第三十一話「暗殺者」
翌日、俺とアイリスは二人で魔王城の外に出ていた。
魔王城の周りは、深い森に覆われていて、視界は非常に悪い。
それほど大きい森ではないが、森の中に入れば、森の外の状況は全く分からず、いかにも迷ってしまいそうな森だ。
「調査といっても、さすがに骨が折れますよねっ。敵の情報が少なすぎる上、この視界の悪さだし、結構苦労しちゃいそうですねぇ」
アイリスは露骨に嫌そうな顔をする。
「そんなこと言ったって、仕方がないだろ。そういう事態だからこそ、俺たちが動かないといけないんだ」
「ううっ、ぐうの音も出ないほどの正論・・・・・・」
正論をぶつけられて、落ち込むアイリス。
だが、こう文句は口にするものの、なんだかんだ面倒ごとにも付き合ってくれるし、仕事もこなしてくれる。
その点は信頼できる。
俺たちは森の中を探索する。
森の中には様々な魔族が居るらしく、適当に話を聞いてみることにした。
最初に会ったのはオークだった。
「最近襲っている魔族について、知っていることはあるか?」
「ウオ・・・?」
俺が声をかけると、オークは首を傾げた。
そもそも言葉は通じているのだろうか。
「なあ、アイリス。これ話通じているのか?」
「多分、言葉は話せなくても理解はできるはずですっ」
「じゃあ、これは何も知らないってことなのか・・・・・・?」
「ウオー」
俺が確認を取ると、オークは頷いて答えた。
知性の無い魔族と会話する時、いつも不安に感じてしまうが、いい加減慣れないといけないと感じる。
「それじゃ、次行くか」
「はいっ」
しかし、それから調査を続けても、大した成果を得られることはできなかった。
どの魔族に聞いても、襲撃について知っている様子はなく、むしろ危機に陥っているというのに、平和そうに見えた。
また、大きな異変に遭遇することもなく、調査を始めた時からずっと、雰囲気は変わらないままだった。
「うーん、今日はたまたま襲撃が無かったのかな?」
「そうかもしれませんねっ。まあ、今まで情報を掴めてないですし、相手側も簡単に尻尾を掴ませたりはしないでしょうねっ」
もう日が暮れる頃まで、辺りを調べていたが、時間も時間なので、今日の調査はもう終わりにしようと思い、俺とアイリスは魔王城へと帰ろうとした。
しかし、帰り道の途中、行きの時には明らかに見ることのなかったものが、そこにあった。
「いつの間に・・・・・・」
俺とアイリスが見たのは、最初に聞き取り調査をしたオークだった。
だが、そのオークは血だらけになっていて、ピクリとも動かないまま地面に伏せていた。
明らかに死んでいることが、見てわかる。
全身は切り傷のようなものが見られ、特に首の傷は深く、確実に殺すという意思が見られた。
敵からの攻撃があったなら、叫び声やら遠くからでも聞こえておかしくないのだが、そんな声を一度も聞くことはなかった。
そもそも、このあたりの魔族は皆この事態に気づいていない様子で、敵の相当な隠密性の高さが推測される。
「まずいな、これはかなり危険な状況な気がする。相手の手口が分からず、その尻尾すらまるで掴ませず、こっちの魔族はじわじわと殺されてしまう・・・・・・」
確かに、マモンも手を焼いていて、助けを求めてくるのも分かる。
せっかく期待されている以上、投げ出すわけにも行かないので、明日はやり方を変えて、再び調査に出ることにしよう。
城に戻り、今日あったことをマモンに伝えた。
森の中では大きな異変を感じ取ることはできなかったこと。
どの魔族も、危険な状況に居ることにまるで気づいていない様子だったこと。
全く何も気づかない内に、魔族が殺されてしまったこと。
「すまないな、今日は大した成果を上げることができなかった。また明日調べてみようと思う」
「いえ、ディザ様から伺った情報は、どれも今まで把握できていなかったことです。感謝申し上げます」
そう言って、マモンは頭を下げた。
「ところで、これらの情報とワーウルフの関係はありそうなのか?」
俺はふと思った疑問を投げる。
マモンはワーウルフに固執しているようだったから、やはり気になってしまう。
俺の質問を聞いて、マモンは手を顎に当てて考え始め、少し経ってから、答え始めた。
「すみません、関係するかどうかはハッキリとは分かりません。もしかしたら、そういうこともできるかも・・・・・・といった程度でしょうか。ワーウルフは確かに隠密性が高い生物です」
マモンの回答は、曖昧なものだった。
決定打となり得るような情報が無いので、仕方がないのだが。
情報共有はあらかた終わったので、最後にどうしても気になっていたことを、マモンに聞くことにした。
今回の件に直接関係はないかもしれないが、気になることを解消したい気持ちはある。
「なあ、マモンはどうしてワーウルフのことがそこまで気になるんだ?」
それを聞いたマモンは、やはり普段とは違って、重く真剣な表情だった。
「それは・・・・・・過去の話です」
マモンはそれ以上何も話そうとしなかった。
その真顔から真意を読み取ることはできなかったが、少なくとも明るい話ではないことは察せた。
そして、調査の二日目が始まった。
その日はアイリスと俺に分かれて、張り込みをすることにした。
何かが起きるのをじっと待つことは、後手に回されている気分だが、実際こっちが圧倒的に不利なので仕方がない。
俺は木の上に身を潜め、ゴブリン一人に対象を絞り、何かが起きるのを待つことにした。
この作戦も、襲撃対象がこのゴブリンや、アイリスが張り込んでいるところは関係ない場所だったら、何も得ることができず失敗に終わるが、今はこの手段しか思いつかなかった。
張り込みを続けて二時間、ゴブリンの周りでは何も起きず、森全体の雰囲気にも異変を感じなかった。
「くそっ、失敗したか・・・・・・?」
長い時間待っていても、何も起きなかったので、次の手を考えようと思った瞬間、その一瞬で見ていたものに変化が起きた。
「な・・・・・・?!」
さっきまで普通に過ごしていたゴブリンが、いつの間にか血だらけになって殺されていた。
その死体は、前日に見たオークの死体と同じく、大量の切り傷を負っていた。
あまりにも衝撃的な出来事だったので、俺は咄嗟にゴブリンの死体のところへ駆けていった。
だが、それはあまりにも迂闊な行動だった。
俺がゴブリンの死体にたどり着いた途端、一瞬だけ周囲で何かの気配を感じた。
「まずい・・・・・・!」
俺は防御のために、全身を闇で覆った。
その刹那、全身に衝撃が走った。
間一髪のところで、なんとか防御は成功した。
あまりにも突然すぎる攻撃と、あと少しで死んでしまう状況だったせいで、俺の精神力は相当削られてしまった。
それでも、次に何かをされてしまう可能性もあるので、俺は周囲の警戒を続ける。
だが、二度目の攻撃が来ることはなかった。
「ふぅー・・・・・・」
緊張から解かれ、大きな息を吐いた。
見えない敵からの攻撃、それは敵が姿を消しているのか、遠くからの攻撃なのかは分からないが、情報が掴みづらい理由の一つは分かったような気がする。
確かに、毎度こうやって襲撃されてしまったら、何もわからずじまいだ。
その後も調査は続けたが、これ以上の情報は得られず、誰かが殺されているのも確認はできなかった。
アイリスの方も同じく、新しい情報は無いようだった。
今日の調査はこれで終わりにすることにした。




