプして避け、木に登り、ウェルフを見下ろす。
「うるさすぎ、耳が痛い。君の傷が治るまで待ってあげるから。今やったって無駄だって分かるでしょ」
「黙れ!さっさと降りてこい!殺してやる!」
イーニには、ウェルフが何を言おうと無駄だった。
ニヤニヤとウェルフを見つめるばかりだった。
「ウェ・・・ルフ・・・・・・」
ウェルフの近くで、小さな声が聞こえた。
「シック!」
「に、げて・・・・・・」
瀕死のシックの声だった。
もう虫の息ではあったが、絶命したわけではない。
ウェルフは安堵とまでは行かないが、最悪な事態ではないことに、少し気持ちが落ち着いた。
「私は、置いて行っていい、から・・・・・・」
シックは泣いていた。
まだ十四の子供なのに、死の間際に立っている。
仲の良い相棒を巻き込んだ罪悪感に苛まれている。
その涙をウェルフは指で拭った。
「行くぞ」
「え・・・・・・?」
ウェルフはシックを担いで、イーニから逃げ出そうとする。
「ワーウルフの君は逃すと言ったけど、その女の子を逃すとは言ってないよ」
イーニは鉛玉をポーチから取り出し、指で弾いた。
「ぐぅっ!」
ウェルフの足へと鉛玉が命中した。
それでも、ウェルフは怯まず、走り出す。
「もう少し耐えろ。絶対に死なせねぇから」
ウェルフはそうシックに声をかけ、全力で走る。
シックからの返事は無い。
「あー、まあいっか。どうせ死ぬでしょ」
イーニはウェルフとシックが逃げるのを追いかけず、どこかへ行った。
ウェルフは走りながら考える。
瀕死のシックを助けるにはどうしたらいいか。
医者にでも預けられればいいのだが、ウェルフはワーウルフだ。
魔族が人の住む場所に行くことは厳しい。
ウェルフはもう人族を襲うことはしていなかったが、魔族というだけで、人族から冷遇されることは明らかだと、ウェルフも分かっていた。
「あそこに行くしかねぇか・・・!」
ウェルフは、唯一シックもウェルフも受け入れてくれるであろう場所を思い出した。
もうそこしか行くところは残されていないだろうと、ウェルフは思う。
その方向へと一直線に向かう。
人族でありながら、魔族を従える者の場所へ。




