第五十八話「実技試験」
足早く起きて、身体のストレッチをし、いつもやらないジョギングもした。
どうもそわそわしてしまって、身体を動かしていないと落ち着かない。
でも、そのおかげで、覚醒していない身体はしっかりと動かせるようになった。
試験会場は、いくつかの演習場に分かれていて、生徒たちはそれぞれ指定された場所に、指定された時間に行く。
私は、朝の一番最初の受験者だ。
試験会場の演習場に行くと、生徒はほとんど居なかった。
まあ当然か。
「シックちゃんおはよう!」
試験会場についてすぐ、後ろから声をかけられた。
振り返って見ると、声をかけてきたのはサノンさんだった。
「ちゃ、ちゃん?あ、おはよう」
聞き慣れない呼び方に、思わず聞き返してしまった。
「うん。だって仲良くなりたいしね」
サノンさんは屈託の無い笑顔を浮かべる。
「シックちゃんも、私のことをサノンちゃんって呼んでもいいからね」
「えっと、ちゃん呼びは恥ずかしいから、呼び捨てでいい?・・・・・・サノン」
私が呼び捨てで呼ぶと、距離が縮まったように感じたのか、サノンは嬉しそうにした。
「うん!シックちゃん!」
サノンは右手を差し出してきた。
私もそれに応えて右手を出し、握手を交わした。
「シックちゃんは何番目?私は三番目だよ」
「私は最初。トップバッターだね」
「そうなんだ!頑張ってね!」
サノンは顔の横で親指と人差し指を立てて、ウインクをした。
そういえば、昨日にサノンは何を言いかけていたんだろうか。
「サ、サノン。昨日言いかけてたことって何?」
「あ、そうだそうだ!忘れていた!」
サノンは両手を合わせて、今思い出したと言わんばかりにハッとした。
「シックちゃんの実技試験見てみたくて、いつどこでやるか聞こうと思ってたけど、忘れてたんだー」
「そうなんだ」
ということは、今回の試験でたまたま同じ場所で、たまたま同じ時間だったのは、彼女にとってラッキーだということか。
「見学してもいいかな?」
サノンは人差し指を彼女の口に当て、首を傾げた。
彼女はジェスチャーが多いなと思った。
感情が豊かなのだろうか。
「うん。そもそも、試験時間が近いんだから、勝手に見ることになろうだろうしね」
「うん!ありがとう!」
サノンはニコッと笑った。
おお、なんと眩しい笑顔なんだ。
「そろそろ実技試験を始める!最初の受験者シック、来なさい!」
「はい!」
男の先生に呼ばれたので、私は先生の場所へ行こうとした。
「頑張ってねー!」
サノンは、大きく手を振って、私を見送る。
「ありがとう」
対して、私も軽く手を振った。
「基本的には制限時間が来るか、明白な決着が付いたと判断できた時まで戦い続ける。武器は殺傷能力の低いものを使うようにし、属性を用いた技等は、好きなだけ使うといい」
先生から一通りの説明を受ける。
試験内容はすでに知らされてるし、毎度このルールなので、あくまで確認程度だった。
私は、ナイフをよく使っているので、木で出来たナイフを用意された。
先生は、木剣を持っている。
「それでは始める。好きなタイミングでかかってこい」
先生は木剣を構えた。
さて、先生はどんな攻撃をしてくるか。
しっかりと見て、対応していこう・・・・・・。
しかし、いつまで経っても先生は攻撃をしてこない。
「どうした?試験は始まっている。早くしろ」
先生は不思議そうに私を見る。
「あ、あれ?」
私は自分からの攻撃は、まだまだ未熟だ。
だから、今回の試験では絶対に受け身に回ろうと思っていたが、先生は私からの攻撃を促している。
これは困ったことになってしまった。
「すみません、先生から攻撃をしてくれませんか?」
「俺がか?!」
先生は、びっくりした表情で自分を指差した。
「こんなの初めてだな・・・・・・」
先生は困り果て、小さく呟く。
完全に私の都合で申し訳ない。
でも、私も良い成績を取りたいんです。
「まあいい。再開するぞ」
先生は両手で木剣を握り直した。
私も、右手にナイフをしっかりと握る。
「ふっ!」
先生は、ものすごく低い姿勢で接近してきて、居合斬りのような動作で、私の右腰あたりを狙おうとしてくる。
先生は私よりも背が高いが、攻撃姿勢が低いせいで、私の懐に潜り込もうとする勢いだった。
私自身も、ウェルフによくやっていたことなので、懐に潜り込むことが、いかに厄介かは、よく分かっている。
とにかく、潜り込まれないように動かないといけない。
先生は、向かって右から左へと斬りかかるつもりだ。
ならば、向かって左側は、比較的隙があるはずだ。
思考に時間を使ったせいで、真横に避けたとして、勢いのままに、攻撃を当てられてしまうかもしれない。
私は左斜め後ろへと、強く踏み込んで飛んだ。
私の位置は、先生の攻撃がもろに入る位置からは離れたはずだが、先生はニヤりと歯を見せた。
その様子から、おそらくこの勢いのまま攻撃する手段があるのだろう。
先生は居合いの構えのまま、突進し続けてきた。
木剣での攻撃はやめ、右肩をぶつけて、攻撃をしてくるつもりのようだ。
私の予想通りに。
この攻撃を避けることは、正直厳しい。
だが、剣で斬られるわけではないので、受けてもいいだろうと思った。
私は両腕に衝撃を吸収するために闇を作って、両腕を交差して前に出し、突進を受ける。
「くぅっ!」
突進攻撃をもらい、私は少し吹っ飛ばされ、膝をついた。
先生はそれを確認して、木剣を両手で大きく上に振りかざして、私を上から攻撃しようとする。
つまり、私が懐に潜れる位置になったということだ。
私は地面を強く蹴り、今度は私が先生へとタックルする。
剣を振り下ろすために、両腕を真上に上げてしまっているので、ボディ全体は完全な無防備状態だ。
避けられるはずがない。
「くっ!」
先生は私よりもずっと体格が良いので、大きく吹き飛ばすことなどできない。
だが、よろめかせることぐらいならできる。
むしろ、そっちの方が好都合だ。
先生に生まれた先を逃さず、私は右手に持っていたナイフを、先生の首の右側に寸止めする。
「これで決まり、ですよね?」
実践なら、首にナイフを斬り込んで、もう終わっている。
私は得意げな顔で、先生の顔を見る。
先生はやれやれと肩をすくめた。
戦いの意思は無くなり、これで試験終了なのだろう。
目の端で、先生の左脚がわずかに動こうとしているのを確認しなければ、そう思っていた。
先生は、左膝で私の横っ腹に蹴りを決めようとする。
私は先生の膝を、左手の掌で受け止め、それと同時にナイフを先生の首にピトりと触れさせた。
「これで間違いなく、終わりですね」
私は、もうそれ以上何をやってもノーカウントだという意味も込めて、ニコりと笑う。
「ちっ。最後の一撃も止められてしまったな」
先生は悔しそうな顔をしていた。
思えば、最後の膝蹴りは、躊躇が無い一撃だった。
気づけたから防げたものの、不意打ちのつもりでの攻撃だったろうし、もろに食らってしまえば、相当ダメージをもらってしまっていた。
あの一撃は、間違いなく私を傷つけようとするものだった。
先生の中に、闇属性を特に嫌っている人は居るとは知っていたが、この人もそうだったのだろうか。
急に現実を突きつけられたような気持ちになって、少し落ち込んだ。
「試験は終わりだ。さっさと帰っていいぞ」
先生はつまらなそうな顔をしていた。
試験前はそんなことは無かったのだが。
実技試験という体で、私を痛めつけようとしていたのだろうか。
それがうまくいかなかったから、そんな顔をしているのか。
被害妄想かもしれないが、そう解釈できてしまうだけで、私にとっては辛かった。
私は先生に何の言葉も告げず、そのまま寮へと帰ろうとした。
「シックちゃんお疲れ!凄かったね!」
サノンは私の方へ、小走りで来た。
「どうしたの?」
彼女は、私の様子が変わっているのに気づいたのか、心配そうな顔で私を見る。
今起きたことをありのまま伝える気は起きなかったが、何となくサノンの気持ちも気になった。
私に急に話しかけてきた人。
おそらく、私が闇属性を使うことを知って、話しかけてきたのだろう。
だって、私がそれ以外に人に話しかけられる理由なんて、思いつかない。
だったら、そんなサノンは闇属性のことをどう思っているのだろう?
「私って闇属性を使う人族なんだけどさ、どう思う?」
「どうって、別に闇属性がどうかってよりも、その人自身がどうかが大事だと、私は思うけど・・・・・」
サノンは悩む様子もなく、即答した。
きっと、これは彼女の本心なのだろう。
あの実技試験の先生や、幼い頃に私をいじめていた人たちとは違って。
「ありがとう」
私はサノンに一言だけ言って、そのまま寮の方へと歩き出した。
「あ、私の試験は見ないの?もう帰る?」
サノンは私の背中に向かって話しかけてきたが、私はそれを無視して、そのまま歩き続けた。
サノンには申し訳ないが、この場には少しでも長く居たくない。
「みんながサノンみたいな人だったら良いのにな」
私の小さな呟きは、誰の耳に届くこともなく、消えていった。




