第六十四話「シックは願う」
「くそったれが・・・・・・」
深い傷を負ったウェルフと、無傷のイーニ。
誰がどう見たって、どっちが優勢かだなんて、火を見るよりも明らかだ。
「私が、私が余計なことを言ったから・・・・・・」
私は泣きそうになってしまった。
ウェルフに、敵を倒そうだなんて提案しなければ、こんなことにはならなかっただろうに。
私のせいで、ウェルフが死んでしまうかもしれない。
「聞こえるか、シック!」
私が塞ぎ込んでいるところに、ウェルフは大声を出して、私の名前を呼んだ。
「お前は逃げろ!オレ様が時間を稼いでやる!」
ウェルフはイーニから一切目を離そうとしない。
私が逃げやすいように、イーニへの警戒を途切れないようにしている。
「で、でも、このままじゃウェルフが!」
「オレ様のことは気にすんな!こいつから逃げ切ることなんて、どうってことねぇ!」
ウェルフが強がっていることは、私でも分かっている。
ウェルフはまっすぐ立つこともできていないし、肩で息をしている。
「ここまで連れてきてくれただけで十分だ!もう帰れ!」
「でも!ウェルフが死んじゃうかもしれない!」
「お荷物なんだよ!」
「っ・・・・・・!」
きっとウェルフは本心で言ってるわけでは無い。
それでも、その言い方から、私はここに残っちゃダメなんだと分かった。
「ごめん、ごめんウェルフ!」
私は森の中へと逃げ込んだ。
イーニは私たちの方を、耳を塞ぎながらニヤニヤ見ている。
今なら、逃げ切れるかもしれない。
「誰か、誰か助けを呼ばないと・・・・・・!」
私は森の中を走り続ける。
闇を使えるほどの気力は残ってなく、後ろからもし追われていたら全く気づかない。
そんな恐怖感と、ウェルフを心配する気持ちに、私の心臓は押し潰されそうだった。
息が荒れてきた。
このままじゃ、ウェルフは死んでしまうかもしれない。
誰か、誰か助けを呼ばないと。
でも、一体誰に?
誰があのイーニに対抗できるというのか。
それに、ウェルフは魔族だ。
誰が魔族を助けてくれるのだろうか。
「ううっ、うぐっ・・・・・・!」
涙で顔がぐちゃぐちゃになる。
綺麗に整えていた髪も、乱れまくっている。
それでも、何かをしないといけないという気持ちで、私は走り続ける。
でも、何をすればいいのだろう。
私は、無力だ。
突然、木がメキメキと音を鳴らすのが聞こえ、それからまもなく、私の横を何かが通り過ぎるのを感じた。
「綺麗な顔だったのに。ぐちゃぐちゃになっちゃってるね」
私の後ろから、イーニが追ってきていた。
イーニが鉛玉を飛ばしてきたのだ。
「そ、そんな・・・・・・ウェルフは?」
イーニがここに居るということは、ウェルフはいったいどうなったのか。
私は顔面蒼白になった。
「殺していないよ?彼は強い。だけど、僕には届かない。だから、火事場の馬鹿力ってやつ?それを見たくて、彼を置いて、君を追いかけてきたんだ。君が死んでいるのを見たら、復讐心で力が増したりするかもしれないしね」
イーニは足のホルスターからナイフを取り出す。
ウェルフは無事なようだ。
それだけでも、私は良かった。
死ぬんだったら、私だけでいい。
死ぬことは怖いけど、ウェルフは私の馬鹿な提案に巻き込まれただけだ。
どちらかが死ぬのなら、私が死ぬだけでいい。
だから、お願い、ウェルフ。
どうか私を置いて逃げていて欲しい。
私たちは人族と魔族、見捨てるには理由は十分だよ。
「君もセンスはあったけど、所詮常識内。まあまだ子供みたいだけど、僕みたいに才能があるわけでは無かったね」
イーニはナイフを私の方へと向けた。
「何か言い残すことはある?」
イーニはずっと笑顔だった。
「何も無い。あなたに伝えることなんて何も無い。私の声は、もう誰にも届かない。だったら、何も言っても意味が無い」
「子供とは思えない考えだ。殺す前に君の気持ちを少し理解できて嬉しい」
イーニは満足そうにしている。
死の恐怖で、足の震えが止まらない。
死ぬってどんな感覚なんだろう。
その前に、痛い思いもしなきゃならない。
それは嫌だなぁ。
ああ、私は本当に何もしてこなかった。
いじめてきたやつを見返すことなんてできなかった。
ただ強くなろうとして、その志半ばに、ここで終わってしまうんだ。
モンデは元気にしているだろうか。
彼には、誰かを守れるぐらい強くなるという夢を叶えて欲しい。
私みたいに、途中で夢を諦めることにならないでね。
レイス先生にも、会いたかった。
一緒に夢を叶えようって言ったのに。
私は何の役に立つこともできなかったな。
でも先生は強いんだ。
その力が、人族みんなに認められる日はきっと来るよ。
そして、ウェルフ。
本当にごめん。
あなたと過ごした時間は、私にとって新しいものばかりだった。
つまらない毎日に彩りを与えてくれた。
人族と魔族の壁なんて気にしないで、相棒と言ってくれた。
結局最後まで、私は足を引っ張ってばかりだったけど。
ウェルフには、私のことなんて忘れて、自由に生きて欲しい。
「死にたくない、こんなところで、死にたくなんて無いよ・・・・・・」
流れていた涙は、より一層増してきた。
私は本当にここで全て終わってしまうの?
怖い、辛い、悲しい、苦しい、寂しい。
「死にたくない、か。それは残念だったね」
イーニは足に力を込め、とてつもなく力強く踏み込む。
もっともっと幸せに生きたかった。
でも、その願いはもう叶わない。
イーニの持っていたナイフは、私の腹へと深く刺さった。




