第三十三話「飲み込む」
魔王城への帰路の途中、俺はアイリスに、彼女の能力について聞くことにした。
城に戻ったら、おそらくそれどころじゃないと思ったからだ。
「お前の能力、幻覚を見せるタイプの能力だったんだな」
アイリスは露骨にテンションが低かった。
確かに、今までアイリスは圧倒的な力を見せていたが、今回に関しては無力だったと言っても過言ではない。
慰めを入れたほうがいいだろうか。
「まあ、今回は相性が悪かっただけだ。別に、アイリスが悪いとかそういうことはないだろ」
普段は一度もしなかったが、頭を撫でた。
このまま落ち込んだままで居られても困るし、たまには良いだろう。
アイリスは頭を撫でられたことがうれしかったのか、一瞬パッと明るい顔を見せたが、すぐに暗い表情に戻った。
余程立ち直れないショックを受けたらしい。
「まあ、相性が悪いのは認めますっ。ですが、自分の力には少し自信があっただけに、ちょっとショックですね・・・・・・」
今までアイリスは能力を隠していたが、初見でワーウルフに見破られ、そして完全に対応されてしまった。
少々酷かもしれないが、今のタイミングなら能力について聞き出せるかもしれない。
「アイリスの能力、詳しく教えてくれないか?」
「本当は秘密にしたかったけど、バラされてしまった以上、お話しします」
アイリスの口調は、いつもより重かった。
彼女は少しだけ引き締まった顔になり、話を始める。
「私が得意とするのは、察しの通り、幻覚を見せるものです。幻覚を見せることができる場を作り、その場の中では、私の思い通りにすることができますっ。基本的にはですが」
「例外があのワーウルフか」
「はい・・・・・・・これは、精神力に作用するのですが、強い精神を持った相手には、例えば命令を下したりとかはできません。私は『動くな』とあの場で言いましたが、通用しなかったのはそれが理由ですね。他にも、幻覚を現実だと思い込んでる相手には、偽りの攻撃も通るんですけど、偽物だと理解しているなら、全くの無駄になりますね」
ワーウルフとの戦闘のからくりが、全部わかったような気がする。
コルソンの時に、落ちろと命じて落ちたのも、アイリスの能力というわけだった。
「アイリスが能力を使う時、ちょっと肌寒く感じたのは、場を作っていたっていうことか?」
「そうですっ。普通は場ができた時は、ほんのわずかに違和感を感じる程度なんですが、ディザ様やあのワーウルフはハッキリと察知できたというわけなんですねっ」
アイリスの話を聞くと、ますますあのワーウルフとの相性の悪さを感じる。
命令が効かないほどの精神力の強さと、場が作られたことを察知でき、幻覚も鼻で見破ることができるほどの鋭敏な感覚の持ち主。
おまけに、一級品の素早さを持ち合わせていては、触れることすら難しい。
色々と考えていると、自分が大事なことを聞き忘れていたことを思い出した。
「幻覚を見せる場を作るなんて、どういう仕組みなんだ?何属性を使うか、想像もできないぞ・・・・・・?」
それを聞いて、アイリスは話しづらそうにしている。
今まで秘密にしていたことだし、話しづらいことなら無理に聞き出すのはやめておくほうが良いだろうか。
そう考えている間に、アイリスは口を開いた。
「場を作るっていうことは、その・・・・・・空間を支配するってことなんですっ。だから、その空間を・・・ええっと・・・・・・」
アイリスは話始めてもなお、言いづらそうにしていた。
視線は右へ左へ動いていて、こっちの方はまるで見ようとしない。
だが、それまでの説明と、言いづらそうな姿を見て、俺は察してしまった。
「・・・・・・空間を飲み込むってことか?」
「はい・・・・・・」
アイリスは少し下を向いて、目を合わせようともせず、そのまま頷く。
飲み込む。
それは俺にとって聞きなじみのある言葉だった。
「アイリスは闇属性を使えたのか」
「そうです。今まで秘密にしてすみませんでした」
アイリスは深く頭を下げた。
アイリスが言っていることが事実なら、アイリスは俺でも知らないような闇属性の扱い方を知っていたというわけだ。
「まあ、魔王である俺ができなくて、部下ができることがあるんなら、それは言いづらいだろうな」
「そ、そんなことは・・・」
口では否定しているが、うろたえている様子から、図星なんだろうと思った。
だが、俺はアイリスに怒っているわけではない。
むしろ、自分が闇属性でここまで強くなれた、最初の理由を俺は思い出していた。
「怒っているわけではないんだ。俺は確かに、闇属性を使って幻覚を見せることはできない。だけど、それでアイリスを妬んだり、蔑ろにするわけがない。むしろ、できない俺が悪いんだ」
「でも・・・・・・」
「だから、俺にやり方教えてくれないか?」
「・・・!」
俺はアイリスに右手を差し出す。
元々、俺は強くなって認められたいという気持ちで、ここまで努力を続けた。
しかし、人族で最強と呼ばれるようになって、これ以上強くなるというモチベーションは、希薄になっていった。
だが、目の前には、俺よりも上の存在が居る。
だったら、もっと強くなりたいという気持ちが先に出てくるのが、俺だ。
「俺もその幻覚を見せる能力を使えるようになりたい。だから、教えてくれ。強い奴に仕えたいのが、アイリスの欲望なんじゃないか?」
アイリスは、初めて俺と目を合わせた。
わだかまりが解けたのか、さっきまでの迷っていた表情は無い。
「はいっ!私に教えられることならっ!」
そして、魔王城に帰るまでの少しの時間、俺はアイリスに幻覚を見せる仕組みを教えてもらうことにした。
「簡単に説明すると、辺り一帯を闇で覆い、その内部を自分の想像で補うんですっ。ディザ様は闇を覆った部分を、消えろ、と念じることで対象を消していたと思うんですが、その消えろという意思を、闇の内部に世界を作るという意思にすればいいんですっ」
「いや、最初の段階から厳しいんだが・・・・・・」
アイリスは、さっきまでの態度とは正反対で、軽い口調でウキウキと説明する。
それに対し俺は、やっていることのスケールの大きさに、途方に暮れていた。
辺り一帯の空間を闇に覆うということが、まず相当に修練が必要だろう。
そして、想像でその闇の内部で、幻覚を作るというのは、全くイメージができない。
「うーん、そもそも、大きく場を覆えるほどの力が俺にはないな・・・・・・」
「まあ、それは訓練を続けるしか・・・・・・」
「そうだな」
最近、自分に慢心して、強くなろうという気持ちが薄れていたからこそ、これは良い機会だった。
明後日の戦いには間に合わないだろうが、向上心を再び取り戻すことができたことは、俺にとって良いことだった。
「内部を想像で補うことに関しては、小さい魔族に協力してもらうか。スライムサイズなら、覆えるだろう」
「失敗しないでくださいねっ?」
「ああ、気を付けないといけないな」
もし、今までの癖が出てしまって、練習に付き合ってもらっている魔族を消してしまうような事態は、絶対に避けたい。
俺が幻覚を使えるようになるには、相当気が遠くなるだろうし、相当神経も使ってしまうだろう。
そんなこんなで、アイリスから色々とレクチャーしてもらっている内に、魔王城へと着いた。
幻覚の練習は一時中断だ。
俺は魔王室へと戻り、どうしても話をする必要がある男を、部屋へと呼んだ。




