第九十七話「歪」
イーニに逃げられた後、俺は城へと戻った。
中に入るとすぐに、仮面を外したアイリスが俺を出迎えてくれた。
「シックはどうなった?」
「以前居た部屋へと連れて行きましたっ。疲れていたのか、今はぐっすり眠っていますっ」
「そうかっ」
とりあえず、シックは無事なようだ。
俺は仮面を外す。
「その・・・・・・大丈夫でしたかっ?」
アイリスは不安そうな顔を見せる。
イーニのことだろうか。
「ああ、問題ない。俺が無駄に余裕を見せていたせいで、仕留め損ねたけどな」
「その、そっちの話ではなく・・・・・・、闇属性の力が今までに比べて、強大すぎることですっ」
アイリスが心配していたのは、俺の覚醒した力の話だった。
確かに、鍛錬を積んだわけでもなく、急に力が増大してしまった。
「闇属性って、飲み込む力が強力な属性ですしっ、不慣れなほどに強い力を手に入れてしまったら、それに自身が飲み込まれたりするんじゃないかって思いましてっ」
「そんなことがあるのか?」
「いえ、そんなケースに出会ったことがないので、分かりませんが・・・・・・」
アイリスが闇属性に関して知らないことがあるのは珍しい。
俺よりも扱いに長けていて、知識も経験も長年の蓄積があるというのに。
でも、確かに自身が飲み込まれる可能性もあるかもしれない。
実際、溢れ出る力を抑えるだけで、相当集中力を使わされていた。
闇属性を使う時は、むしろ溢れてくる力を放出するだけで済んだが、きちんと制御できているというわけではない。
「多分、今は大丈夫なはずだ。心が落ち着いたからか、力もそれほど溢れ出ているわけではない。おそらく、自分の感情が高まるにつれて、力も強くなっている気がする」
「そうだったんですね・・・・・・」
確かに自分の力ではあるが、安定した力ではない。
もし覚醒していなければ、イーニを圧倒することはできていなかっただろう。
感情によって左右されるという不確定要素は、この先困ることも起こりそうだ。
必要な力なだけに、これは今後の課題になるだろう。
だが、それよりも今一番不安なことは、マモンだ。
マモンは俺たちを逃すために、あの場に残った。
俺たちを逃すための行動なだけあって、こっちの問題が片付いたからって、駆けつけるわけにもいかない。
マモンが無事に帰ることを祈るしかない。
早く、城に戻ってきてくれよ。
「痛い!痛いぃぃぃ、わけがなかった・・・・・・。痛いわけがないんだ。なんでいつも痛いと勘違いしてしまうのだろう」
爪で手足を切り裂いても、牙で喉を掻っ切っても、炎で心臓を焼いても、すぐに元通りになってしまう。
致命傷が致命傷にならず、不死身と言っても過言ではない。
光属性の回復を極めれば、ここまでになるのか。
これでは、ただこっちが疲労するだけだ。
「逃げないのかい?さっきは逃げていたのに。一人にされそうで寂しい寂しい・・・・・・いや、寂しくないんだ。常に一緒に居ることだけが友情じゃないからね。適度に会って適度に遊ぶのが、僕は理想な友人関係だと思うんだ」
「逃げないのかだなんて、無茶なことを言う」
「初めて口を開いてくれたね!嬉しいよ!僕たちの絆を感じる瞬間だ!」
イラトは非常に嬉しそうにする。
こんなにうざったい反応をされるなら、やっぱり沈黙のままでいればよかった。
とはいえ、イラトの皮肉に反応せざるを得なかった。
光属性が極まれば、まさか移動スピードも光の速さになるとは。
さすがに不死身相手はどうしようもないと思い、一度逃げようとした。
闇のゲートも無くなったなら、ディザ様とアイリス様も城に戻ることができたということ。
時間を稼ぐ必要ももう無くなっている。
けれど、俺がこの場から逃げることができない。
俺の一番の長所であるスピードを上回れては、俺になす術はない。
まだ相手が攻撃に転じていないだけで、こいつが本気で殺しに来たら、一体どうなることか。
不死身とスピードだけの男であればいいのだが、究極の光属性の使い手を自称するほどだし、その程度とはとても思えない。
俺、ここで死ぬかもしれないな・・・・・・。
とは言っても、このまま素直にやられるわけにはいかない。
なんとか隙を作って、逃げ切るしかない。
こいつの情報を持ち帰ることができれば、ディザ様がこいつと戦う時に役立つかもしれない。
今勝てなくても、いつか勝つ時のために。
「楽しい時間だったけど、そろそろ終わりにしないといけないかな。君とお別れするのは悲しい悲しい・・・・・・いや悲しくはないんだ。幸せというのは誰かの犠牲の上に成り立つんだ。友達が一人減っても、それ以上の数の友達が喜ぶならそれは嬉しいことだ」
見逃してくれる気も全く無いらしい。
何か策を考えろ。
頭を回せ。
スピードは相手が上、こっちの攻撃は全部無効、相手の攻撃は未知数。
いや、これはどうすればいいんだ?
冷や汗がブワッと溢れ出る。
自分の無力さを感じるわけじゃなく、ただただ相手が強大すぎることが、なおさら恐ろしい。
とてつもない恐怖が、俺の脳内を埋め尽くす。




