第九十五話「もう耐えられない抑えられない」
俺とアイリスとシックは、何とか魔王城の前まで逃げ切ることに成功した。
マモンが何故あの場に残ったのか、何に恐れていたのか、不安と心配に駆られてしまうが、あいつを信じて待つとしよう。
とりあえず、シックをこの前まで居た部屋に連れて行こう。
今後どうするかは、それから考えることにする。
今は疲れてきっているだろうシックを休ませることが最優先だ。
「アイリス、こいつをこの前の部屋まで連れて行け」
「了解ですっ」
仮面をつけたままのアイリスは右手で敬礼をする。
「あ、あの。魔王、さん?ありがとう」
シックは仮面で顔を隠した俺にお礼を言う。
またも俺は言葉では反応しなかったが、仮面越しにシックの目を見て、ただ頷いた。
それだけで、シックは少し安堵した表情へとなった。
シックとアイリスが魔王城へ入ろうとする。
その瞬間、俺の仮面の端に何かがかすり、城壁へと強烈な衝撃が襲いかかる。
ピシッと音が鳴り、仮面にヒビが入る。
誰だ、敵襲か?
「強い魔王様とやらに会おうと訪れてみたら、ちょうど良いところで出会えたようだ。僕はラッキーみたい」
「・・・・・・誰だ」
「ひっ・・・・・・」
全身黒ずくめの男が、俺たち三人の前に突然姿を見せた。
シックはひどく怯えた様子だ。
「いいね、君の静かな声は、僕の耳にちょうど良い。僕の名前はイーニ。超上会の一人だ」
「お前、超上会の一人か・・・・・・」
ここでも、また超上会に絡まれてしまう。
本当に腹が立つ奴らだ。
うざったい、さっさとこんな奴ら全員消えてしまえばいいのに。
「いや・・・いや・・・・・・っ!」
シックは今まで見たことないほどに、顔は青ざめていて、全身の震えが止まらない。
「そうだ、君の処刑が決まったと知って、まだ生きてたんだと思ってたけど、まさかこんなところに居るなんて。逃げられたのかな?随分運が良い子だね」
イーニはニコニコと笑顔を浮かべながら、嬉しそうに話す。
そうか、こいつがシックに致命傷を負わせた本人なのか。
「何が運が良いだ。死にかけになったのも、処刑されそうになったのも、全部お前ら超上会のせいだろう。ふざけたことを言うなよ」
目の前の敵にとにかくイライラする。
ここまで腹が立つことを並べられることが、もはや驚きだ。
「城の中、入ろっ」
アイリスはシックの手を引いて、城の中へと入っていった。
「逃げちゃうか。つまらないな」
イーニはやれやれといった顔になる。
こいつは他人のことを、自分の遊び道具程度にしか思っていないのだろうか。
「つくづく、クズだな・・・・・・」
「クズだなんて、酷いこと言うね」
聞こえないほどに小さな声で呟いたが、イーニはそれを聞き取っていた。
どうやら、相当に耳が良いらしい。
「まあいいや、本当に僕が戦いたかったのは君なんだから。あの子も将来性はあるけど、今はまだその時じゃない。強くなってから、戦ってあげよう」
イーニはポーチに手を突っ込んで、何かを取り出そうとしている。
「お前、次があると思っているのか?」
「何を言ってるの?サノンにあんなにコテンパンにされてたのに、調子に乗ってるのはそっちじゃないの?」
確かに、俺はサノンと戦ってすんでのところで負けた。
イーニがどれぐらい強いかは知らないが、超上会の一員ならば、サノンと遜色ない強さではあるだろう。
だが、不思議とこの目の前の男に負ける気がしない。
何故か身体のど真ん中から、黒い力が湧いてくる感覚がある。
怒りの感情が大きくなるにつれ、だんだん胸が熱くなってくる。
そうだ。この力を解放できるちょうど良い奴が、俺の目の前に居るじゃないか。
「そんなぼーっとして、敵の目の前で隙見せてもいいの?」
イーニは指に鉛玉を乗せ、それを親指で弾いて、俺の方へと飛ばしてくる。
さっきの攻撃は、これだったか。
俺は身体に溜まった抑えきれない力を解放させる。
俺の周囲は一瞬で黒に染まり、月も星も無い真夜中のように冷たい空気が漂う。
自分でも信じられないほどの威力と量の闇が、急に放出された。
「ぐぅっ・・・・・・!」
闇が発生した時に起きた謎の衝撃がイーニを襲う。
彼は両腕を顔の前に出し、ガードの姿勢を取った。
髪や服が風圧でなびき、その場に立ちとまるために、足に力を込めなければならないようだ。
闇の影響は、俺の後方にも届いていた。
城壁の上端は、そこに元から何も無かったかのように、綺麗な半円の形でえぐられている。
闇に触れた部分が、綺麗さっぱり飲み込まれてしまっていた。
足元の草木も全て消え、土のみがその場に残っていた。
身体に溢れていた闇を少し解放しただけだ。
それなのに、この場を消し去れるほどの力を感じる。
もし、この力を自分で扱えば、いったいどれほどのものなのか。
「な、何だよその力。前はそこまでじゃなかっただろう・・・・・・?」
イーニの顔は引き攣っていた。
さっきまでの余裕はまるで消えている。
俺の力を信じられないといった様子だ。
正直、俺だって信じられない。
何がトリガーだったのか、怒りの感情がそのまま力になったのだろうか。
とにもかくにも、俺はとてつもない力を手に入れた。
「もう一度言わせてもらうが、次があると思うなよ」
俺は、このクソみたいな世界を作った超上会の一人のイーニを、今から殺す。




