第五話 信長の上洛戦と、軍師藤阿弥。その2
永禄11(1568)年9月
9月25日に織田軍は大津まで進軍した。
この頃の畿内は、前年の4月に堺に籠城していた松永久秀の元へ、三好義継が出奔してきて、勢力を盛り返し信貴山城に帰城していた。
その後三人衆が大和へ出陣し、両者は長対陣の末10月に三人衆が陣を敷く東大寺を奇襲した。
このとき大仏殿が焼失し、大仏の首も落ちた。
松永軍による戦火が燃え移り、大仏殿まで至った失火であるとされている。
今年になっても、三人衆は大和に駐留していた。
6月に信貴山城を落とされた久秀は多聞山城に籠城を余儀なくされ、信長殿の上洛を心待ちにしていたのである。
近江六角家の抗戦を苦もなく打ち破り、5万もの大軍を率いて上洛を進める織田軍に、大和国にいた三好三人衆の軍も崩壊する。
大津に進出した4日後には京にほど近い勝龍寺城が降伏。その後摂津の芥川山城に退却していた細川昭元・三好長逸が城を放棄し、越水城も放棄され、三好三人衆は阿波へ落ち延びて行った。
足利義昭には運も味方していた。9月30日には、病を患っていた14代将軍・足利義栄が死去した。
こうして10月18日には、朝廷から将軍宣下を受け第15代将軍に就任した。
「藤阿弥、儂はこれから何をすれば良いのか。」
「信長殿は、長く続く石段の一段目に辿り着いたに過ぎませぬ。これから敵対者が現れましょう。
大名だけでなく寺社や公家、いずれ将軍家とも。一つ一つ退けて行かねばなりませぬ。」
「儂とそなたの見る景色は同じと申したな。そなた儂に力を貸してくれるのか。」
「力は貸せませぬが知恵を貸しましょう。信長殿が伊賀に手を出さず、天下を取られた時に従う約束でございますれば。
信長殿は自分の力でそれを成し遂げなさいませ。迷われた時には俺が助けになりましょう。」
「儂は副将軍にはならぬ。将軍家の犬にもな。」
「それで良いでしょう。信長殿が一人で戦うことはありませぬ。将軍家にはその資格が有りや無しやを試させてもらいましょう。
信長殿、今やらねばならぬことが一つ。尾張から京への街道を棒道にし、荷駄も楽に通れる道とすること。なにかあれば駆けつけねばなりませぬ。」
足利義昭公を将軍に擁立した信長殿は、義昭公から管領・斯波家の家督継承もしくは管領代・副将軍の地位などを勧められたが、足利家の桐紋と斯波家並の礼遇だけを賜り辞退した。
上洛を果したとは言え、京や近隣の人々は信長殿を義昭公を供奉した将の一人としか見ておらずまだ評価は低かった。
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その年の暮、信長殿が尾張へ戻り松永殿も尾張へ挨拶に出向いた二人の不在の隙を突き、12月28日、三好三人衆が美濃の旧国主 斎藤龍興らを先鋒にし、将軍方の三好義継が守る家原城を攻め落とした。
年が明けた永禄12年(1569年)1月4日には東福寺近辺に陣を敷き、勝軍地蔵山城をはじめ洛東や洛中周辺に放火して将軍の退路を断った。
この知らせは、伊賀の摂津大和の見回り組から、即日報告が入っていた。
「信長殿、京への街道には先触れを出しました。
集まった軍勢のみで出陣しましょう。
火急の時に間に合わぬ軍勢など、率いる者が無能ですな。」
「出陣致すっ、具足を持てっ。」
この時集まった軍勢は8千程。まだ本願寺が攻められる前の5日朝に出陣した。
季節は冬、豪雪の中を軍勢は甲冑や武具鉄砲を積んだ4頭立ての荷馬車のそりを先頭に、兵士達は具足を脱いだ身軽な格好でひたすら馬そりを追った。
1刻ごとに途中に設けられた水場では、暖を取る焼き石と、握り飯や味噌汁の補給を受け、夜半には大津まで来た。
ここで朝まで体制を整え、翌日の戦闘に備えた。
俺は秋の収穫後に美濃の農民達に、高値での買取りを約束し、綿を入れた手袋や靴下や深靴を1万人分用意していた。
また馬車兼用の馬そりを尾張の鍛冶師に作らせ、街道の町や村には懐を暖める《焼き石》を用意させていた。
とても足りないと思っていたら、この体たらく、努力を無駄にした遅参者共には怒りが治まらない。
義昭は本圀寺に籠城。翌日、三人衆は1万の軍勢で攻め寄せたが、幕府軍2千が必死に防戦し、一日目を守りきった。
翌朝、三人衆の軍勢が攻め掛かろうとしたとき、なんと織田軍が現れ三好軍に襲い掛かった。大量の火縄銃を投入する織田軍の前に、三好軍は崩壊し、退却を始めた三好軍の前に、細川藤孝などの救援が駆けつけ、さながら追討戦と化した。
将軍家を守り切った本圀寺守備の幕臣の中には、明智光秀がいて将としての頭角を現していた。
後日信長殿は遅参した尾張の将の知行を半減し、京へ速駆けした諸将に領地を加増した。
曰く『火急の戦に遅参致すは、裏切りにも等しく致仕するが相当なり。』
以後、信長は義昭の御所として大規模な二条城を築いた。
また、堺の商人今井宗久の代官職を安堵して堺を直轄地とした。
次回は『関東の戦国武将達の目指すもの。』です。




