第四十二話「それは離れられない」
俺は昨日のことは忘れることにして、学校へと行った。
マナさんの食堂の客というだけで珍しいし、やけにグイグイ来る人で印象には強かったが、また会うような機会も無いだろうし、いちいち気にしても仕方がない。
名前も知らない人だし。
それよりも、今日は久しぶりの実践演習だから、気合を入れないと。
「お待たせ!時間大丈夫だよな?」
校門前には、先に出発の準備を終えているシックが居た。
「大丈夫。そもそも遅れたら、私一人で行ってるし」
そう言いながら、俺が間に合ったにも関わらず、一人で出ようとしていた。
「ちょ、待てよ!本当に大丈夫なのか?!」
「はいはい、早くしてよね」
振り返ろうともせずに進むシックを、俺は急いで追いかけた。
今日の実践演習は、畑を荒らしているスライムを退治してほしいという依頼の解決だった。
実践演習は数えるほどしかこなしたことがないが、大きな失敗したことは無い。
そもそも、割り当てられる内容が簡単なものばかりだし。
最初の実践演習の時のようなことは、そうそうない。
ふと、最初の実践演習のことを思い出した。
あの日のことを思い出すと、手が震えてくる。
なす術もなく圧倒された、あの時。
人生で二回目の、力不足を感じた瞬間。
でも、今こうやって努力し続けてることは、その瞬間になった時、逃げてばかりにならないため。
俺は、拳を強く握りしめて、震えを無理やり止めた。
二日ほどかけて、依頼主のいる村へと辿り着いた。
リトレ村という名前で、村の規模は大きくないが、パッとみた感じ、みんな良い人そうだった。
しかし、演習でこんな遠いところまで来るのは初めてだ。
ここに来るまでに、いくつかの村を経由して、そこで宿を取って休んだりはしたが、他はずっと移動ばかりだった。
いつもは日帰りで済むというのに、どうして今回はこんなに時間がかかる演習なんだろう。
「育成学校から来ました、モンデとシックです。スライムの退治の依頼を聞いてきました」
リトレ村には門番がいたので、その人に要件を伝えた。
「来てくださって、ありがとうございます。移動でお疲れでしょうし、休憩場所を用意してます。案内しますね」
「ありがとうございます」
俺とシックは、門番の人に案内され、小屋へと入った。
小屋の中は、客をもてなすレベルを超えて、このままここに住めるぐらいで、ベッドや調理場やトイレもしっかりと備えられてた。
「ふぅ、ベッド使うね」
「あ、ああ」
「とおっ」
シックは、ベッドへと飛び込んだ。
よく考えたら、部屋に男女が二人きりだ。
これは、まずいんじゃないか?
宿をとる時は二つとって、それぞれ別の部屋だったから、ここまで無防備なシックは初めてだ。
「んんっ・・・、んー・・・・・・」
チラッとシックの方を見るが、彼女はまるで気にしている様子はない。
自分ばかり意識してるせいか、さらに恥ずかしく思う。
俺はシックから目を逸らして、何もない壁を見ることにした。
しばらくすると、小屋の入り口のドアからノックの音が聞こえた。
「どうぞー」
入ってきたのは、五十代ぐらいに見える男の人だった。
「時間は良かったか?」
「うん」
いつのまにか、シックはベッドから身体を起こしていた。
その姿は、いつも通りだった。
別に俺のことを異性として見ろとは言わないが、ここまで無神経なのは、それはそれでどうなんだろう。
「依頼で聞いたと思うが、村の畑をスライムが荒らしてんだ。この村では、魔族と戦えるような奴は居ないからな。助けて欲しいんだ。今からでもいいか?」
「はい、問題ありません」
「助かる。じゃあ案内するよ」
男の人の案内で、俺とシックの二人は、畑へと行った。
「いつもの時間だと、これぐらいの時に畑に来るんだ。そこを退治してほしい。頼んだぞ」
そう言って、男の人はどこかへ行ってしまった。
畑に残された俺とシックは、スライムを静かに待つことにした。
「そういえば、闇属性を探知に使うっての、今試せるんじゃないか?」
「もうやってる」
シックの方を見てみると、シックは目を閉じて集中しているようだった。
俺は探知とかよく分からないし、自分の目で周りを確認することにした。
十分ほど待っていたが、いつまでもスライムが現れる様子はない。
「なあ、シック・・・・・・」
「しっ!」
待つことに飽きて、シックに話しかけようとしたが、シックは人差し指を彼女の唇に当てた。
大人しくしてろ、とのことらしい。
俺のしょうもない理由で、彼女の邪魔をするわけにはいかないし、大人しくそれに従うことにした。
さらに待つこと五分、ずっと目を閉じていたシックが、突然目を開けた。
「居る。二時の方向。こっちに向かってる。多分あと二分ぐらい」
シックは確信めいたように言った。
俺もそれを疑う理由はなく、スライムが来るのを待ち構えた。
シックの言った通り、二分ほど経った頃、スライムが現れた。
「よし、やるか・・・・・・」
戦闘においては、シックよりも俺の方が優れている。
俺の役割は、基本的に敵の前で、素直に戦う。
もちろん、無茶はしないように。
シックには観察をメインに行ってもらい、隙があれば、そこを突いてもらったり、気づいたことを伝えてもらう。
スライムを前に、剣を強く握る。
魔族を前にすると、どうしても力んでしまう。
母親を殺した種族、思うところが無いわけがない。
いつも冷静でいるようには意識しているが、逆に言えば、意識しなければ冷静になれない。
「はあっ!」
剣を大きく振りかぶって、スライムへと振り下ろす。
スライムは小さく、すばしっこかったので、なかなか当たるのは苦労しそうだった。
「モンデ!」
シックが、いきなり大声で俺を呼んだ。
まだ一度しか攻撃していないが、何か違和感でも感じたのだろうか?
「どうした?」
「多分、それ弱いから一人で頑張って!」
「ええ?!」
シックはそう言って、一気に緊張が解けた様子になった。
その様子を見て、なんだか俺まで気が抜けてきた。
いくら相手が弱くても、ペアで依頼をこなしに来てるというのに。
だが実際、スライムはたいして強くなかった。
向こうからの攻撃の意思はないし、ただ畑の食べ物を貰いたかっただけのようだ。
ちょっと力を見せつけたら、ブルブル震え出して、逃げていった。
可哀想に見えたが、悪いことをしてるし、仕方がない。
そもそも、魔族なんだし。
依頼をこなしたことを報告に行こうと思ったが、先程の男がどこに居るか分からない。
村の中を軽く歩いて、探すことにした。
少し歩いていると、休憩場所と案内された小屋の近くに、男は居た。
誰かと話している様子だった。
とりあえず、報告だけでも済ませようか。
「げっ・・・・・・」
話している男に近づいて見ると、話し相手の正体が分かってしまった。
自分にとって印象が強くて、まだ記憶にしっかりと残っている顔だった。
「おお、少年が来てくれたのか。ご苦労様!」
まさか、旅人さんと、短い期間に続けて、しかもこんなところで会ってしまうなんて。




