閑話 多気城 攻城戦(下柘植 小猿)
俺は、百地砦の中忍、下柘植小猿と呼ばれている。俺達土豪は、住んでる地名を名字代わりに使っている。
年は18、父の下柘植木猿の鉄砲隊に入り、2年の月日が経つ。既に何回も戦働きに出ており、鉄砲隊を指揮することに、なんの懸念もない。
今回の伊賀の危機に際し、藤林家の御曹子が奇襲の兵の馳走を、百地の頭領に要請したのだが、頭領は御曹子が若いことから、年も近い俺なら気兼ねなく使えると思い、俺を指名したのだと思う。
「疾風様。百地丹波が配下、下柘植小猿と申します。百地の鉄砲隊100名を率いて、疾風様の麾下に入りまする。」
「藤林疾風だ。藤林の鉄砲隊50名も小猿に預けるからよろしく頼む。」
なんと、馳走(手伝い)する立場の俺に、鉄砲隊の指揮を預けてくれるのか。よ〜し、それなら思う存分、これまでの経験を生かして、暴れて見せるぞっ。
「こちらの者は、投擲隊を指揮する音羽半六と、俺の近習、才蔵と佐助だ。」
「音羽の半六と申す、よしなに。」
「才蔵と申します。」
「佐助にございます。」
音羽半六は、年の頃、20代後半。体躯の良い精悍な男だ。才蔵と佐助は、御曹子と同じ年頃なのであろう、まだ、あどけなさが残る。
「鉄砲隊の皆には、これを身に付けてもらう。なに、早合だ。一巻き50本だが、一人二巻きを身に付けてもらう。」
見れば、8センチ程の細めの竹筒が帯状になっており、腰に巻くとのことだ。
早合は、俺達も使うが、身に付けるのは、せいぜい5本程度である。
渡された早合の竹筒は、俺達が使うものより細く小さくて、竹筒の口には、短い縄で封をしてある。全部で100発、凄い、150人で15,000発も撃てるとは。
それから、御曹子から渡されたものは、まだある。人数分の忍者刀と、とんでもなく軽い鎖帷子の衣服と、これまたとんでもなく軽い忍び兜。そして、草鞋なんか比べ物にならない丈夫な靴という履き物。それらは、今回の出陣の褒美として、皆に下賜するとのこと。
百地砦に帰り、引き連れて行く者達を集め、御曹子から下賜された装備を皆に配ると、予想どおり驚愕のどよめく声が上がった。
「この刀は名刀ですなっ。使いやすく、鞘と繋いで薙刀にもなるとは。戦場で、とんでもない威力を発揮しますぞっ。」
「この鎖帷子と忍び兜は、軽くてしかも温かい。そして、靴というのですか、これは草鞋が切れるのを気にせず、存分に働けますぞっ。」
「この早合は、もの凄い数ですな。さすが藤林の品。我らのはるか上を行っております。わっはっはっ。」
「皆の者っ、これだけの装備を下賜いただいたのだ。存分な働きをせねば、御曹子に面目が立たんぞっ。
それと、御曹子からのお言葉があった。
『命を大切にせよ。一人も欠けることなく、伊賀に凱旋することが、我らのめざす勝利だ。』と。」
その言葉を聞いて、ある者は唇を噛み締め、ある者は目を潤ませて、またある者は、嗚咽を漏らしていた。
忍び働きにおいては、命を捨てて働けとしか、言われぬ我らには、過ぎたお言葉だ。
伊賀からの移動は、木津川の支流の服部川から川舟を使い、徒歩で伊賀街道を東進、雲出川へ渡り、川を下って津沖の伊勢湾に出る。
昼に伊賀を立ち、舟の上て早目の夕餉を取る。飯は藤林の女衆が作ってくれた握り飯だ。ごま塩をまぶした握り飯の中には、梅干しや菜の漬物が入っていた。それに加えて、やかんに入って沸かした味噌汁が配られ、皆、満腹だ。
夕暮れを待って、夜の海上を移動する。幸い波も穏やかで、満月の月夜で海上も明るく、満潮で危険な岩場も楽に抜けられた。
浜には深夜に上陸した。明け方までに多気城に辿り着くため、10台の投擲機と、10台の小型手押し車を引いて、夜道を急いだ。
おかげで、夜明け前には、多気城の麓の《霧山御所》の前に布陣することができた。
皆で熱い味噌汁と、麦を引いた粉で焼いたパンという物を食べながら、夜明けを待った。
パンは柔らかく、その中には、味付けされた芋をすり潰したものや、近年、伊賀に出回ったトマトなどの野菜が入っていた。
『おい、こんな旨いもの。食ったことがないぞっ。』そんな声が聞こえる。
地平線が明るみ始めた頃、御曹子の命がくだった。
まず、《霧山御所》の館に対し、火炎瓶が投擲される。
館は、あっと言う間に、火の海となり、着の身着のままの下男下女達が、逃げ出してくる。
どうやら、身分の高い者達は、多気城に移っているようだ。館から抵抗する者がいないことを確認して、多気城に近づき布陣する。
布陣と同時に、焙烙玉での攻撃が開始される。
俺達、鉄砲隊は多気城の正面、大手門から出て来る、敵勢に備えている。
間断のない焙烙玉の攻撃は、まず、天守閣のある本丸を破壊し、次いで、二の丸、三の丸を破壊して、大打撃を与えた。
先に本丸を攻撃したことで、指揮を取るべき者に被害が出たものと思う。城内からは、喧騒が聞こえるばかりで、打って出る者はない。
敵勢に備える俺達のところへ、疾風様がやって来た。
「どう思う、小猿。まだ城に籠っている兵がいると思うか。もう焙烙玉を使うのは、惜しいと思うんだ。」
「疾風様。もう残兵は、怪我人しかいないでしょう。武器を捨てて、出て来るように言いましょう。」
俺は、大手門に近寄ると、武器を捨てて出て来るよう、大声で叫んだ。だが、しばらくして、火の中から数名の負傷者が出て来ただけで、あとはただ、城が焼け落ちるのを見守るだけだった。