第三十五話「相棒と平穏」
それは、今から三年前の話。
マモンとウェルフが出会ったのは、共に知性が生まれ始めた頃だった。
どちらも、そこらの魔族よりも力を持った存在だった。
自分の力の強さに自覚し、その力を持って、弱者を支配しようという欲望が、彼らに知性をもたらした。
その力を持って、あたりの魔族を支配下に置こうと、ありとあらゆる暴力を振るっていた時に、二人は出会った。
お互いに、今まで負けを知らなかった二人。
自分に絶対の自信を持つ二人が出会った時、争いが起きないわけがなかった。
二人の実力は拮抗していて、決定的な勝負がつくことはなく、どちらも疲弊しきっていた。
「はぁ、はぁ・・・・・・。ここまでやるやつは初めてだ。お前、つえぇな」
「俺だって、ここまで苦戦するやつに出会ったのは初めてだ・・・・・・。素直に認めよう・・・」
お互いがお互いの力を認めた時、二人は固く握手をした。
同じ志を持つ者同士だったのもあり、仲良くなるのはすぐだった。
それからは、二人で共に他の魔族や人を襲うようになった。
「弱すぎる弱すぎる!こいつらの救いは、オレ様に殺される瞬間まで、何も知らなかったことだなぁ。死の痛みも恐怖もねぇんだからよ」
ウェルフは、とにかく大量に殺すことを好んだ。
自分が圧倒的であることに、快感を覚え、優越感に浸ることが好きだった。
「ほら、早く跪いて地面を舐めろ。俺に従わないなら、貴様の女の喉をナイフで抉るぞ」
「や、やめて・・・・・・」
マモンは、相手を精神的に支配することを好んだ。
相手が自分に服従する姿を見ることに、快感を覚え、優越感に浸ることが好きだった。
手段は違えど、それでも二人が協力し合っていることは間違いなかった。
マモンが好き放題やりたい時は、ウェルフが周囲の監視をし、ウェルフが好き放題やりたい時は、後処理はマモンが受け持つ。
そうやって、自分のやりたいことに集中できるように、お互いの自由を極力邪魔しない程度に、活動していた。
マモンの様子が変わったのは、彼が魔王城へ乗り込んだ時からだった。
「ウェルフ、どうやら魔族を統べる王が居る城があるらしい。今度はそこを攻めてみないか?」
魔王城を攻めようと提案したのは、マモンからだった。
この時のウェルフはあまり乗り気ではなかった。
共に行動をし続けた相棒の提案とはいえ、相手は魔族を統べる存在だ。
確かに、魔王を打ちのめしてしまえば、もう二人に逆らうことができるような魔族は、ほぼ居なくなるだろう。
二人の欲望の終着点の一つと言っても、過言ではない。
だが、ウェルフはどうしても乗り気ではなかった。
支配欲が無くなったわけではないが、相棒と共に過ごした思い出が、彼の中で強くなっていた。
もしマモンの提案が成功に終わったら、その先はどうなってしまうのだろうと思っていた。
「いや、オレ様は・・・あんまりだな」
マモンの提案を、ウェルフは歯切れの悪い返事で答える。
その思惑をマモンは読み取ることはできなかった。
「そうか・・・、確かにずっとやりたい放題してたし、たまには休憩してもいいだろう。俺一人で行ってくる」
「ああ、いや・・・」
「どうした?」
だが、ウェルフも、自分が一緒に行動しない理由をはっきりとは言えなかった。
結局、そのままマモンは一人で魔王城へと行った。
一人取り残されたウェルフは、何かをする気も起きず、ぼーっと時間を過ごしていた。
マモンが戻ってきたのは、別れてから三日後のことだった。
「ウェルフ、すまない。俺はもうお前と行動はできない。魔王城で静かに過ごすと決めたんだ」
「な・・・・・・?」
ウェルフはその言葉を信じられなかった。
正確には、信じたくなかった。
突然裏切られた気持ちになってしまったから。
マモンが目的を達成してしまって、それで関係が終わってしまうなら、まだ受け入れることはできた。
でも、そうじゃなかった。
目的を捨てたから、マモンはウェルフと関係を断とうとした。
そのことが、彼にとっては許せなかった。
「俺は平穏というものを知った。俺は今まで、他人の平穏を奪いつくしていたんだ。例えそれが俺にとっての平穏であっても、誰かの平穏の上に成り立つなら、その平穏は認められるものじゃないんだ」
「急にどうしちまったんだよ?!オレ様たち、ずっと好き放題やってたじゃねぇか!何をいまさら・・・、それに支配したいってのは、お前の欲望じゃないかったのかよ?!」
「俺は元々、他者を管理したいと思っていた。だから、平穏な場所を作るために、俺は魔族を管理する。そこに支配なんてものはない」
どれだけウェルフが訴えようと、マモンの意思は変わらないようだった。
完全に二人の道は分かれてしまった。
マモンの定まった気持ちは、ウェルフにはどうしようもなかった。
「一体、いきなりどうしたんだよ?!魔王城で何かあったのか?!」
「魔王城の魔族に襲い掛かったが、取り押さえられた。その後に、そこでほんの数日暮らしたが、今まで自分とは真逆の、温かい日常だった。俺はここが、自分の居場所になり得るのではないかと感じた」
「一度取り押さえられたならさ、オレ様も一緒に行くから!二人なら何とかなるかもしれないだろ?!なあ、オレ様はお前にとっての居場所じゃなかったのかよ?!」
ウェルフは、大切な相棒が消えてしまうかもしれないことに、焦燥感を覚えていた。
どれだけ必死に語りかけようと、終始真顔のマモンは、ウェルフの顔をどんどん青ざめさせた。
「さようなら、ウェルフ。俺はもう以前の俺とは違うが、お前のことは忘れない」
そう言って、マモンはウェルフの元から去っていった。
「そして、オレ様とマモンはずっと会うことがなかった。今の今までな。まだ魔王城に居るかもしれねぇと思っていたが、やっぱり暢気に過ごしてたんだな」
ウェルフは、過去を話し終えると、俺の方を向いた。
裏切られたという話をした割に、彼の様子は飄々としている。
「魔王さん、気は済んだかい?元々、約束は明後日なんだ。俺はもう帰らせてもらうぜ」
「・・・ああ」
「待て!ウェルフ!」
マモンの声を無視して、ウェルフは姿を消した。
その場には、俺とマモンの二人が取り残された。
「すみません、ディザ様。私の勝手な都合に巻き込んでしまって・・・・・・」
マモンは俺に合わせる顔がないと言いたげに、斜め下を見ながら申し訳なさそうにする。
「お前が隠したがっていたことを、俺が勝手に知ろうとしただけだ。むしろ悪いのは俺だ」
「いえ!私が自分の主に隠し事をしていたことが・・・」
「なんでも自分のせいに考えようとするのは、お前の悪い癖だ。今は、俺の否を受け入れてくれ」
「・・・はい」
完全にではないが、一応は受け入れてくれたようだ。
「私は確かに、あいつを裏切ったかもしれない。だからと言って、昔の相棒の邪魔をする奴じゃないと思っていたのに・・・・・・」
マモンは唇を強く嚙んでいた。
今のウェルフに、納得がいっていないようだ。
確かに、ウェルフは強い者には敬意を示す。
ウェルフにとって、相棒のマモンは敬意を示すような相手なのに、魔王城への襲撃は、彼が今まで行っていた、支配のための攻撃と似ている。
ふと辺りを見ると、いつの間にかすっかり暗くなっていた。
今日一日に起きたことが、非常に多かったのを感じる。
マモンも含め、一度落ち着く必要がありそうだ。
「とにかく、一度魔王城へ戻ろう。今後のことについても、一度ゆっくりと話し合わなければならない。今日は休んで、明日また魔王室へ来てくれ」
「承知しました」
俺とマモンは魔王城へと帰り、その日を終えた。




