第四十九話「積み上げてきたもの」
森の中を進んでいると、崖に直面し、そこに大きな穴が空いていた。
おそらく、ここが犯人が居るという洞穴だろう。
俺は、早速中に入ることにした。
中はひどくジメジメしていて、足場もグチャグチャとしていて、歩きづらい。
そこを歩くだけで、体力的にも精神的にも摩耗してしまう。
物語とかで見る悪党も、よくこういう気分が悪くなるような場所を好むが、そういう性なのだろうか。
雰囲気が出るといえば、確かに出るんだけども。
歩くたびにピチャピチャと音がする。
ここ数日は雨は降っていないが、ところどころに水溜りはできていたようだ。
隠れて行動するつもりはないけれど、かと言って、自分の居場所が丸裸になっているのは、それはそれで嫌だ。
でも、仕方がない、逆に堂々として、敵に侮られないようにしよう。
洞穴を進んでいくと、ところどころに松明に火が灯されていた。
本格的にここを使用しているようだ。
火が灯されているということは、今まさに、奥で犯人が待ち構えているのだろう。
気を引き締めないと。
俺は一度深呼吸をして、その先へと進んだ。
突き当たりらしきところまで行くと、一人の男と、縄で縛られている女の子が居た。
男はこちらに背を向けていて、椅子に座っていて、その向こう側に女の子が正座で地面に座らされていた。
茶髪で身体がゴツい男は、ナイフを持ってニヤニヤと女の子の方を見つめていた。
金髪の女の子は、腕を後ろに、全身を縛られていて、全く身動きが取れない状態だった。
口も封じられていて、声も上げられない。
「ああ、早く金来ないかなぁ。にっひっひっ・・・・・・」
「んん〜!んん〜〜〜!」
男はナイフをクルクルと回した後、女の子へとナイフを突き立てた。
「んんっ!」
女の子は恐怖のあまり、目を閉じてしまった。
その目の端からは涙が流れていて、気が気でないだろう。
どう近づくのが良いだろう・・・・・・。
男は油断しているとは思うが、助ける対象からは目を離していないので、女の子だけを救うのは難しいだろう。
やはり、後ろから不意打ちを仕掛けるのが一番だろうか。
俺は右手にナイフを構えた。
もう片方の手は、身代金代わりの袋で塞がれているが、襲う瞬間に袋を捨て、両手で押さえ込めれば問題ないだろう。
覚悟を決め、じわりじわりと男に近づいていくことにした。
思わず、歯を強く噛み締めてしまう。
気づかれないように、こっそりと。
男は、まるでこちらに気づく様子はない。
女の子も目を閉じていて、俺には気づいていない。
逆に好都合で、なおさら俺に気づく要素が無くなる。
あともう十五歩程で、飛びかかれる範囲だ。
ギリギリまで気を抜いちゃいけない。
確実なタイミングまで、一切の油断は禁物。
十四、十三、十二。
慎重に、慎重に。
まだ相手に気づかれていない。
不意打ちを決めて、一気に終わらせる。
十一、十、九、八。
後少し、後少しだ・・・・・・。
緊張で汗をかいてしまっている。
でも気にしてはいられない。
音を立てずに、静かに、気配を消して、近づく。
そのことに神経の全てを集中させて。
七、六、五。
後五歩。
五歩進んだら、行く。
必ず決める。
四・・・、三・・・、ぴちゃん。
全身に汗がぶわっと吹き出した。
洞穴の入り口近くでも、水溜りはできていた。
最奥のここに、水溜りができていないわけがない。
残り三歩のところで、俺は水溜りを踏んでしまった。
男ばかり注視していて、足元には一切の気を払っていなかったのだ。
「誰か居るな?!」
男はナイフをしっかりと握りしめ、振り返ろうとする。
「くそったれ!」
俺はやけになって、袋を投げ捨て、右手のナイフを男の左腕へ目掛ける。
「おおっと!」
男は左手の甲を使って、俺の右手の内側を外へと弾く。
俺のナイフは的外れの方へと進み、空振ったせいで姿勢は前のめりに崩れ、倒れそうになる。
「おらよっ!」
「ガハッ!」
男はその隙に、ガラ空きの俺の腹に思いっきり膝蹴りを決めた。
一瞬、息が止まった。
さらに、膝蹴りで怯んでいたところに、顔面に思いっきり拳で殴られる。
俺は一メートルほど吹っ飛び、地面に倒れこんだ。
「い、痛い・・・・・・」
俺は既にもうボロボロだった。
鼻から何かが垂れている感覚がある。
おそらく鼻血だろう。
歯も・・・欠けちゃってるかもな・・・・・・。
それでも、男の追撃は止まる様子を見せない。
「いきなり不意打ちしようだなんて。そんな卑怯者には死んでもらうしかねぇよな?」
男は小さな火球を作り、俺へと飛ばしてきた。
「ぐあっ、あつ、熱い・・・痛いぃ・・・っ!」
火球をもろに受け、立ち上がるのも苦しい。
火が服で燃え広がるのは、咄嗟に闇で飲み込んで消すことはできたが、受けたダメージが減るわけではない。
そして、ようやく、もう遅すぎるが、今になって気づいた。
咄嗟に始まった戦闘で、俺は闇属性を一切活用していないことを。
闇を使えば、相手の目潰しをすることだってできたし、敵の攻撃のダメージを吸収することだってできた。
魔族と戦うことばかり考えていたせいで、人族との戦いに、この闇属性の力を使うことが、頭から抜けていた。
それに、持ってきた袋は何の役にも立たず、ただ邪魔なだけだった。
相手は人ならば、騙すことが有効だと思って持ってきたのに。
対魔族のためにと思って鍛えた闇属性と、人相手に通用すると思って用意した策。
それら全てを何にも活かすことができず、中途半端な状態だった。
「何、やってんだ、俺・・・・・・」
自分の情けなさに、思わず小さく呟きが漏れた。
俺、ここで死ぬんだろうか。
しょうもない終わり方だな・・・・・・。
シックにもレイス先生にも旅人さんにも家族にも、もう会えないのかな・・・・・・。
「んん!んん〜〜〜!」
もう諦めかけていた時、捕まっていた女の子が、必死に声を出そうとしていた。
さっきまで怯えて目を閉じていたけど、今度は俺の方を見て、一心不乱に何かを伝えようとしている。
彼女の目に流れていた涙は止まっていないが、表情から怯えた様子は感じられない。
何を言っているかは分からないが、俺に必死に助けを求め、そして励ましているように感じる。
「うっ・・・くぅっ・・・・・・!」
地面に片膝を立て、足や腕に力を入れて、なんとか立ち上がる。
単純ではあるが、女の子に勇気づけられた。
こんなところで死んでたまるものか。
俺は人を守るために強くなりたいと思って、努力を重ねてきた。
それは、魔族だけに限った話ではないんだ。
目の前の女の子は、この人族の男に苦しめられている。
相手が魔族だろうと人族だろうと関係ない、自分が努力したことは、相手が誰であれ、きっと活かすことができるんだ。
「まだ、まだ終わりじゃないぞ!」
自分を奮い立たせるため、思いっきり大声を出した。
この女の子は、必ず俺が、この子の居場所へと帰らせる。




