第九十九話「エゴ」
丸一日経っても、マモンが城へと戻ってこない。
ここまで帰ってこないなら、さすがに不安になる気持ちが抑えられない。
もう十分すぎる時間は経ってるはずだ。
マモンを探しに行こう。
「アイリス、昨日マモンと別れた場所まで連れて行ってくれ。さすがにあいつが心配だ」
「了解ですっ」
アイリスも心配そうな表情になっている。
それはそうだ。
俺たちを逃すために一人だけ残って、それで今はマモンの安否が分からない。
誰だって嫌なことを考えてしまうに決まっている。
アイリスの空間転移で、俺とアイリスはマモンと別れた山へと再び訪れる。
そこは、恐ろしいほどに静寂だった。
俺とアイリスが歩く足音のみが、耳に響く。
マモンは、居ないのだろうか?
生物の気配を何も感じない。
逃げ切っていて、諸事情で城に戻ることができず、どこかに隠れて避難している、って感じだったらいいのだが。
マモンを探しながら歩いていると、鼻に嫌なにおいがついてきた。
静寂を破壊するように、バサッと羽ばたく音が聞こえる。
カラスの鳴き声が空へと響き渡る。
目の前に、カラスが何かを囲んでいるのが見える。
嫌な感じがする。
気持ちが焦る。
俺はカラスの場所へと走る。
近づくと、カラスは逃げるように飛び出した。
何か人だが魔族だかが、仰向けで倒れている。
見慣れた服を着ていた。
片足を失っていた。
心臓部分にぽっかり穴が空いていた。
ボロボロではあったが、見たことのある羽が生えていた。
ほんの一日前に見たことのある仮面をしていた。
俺はその仮面をゆっくりと外した。
眉一つぴくりとも動かない、マモンだった。
片足が無ければ、走って逃げることもできなかっただろう。
羽がボロボロなら、飛んで逃げることもできなかっただろう。
心臓が無ければ、もう生きているわけがないだろう。
マモンは、俺たちを庇って、死んでしまったのだ。
「おい、嘘だろ・・・・・・。嘘だよな?」
俺はマモンの身体を抱き抱えた。
手に持っていたマモンの仮面は、カランと音を立て、地面に落ちる。
一切力の入っていないその身体は、重力に完全に従っていて、体重全てがそのまま俺の両腕にかかる。
肌はひどく冷たく、生の温かみは全く感じられなかった。
死だと分かる要素ばかりが、俺に教えられる。
「そんなっ・・・・・・」
俺に遅れて来たアイリスも、マモンの死体に気付いた。
絶望した顔に悲しみの涙が、目の端に浮かぶ。
これも全て、超上会のせいだ。
人族にとっても、魔族にとっても害悪な存在だ。
とうとう俺の身内の命さえ奪った。
怒りがふつふつと湧き上がる。
さっきまでは抑えられていた力も、徐々に制御できず溢れ出てきた。
「ふざけるなよ、本当に・・・・・・。もううんざりだ。いい加減我慢の限界だ。殺してやりたい。同じ世界に生きていて、同じ空気を吸っているだけで、もはやイライラが止まらない・・・・・・!」
もう闇属性が漏れ始めていた。
気分が悪い。
ふざけた連中だ。
「ディ、ディザ様っ!落ち着いてくださいっ!」
アイリスの声が耳に入るが、それに構う気はない。
ただ今は一度、この溢れた力を一気に解放したい。
そうしないと、この苛立ちが全く収まる気配がしない。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
俺は溢れ出る闇属性を一気に解放した。
マモンの死体と生物以外の全てを飲み込む。
山の草木は全て消え、緑の山は土の塊へと化す。
ありとあらゆる野生生物が、突然の現状に驚く。
地の獣はどこに向かうでもなく、何かに逃げるような勢いで、様々な方向へと走り出す。
空の獣は、地上に居てられないと言わんばかりに、一目散に山から離れるように飛んで行った。
自分でも思ったよりコントロールができていることに驚く。
無駄に命を奪おうと思わなかっただけで、この出来だ。
自分の力のそのものと、その扱いのレベルも上がっている。
闇属性って、感情だけでここまで強力で精密になるものなのか。
「ディザ様っ!」
アイリスは大声で俺の名前を呼ぶ。
マモンの死への悲しみと、俺への心配も絶頂で、涙をボロボロと流していた。
「落ち着いてくださいっ、お願いしますっ」
アイリスは泣きながら俺に抱きついた。
アイリスは俺に落ち着くよう言うが、俺自身は不思議と落ち着いた気持ちだ。
冷静に自分の力を分析できるぐらいの冷静さはある。
今の俺は、湧き上がる怒りと、客観的な視点の両方を持ち合わせている。
「問題ない。落ち着いてはいる」
俺はアイリスの頭を撫でた。
今の俺の言動に、信頼度など全く無いだろうが。
マモンの死体は、一度城へと持ち帰り、土葬した。
悪魔に土葬の概念があるのかは分からないが、人族も魔族も元は同じだったらしい。
なら、人族と同じ弔い方をしてもいいだろう。
「ううっ、マモンさん・・・・・・」
マモンの直属の部下たちも、マモンの弔いに来ていた。
全員が涙を流していて、マモンの死を心から悲しむ。
いかにマモンが仲間から愛されていたのかが、ひしひしと伝わってくる。
マモンはただ平穏な暮らしを求めていただけだ。
昔は人族を襲うこともしていたかもしれないが、そんな欲望は消え失せていた。
他の幸せを奪うことなく、自分たちの幸せを築こうとしていた。
何度も思うが、自分勝手な超上会に腹が立つ。
何かをされたわけでは無いのに、自分のためだけに平気で誰かの命を奪い去る。
そんなことが許されていいのだろうか。
「君はどうかな?」
どこからか声が聞こえてきたような気がした。
けれど、何を言っていたのか、俺の耳にはちゃんと入ってはこなかった。




