第九十四話「究極の力」
抱えられたシックは、まるで反応がない。
気を失っているというわけでもなく、ただ心ここに在らずと言った感じだ。
死んだ目のまま、力も完全に抜け切っている。
たいした負担ではないだろうが、マモンのためにも起こしておくか。
「目を覚ませ。処刑から逃げるぞ」
「え・・・・・・?」
ぼーっとしていたシックは目を覚ました。
本当にシックは不幸な目に遭いがちだと感じる。
「起きたか。お前は処刑場に連れて行かれていたが、俺たちが救った。このまま逃げ続けるぞ。自分の足で行けるか?」
「う、うん・・・・・・」
まだ意識は虚の状態だが、シックはマモンから降りて、自分の足で走り始めた。
「この、声・・・・・・」
シックは何かに気づいたように小さく呟く。
仮面をつけているとは言え、やはり声でバレてしまうか。
だが、反応をわざわざすることもなく、俺は沈黙を貫いた。
街のざわめき、逃げる途中に浴びる周囲の視線を全て無視し、俺たち四人は街の外へと出る。
街の外へと出て、人目のつかないところまで行きたい。
さすがに人目のつくところで闇属性を使っては、容姿を覚えられていた場合、今後変に目立ちすぎてしまう可能性がある。
それに、空間転移がバレれば、移動後はこの国の近くに居ないと気づかれてしまうかもしれない。
謎の集団が、どこかに行ってしまったが、もしかしたら近くに潜んでいるかもしれない。
そんなシナリオで行きたい。
「後もう少し、もう少し走るぞ」
「うん。頑張る」
シックもすっかり正気に戻ったのか、声色が良くなってきた。
もう心配は無さそうだ。
「はぁっ、はぁっ・・・・・・」
正気に戻ったと言っても、気力が戻ったわけではない。
さすがに、いきなり走らされては、疲れがすぐたまってしまう。
シックは明らかに走るスピードが遅れている。
大丈夫だとは思うが、少々の不安が残る。
「俺が背負う。背中に乗れ」
俺はシックを背負うことにした。
俺が背負って走る方が、まだ速いだろうと判断した。
シックの身体は恐ろしく軽かった。
身長は高めだから、それなりに体重はあると思っていたが、異常なほどに軽く感じる。
重傷の状態で魔王城に運ばれ、治った後もすぐに捕まってしまった。
体重が落ちてしまっても、仕方がないのかもしれない。
「また今回も、ありがとう」
シックは絞り出したような声で、俺の耳元に小さく囁く。
「何のことだ?」
今の俺は魔王ディザだ。
シックと接点は無い。
俺は知らないふりをした。
「・・・・・・何でもない」
シックもこれ以上は何も言わなかった。
街の外からしばらく走っていると、人の誰も居ない山が近づいてきた。
「あそこまで走ろう。誰にも見られていない時に、空間転移を使って、魔王城まで戻る。追手に出会う前に、早く逃げよう」
「了解ですっ」
「承知しました」
俺とアイリスとマモンは走り続け、とうとう周りが木々に囲まれ、誰にも見られないような場所まで辿り着いた。
「アイリス、頼んだ。城に戻るぞ」
「分かりましたっ」
アイリスは闇のゲートを作る。
この中に入れば、魔王城の前まで帰れるはずだ。
「よし、帰るぞ」
俺はシックを抱えて、ゲートの中に入ろうとする。
その時、マモンの雰囲気が急にピリッとし始めた。
「どうした?マモン」
急がなければいけない時だが、マモンが急変してしまっては、どうしても気になってしまう。
「ディザ様・・・・・・、私は帰りが遅くなります。先にアイリス様とその女の子を連れて帰ってください」
マモンは周囲をひどく警戒した様子になっている。
まさか、追いつかれてしまったのか?
「いや、マモンも一緒に逃げろ。ここに留まる必要はない」
仮に誰かに追われていたとしても、転移してしまえば、問題はない。
わざわざ足止めの必要もないはずだ。
「アイリス様、転移中にゲートが消えたらどうなりますか?」
「えっ?それは、どうなるんだろう、分からない・・・・・・」
アイリスは困惑した表情になっている。
何を突然言い出しているんだと言わんばかりだ。
「どうなるか分からないなら、なおさら私はここに残る必要がありますね。今すぐ、城へ戻ってください」
マモンは非常に深刻な顔をしている。
相当な実力者のマモンがここまで真剣な表情になっているなら、かなりまずい状況になっているかもしれない。
「分かった。だけど、すぐ戻ってこい。大丈夫だと思えば、必ずさっさと引き返して、城に戻ってこい」
「承知、しました・・・・・・」
マモンの返事に力強さは一切なかった。
その返事に不安は残ってしまうが、マモンを信じて、俺とアイリスはゲートへと入った。
「あれ、ギリギリ間に合わなかったか。せっかく友達会えると思ったのに、悲しい悲しい・・・・・・いや、悲しくなんかないんだ。また会う楽しみが倍増になっただけだからね。この焦らしの時間も、再会の幸せなスパイスになるんだ」
「・・・・・・来たか」
一人残された俺のところに、一人の男がやってきた。
まだゲートは残っている。
おそらく、今は空間を移動している瞬間だろう。
空間転移は、そう時間がかかるものではないが、俺がここに残っているのは正解だったようだ。
「君は、悪魔かな?やっぱり魔族だったんだね。それなら残念だけど、殺すしかないな。いや、残念ではないな。これは世界の調和のためなんだ。これはみんなの幸福のための行動、正義の行いなんだからね」
アイリス様がこの場から居なくなって、俺が悪魔だと分かる外見的特徴が露わになった。
さすがに、自分が魔族ではないと言い張ることは無理だろう。
俺はこの男の言葉に、無駄に返事はしなかった。
「無視かい?寂しい寂しい・・・・・・いや、寂しくはないんだ。言葉は必須というわけではない。君の沈黙からも、君の気持ちは読み取れる。むしろ、言葉も必要の無い関係に喜びを感じるよ」
男は意味不明な言葉を陳列する。
こいつにいちいち反応する理由は無い。
俺はあくまで沈黙を貫く。
「ところで、そこに闇があって、君一人残ってるってことは、僕の属性にもう気付いてるってこと?」
男は、アイリス様の作ったゲートを指差す。
こいつの属性、嫌というほどに温かい気配を、俺は気分が悪くなるほどに感じてしまった。
ディザ様とアイリス様は気づかなかったようだが。
「また沈黙、か・・・・・・。辛い辛い、いや辛くないんだ。だってもっと仲良くなれるってことだからね。君が僕と楽しそうに話す未来を想像したら、ワクワクしてきたよ。いや、でも僕は君を殺さなければいけないのか。悲しいなぁ、いや悲しくないんだけど」
男の表情はコロコロ変わる。
こいつの真意が読み取れない。
ただ分かることは、この男は俺を殺すつもりだということ。
「そうだ、自己紹介を忘れていたね!友達だというのに、自分のことを話すことすらしてなかったなんて、うっかりしていたよ」
男は、思い出したかのように、手をパンと叩いて、ハッとした顔になる。
「僕はイラト。超上会のイラト。自称かつ他称、究極の光属性の使い手だ」
イラトの温かい視線は、俺の身体全身に寒気を与えた。




