第五十話「無茶をする戦い」
立ち上がることはできたものの、手痛いダメージを負っていることには変わりはない。
無理やり身体を起き上がらせているだけで、限界が近いことは間違いない。
素早く相手を仕留めなければならない。
俺は相手を強く睨みつける。
とにかく、自分を昂らせないと、身体が保たない。
気持ちで相手に負けてしまってはダメだ。
「しぶとい奴だ!さっさと楽になっちまえばいいのにな!」
もう一度、男は火球を飛ばしてきた。
さっきは直撃してしまったが、よく見てみたら、威力も大きさもどうってことはない。
右の手のひらを前に出し、その先に闇を作って、クッション代わりにして、火球を飲み込む。
疲労した状態ではあったが、この程度なら難なくこなすことができた。
「なんだ?見たことねぇことしてくれるじゃねぇか」
男は、物珍しそうにこっちをジロジロ見てきた。
闇属性がきちんと扱われている場面に遭遇する機会なんて、普通はほとんど無い。
男は、さっきの出来事に、興味が強まっている様子だった。
それは、むしろこっちにとって好都合だ。
俺のことよりも、闇属性そのものに注意が向いている。
満身創痍の子供なんて取るに足らないのだろう。
油断しているのが、一目でわかる。
俺は、中に空洞ができるぐらいに、軽く右手で握り拳を作り、その中に闇を作る。
「お?今度は何を見せてくれるんだ?」
何かをするということはバレてもいい。
何をしようとしてるかがバレなければ、意表を突くことができる。
向こうも、何かをすることを期待しているのだから、それを利用すればいい。
俺は右の拳を、男の顔面目掛けて、殴りかかる。
「はいはい」
男は呆れたように、俺の馬鹿正直な攻撃を、顔を軽くそらして、避けようとする。
だが、俺の狙いは殴って攻撃することじゃない。
右手をパッと開き、そこに隠していた闇を、相手の目を覆うように放つ。
至ってシンプルな目潰し、だけどレイス先生に教えてもらった技だ。
「ぐわっ!てめぇ!」
視界を奪われた男は、ぶんぶんと腕を振り回す。
冷静にならば、その当てずっぽうな攻撃を避けるのは余裕だった。
完全に無防備の男の首に、俺は右腕を回す。
左腕も使って、男の首をガッチリと捕まえる。
そして、そのまま絞めあげようとした。
「〜〜〜!〜〜〜〜!!!」
ただでさえ腹にダメージを食らっていて、力を入れにくい。
男は必死に抵抗し、何度も俺の腹に肘を打ち込む。
「うっ!ぐっ、ーーーっ!」
歯を強く食いしばって、男の首を絞め続ける。
首を絞める姿勢は、完璧に決まっている。
俺が辛抱できるかどうかだ。
策や小細工なんて、もう関係ない。
根性の戦いだ。
「・・・・・・!」
男からどんどん力が抜けていくのを感じる。
このままだ。
もう少し。
男の殴ってくる力も弱まってきている。
「うおおおーーーー!」
大声で叫び、最後の力を振り絞った。
あとどれだけ身体が保つか分からない。
頼む、もう終わってくれ!
そう願った時、カクンと男が落ちたのを感じた。
見ると、男は失神していた。
「やっ・・・た・・・・・・」
俺は両腕を離し、思わず両膝は地面についていた。
再び立ち上がろうとしても、身体が言うことを聞かない。
「〜〜〜!」
女の子の叫び声が聞こえる。
そうだ、まだやらないといけないことがある。
ナイフ、持ってきたナイフで縄を切って、助けてあげて。
男が起きる前に、捕らえておかないと。
逃げられないようにしないと。
女の子を街へ、保護者のところへ帰さないと。
立ち上がらないと。
動かないと。
男が起きる前に。
まだやらないといけないことが・・・。
そこまで考えたところで、プツリと糸が切れたような感覚に陥った。
意識が無くなったのも、それからすぐだった。
「あ、起きましたか?」
意識が戻ると、何やら頭の下に柔らかいものを感じる。
イマイチ頭が回らない。
俺は何で意識を失っていたんだっけ・・・・・・。
「やばい!」
俺は飛び起きた。
結局、やらないといけないことを何もしていない。
とにかく、女の子を助けないと。
「ど、どうしました?」
女の子が心配そうに声色で話しかけてきた。
やっぱり不安なのだろうか。
今すぐ助けてあげないと。
「って、あれ?」
女の子は縄から解放されてるし、口ももう塞がれていない。
それに、あたりを見回しても、男の姿はどこにも見当たらなかった。
「ど、どういうこと?」
状況がまるで掴めないので、女の子に質問をした。
女の子もきょとんとした顔で、俺と目があった。
「ふふふっ」
少しの間見つめあった後、女の子が微笑んだ。
よく分からないけど、とりあえず危機は過ぎたらしい。
「赤毛の大人の人が、私の縄をほどいてくれて、私を攫った人も連れて行ってくれたんです。私は、あなたが心配で、ここに残ってました」
「もしかして、膝枕してくれてた?」
「はい。男にはそうしてやれ、ってさっきの人が・・・・・・」
「えぇ・・・・・・」
絶対、旅人さんだ。
「君、何歳?」
「十二です」
十二の純真無垢な少女に、なんてことを教えているんだ、あの人は。
いやらしいとか、そういう気が、この女の子からは全く見えない。
「?」
女の子は、可愛らしく小首を傾げる。
髪がふわっと揺れ、つぶらな瞳で見つめられた。
その姿に、ドキッとしてしまった。
いやいやいや、落ち着け、一旦落ち着こう。
頭を思いっきり振って、雑念を払った。
「そういえば、ずいぶんしっかりとしているね。なんかこう、丁寧な感じ?みたいな、感じ・・・?」
俺は何とか話題を変えようとした。
自分の話の切り出し方の下手さに、心の中で泣いてしまいそうになった。
「お母さんから、礼儀正しい人でありなさいって、よく言われてるんです。礼儀が悪い人は、みんなに嫌われちゃうよって」
「そうなんだ。お母さん、良い人だね」
「はい!」
女の子は、満面の笑みを見せた。
その眩しい笑顔を見るのがなんだか恥ずかしくて、思わず目を逸らしてしまう。
「そ、それじゃ帰ろうか。お母さんも心配してるだろうし」
「はい」
俺は洞穴の出口へと向かって、歩き始めようとする。
「あ、あの!」
だが、女の子の声に引き止められた。
「どうしたの?」
「や、やっぱりまだちょっと怖いので、手を繋いでもらえませんか?」
「え、う、うん」
そうして、俺たちは手を繋いで、洞穴の外へと歩き始めた。




