第十八話「羊肉のステーキ×2」
魔王城に滞在し始めてから、一週間ほど経っていた。
魔族からはある程度の信頼は得られているし、知識もそれなりに付いたので、そろそろ人族での活動も始めるべきだろうか。
アイリスに任せておけば、城の運営も問題はないだろう。
そもそも、何もしなくても、与えられた仕事を勝手にこなしてくれるはずだ。
城を空けることをアイリスに伝えるため、魔王室へと呼んだ。
「しばらく外で活動することがある。城を空けるからその間は頼むぞ」
「な、あ・・・、え・・・・・・?」
アイリスは呆然としていて、言葉をほとんど発せず、そのまま部屋を出ていった。
そこまで衝撃を受けることだったのだろうか。
まあ、俺からの頼み事なら、問題なくやってくれるだろう。
俺は数日かけて、ヒューゼ王国へと戻った。
この移動時間が短縮できるならいいのだが、そんな都合が良いものがあるわけない。
とは言っても、両方で行動をする上で、一番面倒なことなのは間違いない。
ヒューゼ王国に戻って、まず初めにすることは、やはりマナの食堂で食事だ。
あの店で食事をすることが、戻ってきたという感覚を俺に与えてくれる。
「いらっしゃいませー!あ、レイス君!今回は前から間隔短かったね」
とびきりの笑顔で、看板娘のマナが接客してくれる。
この相変わらずの笑顔も、俺にヒューゼ王国を感じさせてくれる。
今日もいつものように、客がほとんど居なくて、俺以外には一人だけだった。
俺は適当な席に着いて、マナが他に接客がしているのを終わるまで待つ。
「お待たせしました!羊肉のステーキです!」
「わぁっ!ありがとうございますっ!」
俺がいつも頼む料理と同じ料理が、他の客のところに運ばれる。
しかし、その客をよく見てみると、明らかに見たことがある姿をしていた。
その客は、俺の存在に気づいた。
「あっ、ディふごぉっ?!」
明らかに呼ばれてほしくない名前を呼ぼうとしていたその口を、急いで手でふさぐ。
「おい、なんでこんなところにいるんだ。留守は頼んだと言っただろ」
「ふぁっふぇ~」
さすがに、アイリスがこんなところに居るとは思わなかった。
しかし、会ってしまった以上はもう仕方がない。
「人族の居る場所では、俺のことはレイスと呼べ。様も付けるな。分かったか」
「はいっ」
素直に従ってくれることが数少ない救いだ。
「お知り合いなんですか?あ、レイス君は羊肉のステーキでいいですよね?」
「はいっ!あ、レイスさんもこっちで一緒に食べましょうっ」
アイリスに言われるがままに席に着く。
だが、魔族のアイリスがこんな人族の国に来ても問題ないのだろうか。
小悪魔は一目で見て魔族と分かる見た目をしている。
そう思ってアイリスを見てみると、羽も尻尾も生えていなかった。
「羽と尻尾はどうしたんだ?アイリス・・・だよな?」
マナには聞こえないように小さな声で話す。
「羽と尻尾は見えないようにしてますっ。そういうこともできるのが私なんですっ」
「なんでもありだな・・・・・・」
得意げにしているアイリスに対して、俺は半ば呆れていた。
アイリスの行動は、彼女なりに問題ないと思ってやっていることなんだろう。
「城の方も問題ないんだな?」
それでも、一応は確認する必要があると思って、質問する。
お先に失礼しますっ、と言って羊肉のステーキを食べながらアイリスは答える。
「マモン君に任せましたっ。あの子優秀なので、何の問題もないでしょうっ。本人も『お二人の代わりになるかは分かりませんが、お任せされた以上、全力を尽くさせていただきます!!!』とめちゃくちゃ張り切ってましたっ。あ、これ本当においしー」
城やマモンのことは特に気にもしてない風に話していた。
目の前の羊肉のステーキに夢中のようだ。
マモンは、魔族の全情報の管理と城内での仕事の管理の、統括責任者のはずなんだが、これ以上働かせて大丈夫だろうか。
俺が魔王になってからは、俺もアイリスも特に決まった仕事はしていなかったが、忠誠心の強いマモンのことだから、何をするか分からない。
少々不安だが、こっちでどれほど滞在するかもまだ定まっていないし、何も起きないことを祈るしかないな。
「私、ディ・・・レイスさんの人族での話を聞いて、どうしても気になったんですっ。自分の主が好きだったものを私も知りたくて。レイスさんが居ない間にこっそり来ちゃおうかなっと。まさかばったり遭遇しちゃうとは思いませんでしたっ」
俺が次に質問しようとしたことを、アイリスは手をもじもじさせて、恥ずかしそうに答える。
そんなことを言われてしまっては、俺も強く言うこともできず、こっちまで少し恥ずかしくなってしまった。
お互いに何となく気まずい雰囲気だった。
「お待たせしましたー!羊肉のステーキです!」
その雰囲気を壊してくれたのは、マナだった。
食事で誤魔化せるのはありがたい。
目の前に運ばれた羊肉のステーキは相変わらず美味しそうだった。
熱々の湯気。いつもと変わらない香り。舌の中で広がる旨みと肉汁。
いつになっても、この味は飽きないだろう。
「そういえば、そちらの女性はレイス君と仲が良いんですね」
マナはアイリスのことが気になったのか、アイリスに話しかける。
「はいっ、アイリスと言います。レイスさんの相棒と言っても過言ではないですねっ」
それに対して、ニヤニヤとして答えるアイリス。
ちょっと嫌な予感がしてきた。
「へぇ~、この前レイス君が来た時は、アイリスとさんという相棒がいるという話は聞かなかったですけどね。ちなみに、私はレイス君との付き合いはもう何年にもなるんですよね~」
「何をっ!私とレイスさんは一緒に寝たことあるぐらいですよっ」
「なっ?!」
謎のマウントの取り合いが始まってしまった。
自分の話だから、より一層居づらさを感じてしまう。
俺は、さっさと食事を終わらせて、二人に気づかれないように店から出た。
今日ヒューゼ王国に来た理由は、育成学校に行き、闇属性の使い手の生徒が居ないかを聞き、もし居るのならば、直接指導をしようという理由だ。
闇属性を浸透させるためには、俺一人ではなく、多くの闇属性の使い手が問題ないということの証明をすることは良い手だろう。
アイリスは放置していても問題ないだろうし、俺は育成学校に居る学長に会いに行くことにした。




