第五十三話「未知」
「お前、人族か」
「うん」
ワーウルフは警戒しているようだ。
鋭い目で、強く睨まれる。
何もする気がないんだから、そんな目で見なくてもいいのに。
「オレ様は魔族だぞ。そんな易々と近づいて、怖くねぇのか?」
「だって、このあたりでワーウルフの被害を受けたって話は全然聞いてないし。大丈夫かなって」
「頭お花畑だな。知らねぇ奴に話しかけるもんじゃねぇぞ普通」
ワーウルフは呆れた目で私を見るようになった。
「でも、私人見知りだよ?」
「はぁ?」
ワーウルフは顔をしかめた。
でも、私が人見知りなのは事実だ。
マナさんと初めて会った時とか、目を合わせることもできなかった。
今回は、ワーウルフに対する興味が上回ってるだけだ。
「お前が人見知りなわけねぇだろ。寝ている知らねぇ奴を無理やり起こすなんて、聞いたことねぇぞ」
「でも、可愛い子犬とか見かけたら、つい近づきたくなるじゃん」
「オレ様は子犬じゃねぇよ!・・・ってて、あまり叫ばせるんじゃねぇ」
ワーウルフは胸のあたりを押さえて、苦しそうにしていた。
怪我が痛むようだ。
「どうしたの?」
「なんか遠くから撃ち込まれたんだよ。痛むっちゃ痛むけど、お前には関係ねぇ。気にすんな」
そうは言うものの、痛そうにしてることには変わらない。
「あっ、そうだ」
「何だぁ?」
私は、ちょうど研究中の技があったのを思い出した。
今こそ、それを試す時かもしれない。
「ねぇ、痛いの大丈夫?」
「お前には関係ねぇって言ってるだろ。オレ様のことは気にするな」
「そうじゃなくて、今から痛くなることするけど、大丈夫?」
「は、はぁ?何言ってんだ?」
私はカバンにしまってある針を取り出した。
「刺すけど、平気?」
「おいおいおいおい!意味わかんねぇだろ!どういうことだ?!」
ワーウルフは突然慌てだして、少し後ずさりする。
平気かどうかは全く答えてくれない。
「行くよ?」
もどかしいので、返事を待たずに刺すことにした。
「あぁ、もう知らねぇ!勝手にしろ!」
ワーウルフは観念して、目をぎゅっと閉じた。
こんなに身体が頑丈そうなのに、針一本に対してこの反応、ちょっと可愛く見えた。
胸のあたりをチクりと刺した。
体内に針は届いてるが、致命傷は与えないように、当然気をつけている。
「つっ・・・・・・」
少し痛そうだけど、我慢してもらうしかない。
構わず、続けることにした。
針を通して、ワーウルフの体内に闇を漂わせる。
闇が触れること自体は、ダメージを与えることはないから大丈夫だと思うが、一応臓器とか傷つけないように気をつける。
人族の身体構造は勉強していたが、それがワーウルフにも通用するかの不安はあった。
しかし、ほとんど構造は似ていたので、杞憂だったようだ。
「胸のあたりが痛いんだよね?」
「ああ」
外傷が特に見られないなら、身体の中に何か異変があるはず。
心臓のあたりを、慎重に探ることにした。
「・・・・・・何かある」
心臓の近くに、小さな球体のものがある。
本来そこには無いものなだけに、違和感だった。
その球体を、闇で丁寧に覆う。
絶対に体内に影響が出ないように、慎重に。
「すぅー・・・はぁー・・・・・・」
深く深呼吸をした。
ワーウルフも神妙な面持ちになっていた。
私が感覚を集中させているからか、彼がゴクリと唾を飲む音もハッキリ聞こえる。
丁寧に、球体だけを包んだ闇に力を込めて、そしてその球体を消滅させる。
何とか、成功したようだ。
「お疲れ様、これで多分大丈夫」
私はワーウルフから針を抜いた。
「あ、ありがとう。何か身体がちょっと楽になった気がするな・・・・・・」
今までの態度とは打って変わって、やけに素直に感謝を述べられた。
ワーウルフは呆けていて、イマイチ状況も理解できていないように見えた。
説明が必要かな。
「体内に、多分だけど、異物が入り込んでいた。例えば鉛とかだったら、溶け出して身体に悪影響を及ぼすし、下手したら死んでたかもしれない」
「そ、そうか・・・・・・」
ワーウルフは少し冷や汗をかいていた。
痛む程度で何ともないと思っていたのか、死ぬことは考えていなかったっぽい。
「お前は人族で、オレ様は魔族だってのに、なんか悪いな。命助けられるとは思わなかった」
ワーウルフは情けないと言わんばかりに、頭をかいて、少し俯いた。
「いや、気にしないで。人族と魔族とか、そういう括りで分ける理由ないと思うし。悪いことするなら、それは許さないけどね」
「まだガキのくせに、ずいぶん変な考え方してんな・・・・・・」
「痛い目見たことあるからね」
私は、昔に闇属性を使えるからという理由だけで、虐められていたことを思い出した。
少し表情が暗くなった私を見て、ワーウルフも言葉を発することはなく、ただ私を見つめていた。
「それに、私も成功するか不安だった技だったから、ちょうど良い実験だったんだよね。死ななくてよかった」
「お前が原因で死ぬこともあったのかよ!って、本当に平気だ・・・・・・」
ワーウルフは大声で叫んだ後、自分の胸のあたりを確認した。
もう痛むことは無いようで良かった。
「人族なのに魔王やってる奴もいるし、世の中ほんとは何でもありなんだろうな・・・・・・」
ワーウルフは頭を抱えながら呟いた。
ワーウルフの呟きはすごく小さく、私はよく聞き取れなかった。
「何か言った?」
「何でもねぇよ」
ワーウルフはそっぽを向いてしまった。
これは聞き直しても無駄そうだ。
「名前、教えろ」
「え?」
「お前の名前だ」
ワーウルフはそっぽを向いたまま、私の名前を聞いてきた。
「私の名前はシック」
「俺の名前はウェルフ。お前は命の恩人だ。名前、覚えておく」
ウェルフは、私の方を向き直して、名乗った。
彼は右の拳を突き出してくる。
私も、それに合わせて、右拳をぶつける。
「命の恩人だし、お願い一つ聞いてくれない?」
「仕方がねぇな、聞いてやるよ」
ウェルフは腕を組んで、私の話を聞く。
「山の麓まで私をおぶって」
私は両手を広げて、ウェルフに身を差し出す。
「はっ。その程度なら、お安い御用だ」
そう言って、ウェルフはニヤりと笑い、私をおんぶした。
「全力で行くからな!しっかり掴まってろよ!」
そして、ウェルフは全速力で走り出した。
「うわぁ・・・・・・!」
ウェルフの走るスピードは凄まじかった。
私を背負う背中はゴツゴツとしているし、肌に触れる風も強烈なものだ。
それでも、山の上で感じた時よりも、私にとっては心躍るもので、心地良かった。




